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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

魔法を使うそれは、君のほう。

掲載日:2026/05/30

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第26弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「満ちていないのは、君のほう。」の後の話です。


 好きですよ、と言う。


 大切にしてくれる。


 優しい眼差し。穏やかな声。


 全身で言ってくれる。


 大丈夫ですよ、って。


 でも。


(私たちは夫婦じゃない)


 焦っている自覚が、オルガにはある。


 どうせあと半年ほど我慢すればいい。


(そうだよ。ノインは私をお嫁さんにしたいって言ってくれるもん)


 でも。


 後ろ指を差されてはいないが、周囲の中で浮いていた自覚はある。

 十九歳になっても嫁入りの話がない。


 でもそれは、ノインが先に自分を選んでいたから。


 君が好きですよ、と言ってくれる。


 お嫁さんになって、と乞うてくれる。


 だけど。


 感情の整理がつかなくなっている。


 気絶しなくなった。これで、大丈夫だと思った。


 いつ婚姻誓約書を出しに行きましょうか? 証人を誰に頼みましょうか?


 そんな話題が一切出てこない。


(そこまでじゃないのかな……?)


 私の「好き」が足りないから?


 ノインはこんなに焦ってない。


 一歩一歩、一緒に進もうとしてくれる。


 贅沢な考えをしていると、辛くなった。


(よくない)


 自分のこういうところは、よくない。


 でも。けれど。


(待てばいいんだよ。だってノインは五年も待ってくれたんだし、もっと待とうとしてくれてたし。私が)


 私が悪いだけ。


(ちがう。そうじゃなくて、でも)


 気絶しなくなったのに。


 これ以上、どうすればいいのかわからない。


 いつからこんなに、欲深くなったんだろう?

 なんで私はすぐに不安になるんだろう。


 涙がこみ上げる。


(ノインは、大丈夫だって……言ってくれてるのに。私、なにもできない……)


 戦えるわけでも、剣を使えるわけでもない。

 毎朝起きて、竈に火を入れて、水汲みや家事をして、ただ、待ってるだけ。


 それが悪いわけじゃない。


 わかってる。


 戻ってきても、誰もいない家はとてもさびしい。

 だから、私がここに居るのは、間違ってない。


(でも、居るだけ)


 贅沢だ。


 居場所があるだけでも十分なのに。

 確実な何かが欲しい。


 雨が。


(雨が)


 私の気持ちをふさぐ。


 同じ寝台で眠れば、もっと満たされると思っていたのに。


 もう今月も終わる。


 夏が……近づいてきている。

 雨の終わりが、近づいている。


 胸に宿る焦燥を、もう、誤魔化せなくなっている。


「触って欲しい」


 最後まで……してほしい。


***


「なにしてるんですか」


 硬い声に、オルガは呼吸を整えようとするが、うまくできない。


 思わず少し後退し、身をすくめた。


「な、なにも」


 視線が泳ぐ。


「なにもしてないよ?」


 視線を合わせると、目を見開いているノインが見えた。帰ったばかりの彼が、外套を脱いだ姿のままで停止している。


 見抜かれるような感覚がして、また視線を逸らした。


「なにかありましたか?」

「なにも」


 なにもない。そう、なにもない。


(勝手に不安になって、勝手に……)


 深呼吸をして、切り替えればいい。


 ごめんね、と言って。


(はやく)


 意味のない不安だ。


「なにかあったんですね」


 なんで。


(すぐわかるの……? 言ってもいいの? 迷惑にならない?)


 くるしい。


 自分でなんとかするべきなのに。

 こんなことすら、解決できない。


(めんどくさいって思われたくない……)


 なにを言っても大丈夫って、わかってるのに、こんなに。


(こわい……拒否されたら、私……次も頑張れる自信がない)


 しないってわかってるのに。どうして。


 感情がうまくおさまらなくて、涙が零れた。


 誰かを好きになることが、こんなものなんて、絶対にちがう。


 じゃあノインの持ってる好きは、どんなものだろう?


 ぜったいに、自分とちがう。


(前の『好き』に戻りたい……)


 息苦しい気持ちにならなくて済む。


 戸惑って泣くこともない。


「っ、ぅ」


 こうやって、相手を困らせる感情なんて、ないほうがいい。


(大丈夫……。言って、ダメだったら…………あきらめよう)


 笑って誤魔化せる。

 大丈夫。


 整わない呼吸をなんとかしようともがくけど、できない。


(できることは少ない。私が、私がノインに差し出せるものも、これくらいしかない)


「…………」


 拳を握って、力を込める。


 あとで笑い話にでもなればそれでいい。

 きっとそうなる。


 自分の悩みは小さくて、こんなことくらいって思われるものでも。


 ふーっと息を吐いてから服に手をかけて脱ぎ始める。


 どうせ結婚する。順番が変わっても、夫婦になる。

 嫌だって言われるはずがない。


 大丈夫。


(実際の娼婦を見たことはないけど)


