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約4か月ぶり・・・本当に申し訳ないです。
不敬にあたるとわかっていてもクリザンテームに文句を言わずにはいられなかった。
カトレアは彼と向かい合うときっと睨みつける。
クリザンテームはそれを見て眉をぴくりと動かしたが特に何も言わない。
「陛下は一体何を考えていらっしゃるのですか?あ、あんなことをよりにもよってオルタンシアの目の前で・・・。」
クリザンテームの男らしい胸板の感触を思い出して言葉が少しつまる。
しかし改めて考えると恐ろしすぎるとカトレアは震えあがった。
状況だけを見れば、人目を忍んだ逢瀬ではなかろうか。
このことはオルタンシアに執拗に聞かれるだろう。
・・・果たしてそれは彼女だけですむのか?
答えは否だろう。
しかもオルタンシアの後ろには何人か人がいたはずだ。
口が堅ければいいが、オルタンシアが漏らしてしまえば別に構わないだろうと判断ししゃべりかねない。
そもそも彼女に黙っているという賢い選択肢は残念ながらないのだ。
不本意ながら長い付き合いでその辺もカトレアはよくわかっている。
赤くなったり青くなったりと忙しいカトレアをクリザンテームは面白そうに見ていた。
「そうだな・・・あの娘は今頃大声で話しているだろう。言い逃れは出来まい。」
「他人事のようにおっしゃってますけど、陛下にも大いに関わることですよ?おわかりですか?」
「もちろんだ。」
鷹揚に頷いたクリザンテームにカトレアは苛立ちを隠せない。
このままでは埒が明かないと矛先をクロキュスに向けることにした。
王はどうもこの侍従には弱いと見た。
「クロキュス様!」
「・・・陛下、どういうおつもりか私にもお聞かせください。」
今まで黙って控えていたクロキュスはカトレアに頷いてみせると、クリザンテームへ問う。
クリザンテームは少し逡巡するとゆっくり口を開いた。
目線はカトレアである。
「どうもご令嬢の様子を見ているとジプソフィアの一件をすでに知っているように思えたのだが・・・そのあたりはどうなのだろうか?」
「詳細はよく知りませんが、父から簡単に話は聞いておりました。」
「プリュダント侯爵か。その上に先程の情報を加え、どう思った?」
「どうと言われましても・・・その方の安否が気がかりだとしか。」
「それだけ?」
「え?」
クリザンテームがあまりにもじっと見つめてくるのでカトレアは目線を外し小さく答えた。
「・・・陛下がお可哀想だと・・・。」
こんな風に言って彼の自尊心に気に障らないだろうかと思いつつそう言うしかなかった。
これがカトレアの正直な気持ちである。
娘もしかりだが身分違いのために想い合っている相手と結ばれないのはつらいであろう。
ましてや国の王であるクリザンテームはより多くの子孫を残すため、複数の妻を持たなければいけないはずだ。
カトレアは男ではないからその心理はわからないが、余程の好き者でないと嬉しいとは思えないのではないのだろうか。
だからこそ心から本当に愛おしく思える人が必要だと考える。
こっそりクリザンテームの様子を窺うと、彼は苦笑していた。
「可哀想、か。」
「申し訳ございません・・・。」
カトレアは目を伏せてクリザンテームの次の言葉を待った。
クリザンテームは彼女が目を閉じていることをいいことに、カトレアの姿を改めて眺める。
大広間で会った時も思ったがやはり美しいと思った。
装いは派手な物ではないが、質は良いものだし趣味も良い。
一見すると気が付かないが、パンジー色のドレスには同系色で見事な刺繍が施されており非常に手が込んでいる。
ささやかな宝石も上手くカトレアの容貌を引き立たせており、自分の見せ方を熟知していた。
爛々と必要以上に輝く場と違って薄暗いせいか、カトレアはよりしっとりとした貴婦人に見える。
伏せられた目元の黒子がそれを助長させた。
艶やかな黒髪は月明かりに照らされ一層輝きを放っている。
それにプリュダント侯爵の娘とあって、誰と比べてとは言わないが、図々しくもなく分を弁えているようだ。
先程の発言からもわかるように心も優しい娘なのだろう。
今まで様々な人間を見てきたから、人を見る目はあると自負している。
あれはうわべだけの言葉ではなかった。
そして王であるクリザンテームに対して物怖じしない態度も面白いし、身分も申し分ない。
あの時は厄介な者を追い払うとは言え咄嗟に出た行動だったが、自分のそれは間違いではなかったと確信する。
だがこれから巻き込んでしまうカトレアに申し訳ないと思うも、もう他に道はないと半ば強引に事を進めることにした。
愚かな王を許してくれと自嘲しながら。
「ならば協力してはくれないか?」
それはカトレアにとって予想外のものだった。
カトレアは伏せていた目を見開いて大きな目をパチパチさせると、クリザンテームを見た。
次第に頭が回転していき状況を顧みると、答えはすでに決まっているように思えてならない。
ノー!!と盛大に答えたい所だが相手は恐れ多くもこの国の王である。
それにあんな状態を見られ、カトレア1人弁解したところで悲しいかな何も解決しそうにない。
カトレアは少しむっとした顔でクリザンテームに文句を言った。
「“はい”としか答えようがないではないですか。」
「そう言ってもらえるとありがたい。」
「・・・よくもまぁ・・・。」
ボソリと呟いたが恐らく聞こえているのだろう。
クリザンテームは咎めることもなくクスッと笑うと、カトレアに手を差し出した。
カトレアはその大きな手を見て、次に手の持ち主を見た。
砂色の髪に薄い緑色の瞳を持つ美しき人。
その冷艶さとは裏腹に温もりある声に安心したものだが、やはり王は王であった。
この後に待っている出来事を想像するだけでげんなりするが、最早腹をくくるしかない。
カトレアはおのれの運の悪さを呪った。
この夜会に出席したことがダメなのか、父から王の想い人を聞いてしまったのかいけなかったのか、それとも止めておけばいいものを興味が引かれ庭園に来たことが悪かったのか・・・。
考えれば考えるほどその要因が散らばっているような気がしてならない。
果てには侯爵家に産まれたこと自体が運のつきだったのかと思い至ってしまう。
―――つまり少なからず面倒は避けて通れなかったのだ。
「お手柔らかにお願いいたしますわ。」
カトレアがクリザンテームの手に自身のそれを重ねると、王は彼女の言葉には何も返さず、ただ手をしっかりと握りしめただけであった。
そのことにカトレアは少々訝しんだが、あまり気にせず導かれるままにその場をクリザンテームと去る。
その後に複雑そうな顔をしたクロキュスが続き、庭園は再び元の静けさを取り戻した。
カトレアの認識は甘かった。
この時少しでも詰め寄っていれば状況は少しでも変わっていたかもしれない。
だがそれも全て後の祭り―――