9話 うさんくさい宰相
その後、パーティーはあっさりと終わった。
ただ、私は皇帝の隣の椅子に座っているだけ。
私に挨拶にきた貴族もいたが、すべて皇帝がうまく会話を受けてくれていた。
ただひとり、アニス帝国宰相ヨハン=フォン=マイヤーを除いては。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません、ノア姫」
「あなたは……道中で会った人だね?」
「えぇ、陛下と同行させていただいておりました」
メガネの男だ。整った顔をしていると思うが、メガネということ以外に特徴がない男でもある。ただ宰相という立場らしく、身に着けている物はどれも高価そうだ。メガネ自体、庶民にはまず手に入れることができない高級品だしね。
そんな男が、メガネの奥の瞳を細める。
「そのドレス大変似合っておいでですね。とても日中、兵士相手に大立ち回りをした姫君とは思えません。もっと動きやすいドレスのほうがよろしかったのでは?」
その気遣いは、やっぱり『おまえみたいなチンケな娘には、歴史あるドレスなんか似合ってねーよ』ってことでよろしいのかな? 正直、同意ではあるけどね。でも、売られたケンカを買うのはやぶさかではないぞ?
心の中のお兄ちゃんも、きっと初期の段階で白黒はっきりつけておいたほうが、今度の平和のためにいいと背中を押してくれるに違いない。やるか、決闘?
「ヨハン」
隣に座るエーデルガルドが短く叱責する。
ヨハンの笑みは欠片も歪むことはない。しかも周囲をよくよく観察してみれば、そんな皇帝とヨハンのやりとりを見て笑みを隠している者も少なからずいる様子。
……皇帝の治世も一筋縄ではないようだね。
だけど、やれやれである。皇帝が注意してくれてしまった以上、私が暴れるわけにはいかないじゃないか。これでも、世界平和を担っている自覚はあるのだ。
だから、怒りの矛先を収めるために視線を動かしてみる。
私の大立ち回り相手のセべクも会場内の警備に当たっていたらしい。私と目が遭えば、あからさまに拗ねた様子でプイッとそっぽを向いてしまった。いや、もうちょっと大人の対応しようよ。変にコソコソしている他の貴族たちよりわかりやすくて、嫌いじゃないけどね。
これは思っていた以上に癒されてしまった。
私が「ぷっ」と噴き出すと、エーデルガルドが身を乗り出してくる。
「ノア姫、どうかしたか?」
「いえ……アニス帝国の方々と少しでも交流を図れて嬉しゅうございましたわ。お忙しい中、メイドさんたちも素晴らしい歓迎をしてくれましたし、これから楽しくやっていけそうです」
私がそれらしい言葉遣いで応じると、ヨハンと、特にエーデルガルドが目を丸くしている。
「メイドたちの、歓迎……?」
まぁ、このくらいの嫌みなら許されるでしょう。
案の定、ヨハンはすぐに笑みを作り直すが。
「この国を気に入ってくれたようで何よりでございます。これからどうぞよろしくお願いしますね。ノア姫様」
「えぇ。どーぞよろしく」
私もにこやかに挨拶を返す隣で。
しばらくのあいだ、エーデルガルドだけが奥歯を噛み締め続けていた。