 貧相な体だと、怯えそうになった。


 練習の時とは違って、恐怖でおかしくなりそうだ。


 肌着一枚になってから、オルガは改めて頼りない格好だと思った。


 自分の体にも自信を持てない。自信の持てるものなんて、やはりないのだと思い知る。


 小さく喉を鳴らしてから、口を開いた。


「あまり魅力的じゃないし、こ、こんな体だけど」


 だめだ。

 声が震える。


「私があげられるの、これくらいしかなく、て……」


 大丈夫。


 ずっと床を見てる。

 だって、顔をあげられない。


「ど、どうやって、女の人って、男の人を誘うのかわからないから、みっともないかもしれないけど……ど、どうかな」


 こわい。


 でも、ちゃんと夜の練習してるし、ノインは見慣れてるし。


(もっと、綺麗なら良かったのに)


 それだけじゃない。

 求められる体つきならいいのに。


「さ、最後まで、したくならない……かな」


 こんなことを言い出すなんて。


 ぎゅう、と肌着を握りしめた。残ったほうの手で、思わず顔を隠すような動きをしてしまう。


 すぐに答えが返ってくると思ったのに。


(……なんで何も言わないの?)


 怖くて見れないのに。


 呆れた? 失望した? こんなことまでして、欲しがってることに、やっぱり、奥さんにしたくなくなった?


 やっと落ち着いてきた涙がまた、零れた。反動で唇が震えて、息が乱れる。


(私なんて、欲しくないよね……)


 だめだった。


 強烈な羞恥と後悔に、そこから動けなくなる。


(あげられるものなんて、もうないのに)


「ごめんね」


 なかったことにしよう。


 大丈夫。どうせ結婚する。どうせ夫婦になる。


 なかったことにすれば、それで。


 欲を出しちゃ、だめだった。


「こ、こんな貧相だし、魅力もないし、私がダメなのわかってる。

 わかってる。ご、ごめん、べつに泣くつもりじゃなかったんだよ? ほ、ほら、こ、こんなことしたことないし」


 視界が滲んでる……。


 くるしい。つらい。すきなひとから、すきを返されないのが。


 もっと、って欲しくなった私が。


(悪い……)


 どうしよう。


 かなしい、すごく。


 小さく嗚咽が漏れる。


 頑張って止めようとするけど、できない。


(これ以上、めんどくさいって思われたくない……きらわれたくない……)


 我慢すればするほど、息が乱れて、うまくできない。


「ち、ちがう、な、泣く、つもりなくて、ほん、と、に。ははっ、わ、忘れてくれ、る?」


 なにか言って欲しいのに。


 いっそ泣き喚いて、すがりつければ、こっちを向いてくれるかな?


(ノインは優しいから、そうすれば……でも)


 やさしいのに、応えてくれなかった。


 いま、まさに。


(欲張りになっても、いいことなんて、ないもんね)


 身の丈に合ったものしか求めちゃいけないんだよ、やっぱり。


 優しくて、頼りになって、なんでも大丈夫って言ってくれて、私をお嫁さんにしてくれるって言ってくれるだけでも、私には、十分すぎるよ。


 そこで満足しないから。


(こんなに泣いたの、初めてかも)


 ひとをすきになったのも、初めてだけど。


 手の甲で拭うのも限界で、肌着を持ち上げて顔を覆う。


 少しだけ呼吸が整って、勇気を振り絞って視線を上げる。


 わらって、謝れば。


「…………」


 え?


 視線を横に流しているノインが、静かに泣いていた。


(な、んで……泣いてるの……?)


 頬と顎を伝って落ちるそれを見て、オルガは困惑した。


「ノ、イ……」


 瞬きのたびに、涙が流れていく。


「…………きみ、は」


 掠れた声に、オルガは目を見開き、恐怖で固まる。


 決定的な言葉を聞きたくなくて、体に力が入った。


「…………俺が、欲しいものを、ずっと持ってる……」


 小さなそれは、消えるような儚さがあった。


 もうない。


(出せるもの、もうない……)


 どうしよう。


(ノインが泣いてる……)


「ごめ、ん……、私……」


 また呼吸が苦しくなって、涙が落ちる。


「も、もう、な、ない……私、なにも、ない……! ごめん、……っ、私っ、わたっ、…………ノインが欲しくて、でも、あげられるもの、ないから……!」


 ぜったいに欲しいって、思っちゃって……!


 喉が引きつって、うまく言葉が紡げない。


「ほかの、いらな……っ、けど、どう、し、ても、ノインだ、だけは、欲しい、って……っ」


 目を見開いたノインが、距離を詰めた。


 こわい。


 なにもあげられない。


 抱きしめられて、驚く。


「……? な」


 なに?


「っ」


 唇を塞がれた。


「!?」


 瞬きを数回繰り返して、離れようとしたら、さらに力を込めて抱きしめられる。


「魔法の言葉」

「…………え?」

「やっと、俺が欲しいものをくれましたね」


 耳元で小さく笑う声が聞こえた。


(なに……? えっ?)


