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ここはペペイ王国。
先代が病で急死したため、クリザンテーム王太子が23歳という若さで王となった。
周りによく支えられ、治世は落ち着いたものである。
だが、王の隣は未だ空席で、側室すら一人もいない。
国民の専らの噂は、どの令嬢がその場に座るかだ。
「私が妃候補に?」
プリュダント侯爵令嬢カトレアは驚いた。
侯爵には息子がいないばかりか、娘もカトレア1人だった。
そのため、彼女がしかるべきところから婿を迎え、家を継ぐものとばかり思っていたが・・・。
なにより父がそういったことを今まで一言も言わなかった。
「一応な。」
「一応?」
きょとんとした娘に、父親は安心させるように笑いかけた。
「名が挙がっているのはもちろんお前だけではないよ。私は遠慮したのだが、侯爵という位を頂いてる手前そうもいかないらしい。」
「あら。娘を王の側にやろうというのなら、敵は少ない方がいいんじゃなくて?自ら辞退しているというのに・・・。」
「もちろんそういう方もいたよ。だが、王の側近方は簡単に引いてはくれなくてね。」
「・・・お父様の娘ですものね。」
カトレアは思わずため息を吐いた。
娘が言うのもなんだが、父であるプリュダント侯爵はとても有能である。
ゆえに彼も王の側近の一人であり、仲間内では、ぜひとも彼の娘に後宮を掌握してもらいたいと思っているらしい。
王の周りがしっかり固められているため、隙を狙うとしたら女だと思っている者が多い。
今のところ、後宮には誰も迎えてられていないが、先を見通してのことである。
もし、欲深い者の娘や親類が後宮にやってきても、カトレアならば、上手くどうにかしてくれるだろうと。
幸い正妃になってもおかしくない家だ。
「皆さん、私を買被りすぎだわ。」
そうつぶやくと、侯爵はカトレアの頬をゆっくり撫でながら言った。
「そんなことはない。カトレア、お前は素晴らしい、私の自慢の娘だよ。・・・その才覚をそのままにしておくのは正直惜しいと思っている。だが、無理強いは決してしない。お前が思うようになさい。」
「はい、お父様。」
もちろん父の役に立ちたいと思っている。
女の身であるから、仕事の手伝いが出来ないことを悔しく思ったりもした。
だから、亡くなった母の変わりに“女主人”として、家を守ってきたのだ。
だが、女の身であるからこそなれる“王妃”。
はっきり言って、面倒なので嫌だ。
父の所為にするのは違うだろうが、今までそんなことほのめかしたこともない。
お前は婿を迎えて、この家を守るのだよ。なんて言ってたのに・・・。
「面倒な事になったわ。」
「何がですか、お嬢様?」
イポメがカトレアお気に入りの紅茶を入れながら尋ねる。
侍女であるイポメは、カトレアが小さい頃から仕えてる、少し年の離れたお姉さんのような存在だ。
だから、彼女には大概なんでも話した。
「私の名が妃候補に挙がっているらしいの。」
「まぁ。それはそれは・・・。」
イポメはちらりとカトレアの顔を見て苦笑した。
世間では名誉あることと誇ってよいのに、我が主はしかめっ面である。
相当嫌そうだ。
「でも一応ってことらしいわ。」
「なんですか、一応というのは?」
「お父様はお断りなさったらしいのだけど、側近の方々がそれを許さなかったのですって。」
「ふふ、随分期待されていますね。」
それを聞いて、紅茶を飲んで少しは表情が和らいでいたはずの顔が、また逆戻りになる。
「期待されても困るわ。」
ぐっと紅茶を飲み干し、ため息を吐く。
ふとあることを思い出し、さらに大きくため息を吐く。
ああ、幸せが逃げていく・・・。
「早速宮廷主催の夜会が開催されるそうよ。・・・そういう主旨の夜会に参加しなければならないなんて。想像するだけでおぞましいわ。」
「きっと魔の巣窟ですね。」
「・・・魔の巣窟・・・。」
さらにぞっとするカトレアに、うんうんと頷くイポメ。
ただでさえ人の多い所は苦手なのに、様々な思惑が絡む夜会。
きっと色取り取りな小鳥たちがひしめき合うのだろう。
そして親鳥も高らかに鳴くに違いない。