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まだ夜会までには時間があるということで、一息休憩を入れることにした。
イポメがお茶を入れてくれたが香りがいつもと違う。
だがとてもいい香りだ。
胸中不思議に思っていると、イポメがクスリと笑って言う。
「お嬢様の心を和らげる効果のあるお茶です。香りもよろしいでしょう?」
「ええ、なんだかスッとするわ。・・・ん、美味しい!」
「それはようございました。実はウイエ様が持っていらしたのです。」
お茶を噴出しそうになり、なんとか堪える。
・・・驚いた。
「・・・ウイエが来ているの?」
「はい。旦那様とお話しされているようですが、終わり次第こちらに顔を出すとのことです。」
「そう・・・。」
ウイエ―――ウイエ・ブワジナージュは伯爵家の三男坊で私の幼馴染だ。
小さい頃はめそめそと泣く弱虫で、私の後をよくついてまわっていた。
私には兄弟がいなかったから、そんな彼を嬉しく思いあらゆる敵(主にいじめっこだが)から守ったものだ。
その度に周りから揶揄されていたが、私はそれが当たり前だと思っていた。
ウイエはカトレアがずっと守ってあげる。
きっとずっと・・・―――――そう思っていたのは私だけだったようだけど。
と懐かしい事を思い出していたら、扉がノックされウイエが入ってくる。
タイミングのよいこと。
目が合った瞬間、彼に動揺が走ったように見えたが気のせいだったようだ。
少し癖のある金髪を揺らし、にっこり笑いながらこちらに近づいてくる。
「カトレア、久しぶりだね。元気だったかい?」
「ええ、本当に。ウイエは?噂は予予聞いているけど。」
片膝を着き優しく手を取ると、軽く口づけるウイエにちくりと嫌味を言う。
彼は苦笑しただけだった。
「手厳しいな、カトレアは。僕はこの通り元気だよ。」
「そう。」
正面に座ったウイエの顔を見つめる。
私の可愛いウイエは都で評判の色男になってしまった。
輝く金髪に優しく光る青い瞳。
小さい頃は本当に天使かと思ったくらいの可愛い男の子は、今ではすっかり美しい青年へと成長していた。
数々の女性と浮名を流すどうしようもない人。
どうしようもないといった点では今も昔も変わらないのかもしれないが。
ある日突然、ウイエは私と会いたくないと言い始めた。
どうしてそうなったのかと私は何か嫌われるようなことをしたのかととても困惑した。
ブワジナージュ家の家人も困惑していたが、ウイエの兄2人はなにやらニヤニヤしていたのを覚えている。
それを見て、それほど重大なことではなく一時のものだろうと簡単に思っていたのだが・・・。
そう単純なものではなかったようで、会えぬ日が一日、一週間、一か月、半年、一年と続き―――
気が付けばもう何年も会っていないという状況になっていた。
そして彼の周りには常に何人もの女の子がいて、話しかけることが出来なかった。
自信に満ちていきいきし、冗談なんかを言って周りを楽しませていた。
私の弱虫天使はもうどこにもいなかった。
とても寂しかった。
それからというもの、お互い見かけても会話することはなくやり過ごす日々が続いていた。
―――今日までは。
だから嬉しかった。
しかも彼の方から私に会いに来てくれたのだ。
どんな話をしてくれるのかわくわくする。
「これ、どうもありがとう。」
「ん?」
「このお茶よ。とても香りがいいし美味しいわ。」
「君にそう言ってもらえてよかったよ。こんなもので申し訳ないけれど。」
「そんなことないわ、十分よ。・・・それで?」
「それでって?」
「どういう要件でいらしたの?今までずっと避けていた貴方がこちらに出向くなんて。」
「ん・・・、ちょっと、ね。」
なんだというのだ。
はっきりとしないウイエに少しイラっとする。
どうも今日は日が悪い。
違う日ならばもう少し大らかに構えられたかもしれない。
軽く息を吐くと、それに反応したのかウイエが声を上げる。
「カトレア。」
「?」
なんだと目線で先を促す。
彼の喉が大きく動くのを見た。
「王妃候補に挙がっていると聞いた。」
「・・・そうらしいわね。」
またそのお話しかとうんざりした。
初めてその話を聞いた日からその話題はよく挙がっていた。
その度に私の眉間にも皺が刻まれていたのだ。
ただし部屋にこっそり帰ってからのことだが。
痕が残ったらどうしてくれるのだ。
「まさかそれを話すためにわざわざここへいらしたの?」
「ちゃんと確かめたかったんだ。」
「そう。それでお父様には確かめたのでしょう?」
「ああ。本当だとおっしゃった・・・。」
「そう。」
「そうって・・・。他に言うことはないのかい、カトレア。」
何を言えというのだろうか、この人は。
私のわくわくした心は徐々に冷めていった。
がっかりだ。
「残念だわ、ウイエ。」
「・・・なにがだい?」
「私、実はウイエが訪ねてきてくれたこと嬉しかったのよ。」
「カトレア・・・。」
「ずっと話すことができなくて寂しかったわ。見かけてもお互い知らないふりをすることが多かったし、私は以前と比べると外へ出かける事も減っていたから・・・こうして昔の様に向かい合ってお茶を飲むなんて嬉しかったのよ?」
ウイエの頬に赤みがさす。
テーブルの上に置かれていた私の右手を握って言う。
「もちろん僕もだよ、カトレア。君とずっとこうやって話がしたかった。」
「話したいことはたくさんあったはずなのに、まさかこんなつまらない話をされるなんて思ってもみなかったわ。」
拒絶するようにするりと彼から手を引き抜く。
案外あっさり解けた。
「そんなつもりは・・・。」
「帰ってちょうだい、ウイエ。話すことなどないわ。」
「カトレア・・・。」
今度は青ざめたウイエが言う。
ふん、知るもんですか。
「お嬢様、そろそろお時間です。」
「そう。」
状況察したイポメが声をかけてくれる。
さすが頼りになる侍女だ。
「貴方も今夜の夜会に出席なさるなら、早く戻った方がいいのではなくて?・・・失礼しますわ。」
何処か呆然とするウイエを置いて私は部屋を出た。
今度こそはっきりと眉間に皺が寄っている。
そんな私を見てイポメはやはり苦笑するのだ。
「しかしよろしいのですか?あのままで。」
「知らないわ、あんな馬鹿。放置よ放置!」
ずんずん進む私を見てイポメがつぶやいたが、私には聞こえなかった。
「ウイエ様ったら本当に困ったお方・・・どうしてお嬢様を盗られるのが心配でたまらないとその一言が言えないのかしら。真に好いている方には不器用すぎるわ。」