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カトレアは鏡に映った自分の姿をぼんやりと眺めていた。

あの日から瞬く間に忙しくなって気がついたらこれである。

自分で了承したとはいえ、まるで夢の中にいるようだった。


腕のいい超一流のクチュリエと超一流のメゾンの技術がこの日のために仕上げた最高傑作。

素材選びから始まり、デザイン、縫製まで完璧なそれ(・・)はカトレアが着ることにより完成する。

真っ白なシルクは真珠の様にまろやかに輝き、カトレアの白い肌をより一層美しく見せる。

また濡れた様に瑞々しい赤い唇と夜空の様に煌めく黒髪と瞳のコントラストを引き立たせていた。

細く長い首、鎖骨の浮き出たデコルテは薄いレースで覆われ、その上に飾られた王家に伝わる首飾りが存在感を放っている。

値段など付けようもないだろうが、その価値を考えると肩が凝って仕方がない。

過分な装飾はないAラインのドレスは細かな刺繍とレースで品良くまとめられている。

バックラインが美しいロングトレーンとなっていて、大聖堂での長いバージンロードでさぞかし映えるはずだ。




ここまでくるとおわかりであろう。

雲一つない見事な晴天、神も2人を祝福しているのだろうか。

今日はペペイ国王クリザンテームとプリュダント侯爵令嬢カトレアの結婚式。

まさにカトレアは世のご令嬢にとって夢のような日を迎えている。




「お嬢様、お綺麗です。」


イポメのどこかで聞いたセリフにカトレアはとりあえず頷いてみせた。

彼女の声は震えており、目には涙を浮かべている。

たとえ事情を全て知っていても、ずっと一緒にいた妹のような存在が嫁ぐことが感慨深いのだろう。


「まさかここまで協力するとは思ってもみなかったわ・・・。」


カトレアはぽつりと呟き遠い目をして怒涛の日々を思い出す。








あの後、状況はカトレアが思っている以上の事態に発展した。

そもそも初めからおかしかったのだ。

中へ入り大広間へ行くのかと思いきや、カトレアだけ違う部屋に案内されてしまった。

疑問に思いクリザンテームを見ると、「良い子だから大人しく待っていてくれ」と優しい声で囁かれる。

それに対しカトレアは唖然とするばかりで、周りにいた事情を知らない者たちはお互い目で会話していることに気付かなかった。

訳のわからぬまま茶を勧められ、思わずこれに毒でも入っていて秘密裡に消そうとしているのではなどと考えたりもしたが、すぐに馬鹿馬鹿しいと打消し、有難く差し出されたものを飲んだ。

さすがは王家御用達というものなのか、香りも味も申し分ない。

ほっとしたのも束の間、徐々に不安が押し寄せてきた。

内心落ち着かないものの、他に人がいるためそれを表に出すわけにはいかない。

貴族とは何と面倒なものかと表面を繕い、クリザンテームが戻ってくるのを待った。




程なくすると彼はクロキュスとあの時報告をしていた男も連れだって戻って来た。

ようやく安堵するが、後ろに控えるクロキュスの顔に苦渋が満ちていることに気付くき不審に思う。

だがまずはこっちだとクリザンテームに問いかけた。


「陛下、どうなったのですか?といいますかお戻りが早すぎるのでは?」

「気分が優れぬと言って引いてきた。後のことは王太后・・・母上に任せてきたから心配は無用だ。」

「しかし、今宵の夜会に陛下がいらっしゃらないのはどうかと思いますが・・・。」

「それも解決済みだ。」

「はぁ。さようですか。」


カトレアはなんとも釈然としない気持ちのまま、今度はクロキュスの方へ。

どう考えても解決済みという顔ではない。


「クロキュス様はどうされたのですか?」

「・・・陛下。ちゃんとカトレア嬢にお話を。」

「わかっている。」


クリザンテームは頷くと人払いをさせた。

部屋に残っているのは庭園にいたメンバーそのままの4人だけ。

するとクリザンテームは驚くべきことに、カトレアの前までやって来ると片膝をつけたのだ。

王がそのようなことをするなどあり得ない。


「っな、何をなさっているのです!?お止め下さい!!」


慌てて立ち上がろうとしたカトレアをクリザンテームが無理やり押しとどめ、彼女の白い手を握った。


「先に謝っておく。私は本当に愚かな男だ。」

「・・・どうしてそのようなことを。」

「1人の女性を求めんがために、1人の女性を―――君を犠牲にしようとしている。」

「は?」


カトレアは思わず素でそう返してしまったが、それを咎める者は誰もいない。


「私は君だけを選んだということだ。」

「はぁ。私だけを・・・―――」


初めは何を言われているのかわからなかった。

一体何に選ばれたのかと呑気に考えたがすぐに思い当たる。


「ま、まさか・・・。」


顔が引きつり声が震えそうになりながらもなんとか発するが、その先は怖くて言えない。

あまりのことにふと意識遠のき、はしたないと思いながらもクラクラと背凭れにもたれかかった。

それをクリザンテームは心底すまなさそうに見つめる。

その日はそれ以上話を聞く状態ではなく半ば呆然とそのまま城を後にした。






誰か1人は必ず選ばなければいけなかった王。

最早決して避けることは許されず、追い詰められたクリザンテームは大いに悩んだ。

そこに降って湧いたようにお誂え向きな令嬢が現れた。カトレアだ。

彼女以外にはいまい。

本当は適当に複数選んで結婚までの時間稼ぎをしたかったのだが、そうなると正妃に外れたものは皆側室に回されそうな予感があったから止めておいた。

それは正解だったとすぐに判明する。


カトレアに決めた王は大広間に戻り宰相にその旨を伝えると、彼は大いに喜び賛成した。

それはすぐに他の側近たちに伝わり、翌日早々に発表されてしまう。

あまりの速さにクリザンテームも驚いたが、それも彼らなりの包囲網だった。

とりあえず1人令嬢を選んで、のらりくらりとまた交わされたら堪ったものではない。

カトレアならば申し分ない、これ幸いと逃げ道を絶ったのだ。

クリザンテームは元より最終手段としてそのつもりだったので構わなかったが、さすがにカトレアのことを考えると些か早急すぎると思った。


当然カトレアは驚愕した。

一晩明かして、いくらなんでも即婚約はないだろうと考えていたが、甘かったようだ。

最初は可愛らしく淡い想い人から恋人へ。そして婚約者、後に結婚とどこか楽観視、いや一種の現実逃避をしていたのかもしれない。

それが一気に婚約者へと駆けのぼってしまったのだ。

邸に仰々しい使者が城から運んできた文書に再び眩暈する。


そして父親であるプリュダント侯爵といえば、顎を撫でながら「そうか」と言っただけだった。

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