6話 ポチはいいこ
ちなみに、ポチの鳴き声は本当の犬らしい声ではない。
人間があざとく犬のものまねをするときの「わん」である。
だけど構わず、私はポチの頭をなで続けた。
「そっかぁ。ポチはいいこだねぇ」
「わん!」
とりあえず、スリスリと顔まで寄せてくるポチが今日もかわいい。
そんなポチに癒されつつ、私はこっそりとため息をついた。
敗戦国からの生け贄が皇帝の花嫁になるなんて、やっぱり歓迎されてないんだなぁ。
お兄ちゃん……『世界平和』の前に、私とポチの平和が難しいかもしれないよ。
「先が思いやられるね……」
そのとき、ポチが私より早く扉のほうに視線を向け、グルグルと喉を鳴らす。
どうやら廊下のほうが騒がしいね。ドタドタドタ。隠す気のない足音が複数近づいてくる。
そして、扉が躊躇いもなく開かれた。
「これはどういうことだ!!」
「見てのとおりだよ」
先頭にいる男の声が、やたらうるさい。
他の兵士より少しいい軽鎧を着ていることから、近衛兵か何かなのだろう。パールレッドのかわいらしい髪を、炎のように勇ましく逆立てている。年齢は私よりもわずかに上だろうか。精悍な顔つきに、服越しでもしっかり鍛えられていることがわかる体躯。髪を下ろしたら、けっこうな美青年に違いない。
リーダーらしきパールレッドの男が、私の言ったとおり部屋中を見渡してから、再び叫ぶ。
「まさに悪魔の所業……そのメイドを即座に捕えよ!」
私ではなく、ポチがメイドらを攻撃したと判断したのは悪くないけど……。
だからといって、ポチはなにひとつ悪いことをしていない!
ポチは立派に職務を全うしてくれただけである。少々やりすぎちゃっただけで。
私は青年の命令で入ってこようとする他の兵士を身体を張って阻止する。
「ちょっと待って! 彼女は私のドレスに悪戯しようとした不届き者に対処しただけだよ!」
「貴様がその現場を見ていたのか!?」
「私が来たときにはすでにこうだったけど、あのドレスを見れば、一目瞭然でしょうが!」
指さすのは、当然ベッドの上で無残な形となったウエディングドレス。
だけど、リーダーらしい青年は無表情で鼻を鳴らすのみ。
「そのメイドが我らが城のメイドを痛みつけるために、自ら切り裂いた可能性がある!」
「そんなバカな真似をこの子がするはずないでしょ!」
途端、リーダー男が声のトーンを落とした。
「なら、どうしてそいつはずっとだんまりなのだ?」
私はギクッと肩がはねるのを、隠しきれただろうか。
人間心理として、冤罪を着せられそうになったのなら、たとえ身分がどうこうあれど、少しくらい自分で弁明しようとしてもおかしくないはず。
だけど、いつも通りポチは一言も発していない。
ただ動物が威嚇するときと同じように、グルグルと呻いているだけである。
「自分が本当にやっていない、あるいは正当防衛の理由があるなら、犯行を否定する言葉のひとつやふたつ、出てもおかしくないだろう。それなのに黙っているということはすなわち、自らが犯人だと認めているに他ならない!」
たしかにメイドたちを攻撃したのは、ポチのほうらしいけど。
私はポチの肩に手をおいて、視線を合わせてしゃがみこむ。
「ポチ、話せる?」
すると、ポチはふるふると首を横に振った。
そっかあ……他国で冤罪ふっかけられても、頑なに話さないか……。
姫の侍女という扱いだけど、ポチはシャルル王国でも貴族登録をしていないどころか、住民登録すらしていない。そんな孤児が、訳なく他国の城で働く者を大量に害したとなれば、処刑されてもおかしくないわけで。
だけど、こんなことで大切なペットを失うわけにはいかないからね。
「まあ、ペットの責任は飼い主がとるということで」
「なんだ、己の罪を認めるつもりか?」
「まさか!」
私は立ち上がり、パールレッドの男に向かって口角をあげる。
「ようはあんたたちみんな、私に嫌がらせしたいんでしょ? 納得いくまでかかっておいでよ。相手してあげる」
人差し指をちょいちょいと動かしてみせれば。
彼は自慢げに「いいだろう」と、にんまり口角をあげた。
そして、私は少ししてから気が付いた。
お兄ちゃん、ごめん。『世界平和』唱えるの忘れちゃった。