純白バレエ
短編にしてはかなりの力作なので是非お願いします。青春少女の話です
「今日から、転校してきた、東野響子です。皆さん、よろしくお願いします」
と、控えめに挨拶をする。
親の都合で転校してきたのだが、どうにも嫌なものだった。
転校初日から、早速男子たちに狙われた。元々は東京の学校にいたのだが、ここは特別田舎でもなく、かといって東京や大阪のような大都会でもない。所謂地方都市の学校。規模もそこそこのものだが、私が転校してきたという噂は、たちまち全校男子にまで広まった。
やれ、「付き合ってください」だの「どんな人が好きなの」だの。そんな下心丸出しの初対面の人に振り向く人間なんてそうそういない。気持ちが悪い。
そして、私は知っている。彼らは、私の初めてを狙っていると。
自分で言うのもなんだが、私はかなり綺麗に見えるらしい。純白少女というのか、要は何も汚れのないものに見えるらしい。
実際は、そうではなかった。
初体験は、すでに中学2年のときにしていた。相手は、中学3年の先輩と。
そう、私は寧ろ、そんな年で穢れを知っている女。純白とは程遠い。汚くて、淫らな女。それが、私。こんな私を、自分ではどうとも思わなかった。別に悪いことをしているわけでもあるまいし。
だけど、綺麗な甘酸っぱい青春なんて、もう知らない。ああ、青春さんて、なんて眩しいんだろう。私は貴方とは一緒になれないけど。
ある日の、図書室でのことだった。本を借りようと、手を伸ばしても、私の身長では中々届かなかった。すると、すっと手を差し伸べてくれた人がいた。
「はい、これ」
彼は、何気なしに、まるで私を他と変わらない普通の後輩に対してのように、自然に本を渡してくれた。そこに下心は見えなかった。
後から知ったのだが、彼の名は、北川琢磨。一つ上の、高校2年生。琢磨先輩は、他とは違った。私のことは知っていたようだが(あれだけ騒がれれば流石に名前は知っているのだろう)、いやらしい目では見てこなかった。私が純白かどうかなんて、どうでも良さそうだった。寧ろ、私がどういう人間かも、知っているような感じだった(勿論、そんなことはないのだけど)。
彼は私を、ただの後輩として見てくれた。純白かそうでないかは、関係なかった。彼だけが、私を綺麗な目で見てくれる。青春の目で見てくれる。そんな気がした。
その後、誰かに見られていたのだろう、このやりとりが全校に広まった。「琢磨先輩と付き合っているんじゃないか」だのなんだの。まだ来て2週間なんだけど。うるさい男子達。下心丸出しのお猿さん達。鬱陶しい。
でも、琢磨先輩はそんなのお構い無しに話しかけてくれる。そして、なんの偶然だろうか、彼と話す機会は日に日に増えていった。例えば図書室。またあるときは、食堂で。雨の日に、傘を貸してくれたこともあった。
そんなことをされているうちに、どんどんと私の思いは膨らんでいった。もっと私を見てほしい。そう思った。
でも、私はじゃあ、どうやってアプローチすればいい?そう考えた時に、醜い私は、醜いやり方しか思いつかなかった。所謂色仕掛けというのかな?そんな、汚れたやり方。それが、私の唯一の青春への返事。
ある日、彼を体育館裏に呼び出した。そして、先輩を穢れの世界へ誘った。最初こそ抵抗した彼だが、我慢の限界に達して、そして、私達は初めて、交わった。まるでバレエのように、息ぴったりな私達の肉体ははずんだ。押し倒す瞬間「ごめん・・・」と、彼は言った。本当は、謝るべきは私なのかも知れないのに。
その後、彼は私からの告白にOKを出してくれた。その目は、罪悪感でいっぱいだった。きっと、これは愛ではなく、襲ってしまったという罪悪感でだろう。どこまでも、優しい人だった。
私と彼が付き合ったという噂は、瞬く間に広まった。特に、女子が煩かった。嫉妬なんて、醜い感情を向けないでほしい。先輩を奪おうなんて思わないでほしい。私には彼女たちが、ハイエナかカラスのように見えた。さっさと踵を返して消えてほしい。そう思った。
ふわり香る私のシャンプーの匂い、彼の汗の匂い、放課後にまた、混じり合う。リップクリームは、彼とのキスのため。高かったアイシャドウは、もっと私の目を見てしてほしいから。
ああ、なんて高揚感。高ぶる熱に、打ち付ける興奮。綺麗なジャンプ、8回転。なんて気持ちのいい。
でも、これが愛であったかと聞かれれば、それはきっと・・・。
「もう限界だ・・・」
彼はある日にそういった。わたしたちが付き合って半年のときだった。彼ももうすぐ高校3年生。今は春だ。
限界ってなんだろう?なんで泣いているの?先輩?
・・・いや、分かってる。こんな関係を憂いていることくらい、分かっている。思えば、私にも、後悔はないの?大切なひとを傷つけていたことを、知らんぷりしていた後悔は?
愛でもなんでもない。ただの体の関係。それを青春とは言わない。結局、最初からこの恋仲は終わっていたんだ。
だったら、せめて───
「ねぇ、先輩。最期に私と、踊りませんか?」
そう、最期に。もっともっと激しく、高ぶらせて。
今までなかった絶頂感、9回転ハイジャンプ。
だって、こうしたら───淫らな私のままなら、貴方も気兼ねなく私を捨てられるでしょう?
最期に思うのは、誰かのために。貴方のために。
そんな風に思えたのは、貴方と出会ったから。あなたの青に、少しだけ、染まったから。
最期だけは、綺麗でいたいから。
今まで嘘だらけ、穢れだらけの私だけど、この思いだけは、嘘じゃないんだよ?
そして、その幕引きをもって、私達はお別れした。
さよなら、青い春。