 なにもあげてない。


 頬を優しく撫でて、はぁ、と息が吐かれる。


「あげます」

「…………?」

「いくらでも。俺の全部、あげます」

「……えっ、ぁ」


 少しだけ体を離して、ノインが微笑んだ。


 でも。


 その瞳の奥にあるものが、今までと違う。

 隠していたものが、いま。


 逃げそうになる腰に手を回されてしまう。


(あ)


「……もう、逃げ道を作らなくていいって、思ってもいいんですよね」


 だって。


「欲しがったのは、君のほうですから」


 でも。


「俺はもっと、君が欲しい……!」


 テーブルに、押し倒される。


 目が、合う。


「好き……」


 指先が、震えてる。


「かわいい」


 微笑んでくる。


「俺を誘惑しようとするなんて……」


 あ。


「おかしくなりそうでした」

「そ、」

「すみません。ちょっともう、耐えられそうにないです。寝室までなんとかもたせますけど……もう許可をとらなくてもいいってことですよね」

「っ、え、あ」

「やっと……」


 掠れた、声。


 ちかい。


「……俺も、君のものにしてください」


 泣き笑いの表情になった。


 すごい、しゃべる。


「待ってました……ずっと…………」

「………………」


 オルガは瞬きをしてから、顔を真っ赤に染める。


「……が、がまん、してる?」

「……バレましたか。お喋りで引き延ばすのもそろそろ限界なんです」


 …………やっぱり。


「だって……練習の時も、『好き』しか言わなくなる……し」

「…………まぁ、余裕なんてなくなりますからね」

「ま、まだ、なにか足りない……?」

「……かわいい」


 ええっ!?


「俺で君を満たしたい……! ……好き、大好きです。好き……」


 あっ。


「君をください、俺に。……欲しがって……俺を、選んで?」


 もう一度。


(勢いで言ったの、わかってる……)


 魔法の言葉を、もう一度。


「ほ、欲しい!」


 声に力を入れ。両手を彼に伸ばした。


「ノインを、私にちょうだい!」

「……………………――――はい」


***


「思ってたほど痛くない」


 真剣に言ったら、ノインが咳き込んだ。


 何度か咳払いしてる。


「ノインはなんか疲れてるね」

「……俺は精神が疲弊したので。君は元気ですね」

「眠いよ?」

「そうではなくて」

「擦れた感じ? まだヒリヒリするけど平気だよ」

「ンンっ、そ、そうですか」


 また咳払いしてる。


「ノインがたくさん頑張ってくれたからだね、ありがとう!」

「ごほっ」

「だ、大丈夫!? 喉に詰まらせてない?」


 やっぱり朝ごはん、無理だったのかな。


 背中を摩ると、近づくなとばかりに手で制される。


「近いです」

「…………近くにいたらダメ?」

「ンンンっ、ちょ、ちょっと待ってください」


 顔逸らしちゃった……。


(私だけ元気なんだもん……)


 おなかすくし……。


 寝るまで時間かかって、ノインがすごい困ってたけど。


(でもまあ、ノインが朝ごはん作ってくれたしなあ)


 焼きたてのパンだけじゃない。具だくさんのスープに、半熟卵。そして。


(果物に蜂蜜が少しかかってる……! 全部おいしい……!)


 いつまであっち見てるのかな……。こっち見て欲しい。


「ねえノイン」

「……はい」

「ノインはどうだった?」

「げほっ」

「私、ずっと眠れなくてノインにくっついてたけど、感想聞いてなかったなって思って」

「…………なにを真剣な顔で」

「ん?」


 なんか言った?


「なんでもないです」

「なんでもない? えっと……そ、その、やっぱりダメだった?」

「ち、違います」

「!」

「な、なんで瞳を輝かせるんですか……」

「嬉しいなって思って! で、どうだった?」

「………………どうして、そんなことを聞くんですか」

「ノインだって私に聞くでしょ?」

「う」

「知りたい! どうだった!?」


 言い淀んでから、視線を逸らして顔を真っ赤にした。


「き、気持ちよかったですよ……」

「…………」

「なんでそんなに見てくるんですか……」

「ノインって、嘘つかないね」

「? つきませんよ、君には」

「私には?」

「はい。喋るのも得意ではないですけど、君と話すの好きですし」


 得意じゃない?


「よ、よく喋るけど、ちがうの?」

「はい。君以外と話すの、苦手ですから」


 うそでしょ?


 あ、でも、ノインは確かに余計なお喋り、全然しないな。


「君以外は、全員うるさくて嫌いです」

「……………………」


 ……いい笑顔だなあ。


「ねえ」

「はい?」

「次はいつするの? 明日?」


 あ、固まっちゃった。


「……ノイン?」

「あのですね……三日は様子見です。炎症が起きてるので」

「薬塗ったのに?」

「万能薬ではないんです。君自身を、もっと大事にしてください」


 はあ、と溜息をつかれる。


 嬉しくてたまらないこの心は、自分でもよくわからない。


 ただ。


(あなたはもう)


 ――私だけの、ひと。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。

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