4
早めに部屋を出たはいいが、実際はまだ時間に余裕があった。
どうしようかと途方に暮れていると、侯爵が書斎から出てきてちょうどよかったと言わんばかりにカトレアに声をかけてくる。
なんでもカトレアに引き合わせたい人物がいるそうで、早めに王宮へ一緒に行くことになった。
侯爵は馬車の中で今回に至る経緯について話す。
「とても真面目なお方でね、それがあだになっているんだろうと思う。」
「どういうことです?」
「はっきりとは知らないんだが王には想い人がいるようだ。」
「まぁ、そうなんですか?」
勤勉な王には好いた女性がいる―――カトレアは驚いたが、考えてみると当然のことだと思う。
23年も生きていて、しかも周りには望まざるとも極上の女性が集まってくる。
気になる女性の一人や二人いてもおかしくない。
「ではなぜその方をお召しにならないの?・・・もしかして・・・。」
どこぞの夫人とか?とカトレアが思い至ると、侯爵は見透かすように苦笑して否定した。
「相手は既婚者ではないよ。」
「なら良いではありませんか。」
「どうも身分が低い辺境の娘らしい。王太子時代に視察で出向いた時に恋に落ちたという。」
「まあ、まるで物語のようね。」
カトレアは小さい頃に読んだ物語に似たような話があったなと思い出す。
ただの娘と王子の身分違いの恋。
それらは大概ハッピーエンドで終わるのだが、実際はやはりそうもいかないようだ。
「お互い好きあっていたのでしょう?身分はどうにかできると思いますし・・・正妃になるのは難しいでしょうけど。」
身分が低いというのなら、爵位の高い家の養女にすればいい。
迎える家にしても、王の寵愛を確実に受ける娘なのだからメリットは十分あるはずだ。
「それがその娘はいなくなってしまったらしい。」
「は?いなくなったですって?」
「うむ。誘拐かとも疑われたようだが、一家そろって姿を消してしまってね。」
「家族そろって誘拐かもしれませんわよ?それとも王太子の前から姿を消せと脅されたのかも・・・。王太子の恋人ですもの。ないとは言い切れないのでは?」
「それもない。近所の者に急に引っ越すことになったと伝えている。どうやら相手が王太子と知って怖気づいたようだ。」
「わからなくもないですけど・・・。」
本当にそうだろうか?と内心首を傾げてしまった。
「―――と言われているが、そうであるかは実に怪しいものだ。」
侯爵の顔を見ると、カトレアににやりと笑ってみせた。
その顔を見てカトレアは苦笑する。
「検討はついているのですね?」
「おおよそメシャンス公爵が関わっているだろうね。」
「はぁ・・・。」
その名を聞いて思わずため息を漏らしてしまった。
メシャンス公爵は亡き前王の弟君である。
本人はあまり政治には明るくなく、野心もないおっとりとした人だ。
しかし、その妻となった人がなかなかどうしてある意味しっかりした人で、公爵家という地位を存分に利用してくれる。
嫉妬深く、妻はその人1人だけだが、子どもは4人もいる。
息子と娘が2人ずつ。
長男は父親にも母親にも似ず、聡明で思いやりもあり跡継ぎとしては十分すぎると評判だし、次男は父親に似てとても穏やかな人柄で人に好かれる性質らしい。
だが、娘2人は恐ろしいほど母親そっくりである。
自分が一番でないと気が済まない、我儘で典型的な貴族のお嬢様である。
地位があるだけに全く厄介である。
カトレアも度々あの2人には悩まされているのだ。
そんな妻と娘2人は王妃の座をもちろん狙っている、というかそれが当たり前と思っている。
それなのに王太子は正妃どころか側室さえ娶らず、辺境の娘などと恋仲と知って黙っているはずがない。
ふと最悪のパターンを思い浮かべてカトレアは青くなった。
あの人達の気性を考えたらありえそうな気がして否定できない。
「まさかすでに殺されているなんてことはないですよね・・・?」
恐る恐る侯爵の顔を窺うと、何とも言えない顔をしていた。
「公爵はそこまで手は出さないはずだが・・・どうもこの件は探ろうとしても難しくてね。」
「王の権限を持ってしてでも?」
「前王は2人の仲を決して認めてはいなかったから、当時手を貸さなかったようだ。晴れて王となったが、時間が少々経ち過ぎていて手がかりが掴めない。それに周りもあまり協力的ではないんだよ、もちろん私も含めて。」
その言葉が意外だったのでカトレアは驚いた。
「お父様も?」
「どう考えても不幸な結果にしかならないように思えてね。もしその娘を見つけ迎えることができたとしても、やっていくのは無理だ。王室はそんな生易しいものではないし、そもそも住んでいた世界が全く違うのだからすぐに精神が壊れてしまうだろう。王も娘ばかりにかまけている余裕はない。・・・後妻を迎えなかった私が言うのもなんだが、娘のことは早く忘れて王にはしっかりと役目を果たしていただきたい。しかるべきところから王妃を迎え子を儲けるというね。」
「でも王は一途にその方を今でも思い続けていらっしゃるのね。」
「ああ。時間も経っているから多少美化されているだろうし、叶わぬ思いというのは募るものだから・・・全く困ったものだよ。しかしもう限界だ。」
そう言うと、小窓から外を眺めた。
カトレアもつられて外を見やると、もうすぐ王宮に着くようだった。
「それで皆様強硬手段に出た、ということなんですね。」
「そうだよ。今回は目ぼしい令嬢をとにかくかき集めたんだ。普段表に滅多に出てこないお前が強制的に呼ばれたのもそれだけ皆が必死ということだよ。」
「・・・王のお心をお慰めすることができる方が現れるといいですわね。」
「祈るばかりだよ。」
「そうですわね。」
「・・・他人事だなぁ、カトレアは。」
「当然ですわ。」
苦笑する侯爵につんとすましてみせる。
王や側近方が気の毒ではあるけど、自ら進んで関わるつもりはない。
あちらからやってきても全速力で避けて通ってやると意気込んでいたカトレアだが、人生なかなか思うようにはいかないと後に悟るのである。