46話 真っ赤な薔薇①
◆
私は全力で逃げ回っていた。
「あんまり大きな魔法は勘弁だってば!」
だって、ここは城の地下。
広さは召喚実験なんてしていただけあってそこそこの広さがあるものの、部屋が潰れたら私は生き埋め。上にいる人たちだって只では済まない。
私の魔法なら数発は耐えてくれるだろうけど……それでも連発したならどうなることか。
そんな中で、エーデルガルドはバチバチと雷撃の魔法を連発してくれていた。
せめてもの救いは、エーデルガルドがまだ本調子ではないことか。
慣れない大剣なんて持っては避けられないので、もう部屋の隅に投げてしまっていた。 事が終わったあとで、壊れていませんように。
「ちょこまかと逃げ回るなんて、まるで虫のようではないか! なぁ、ノア=シャルル!」
「虫で結構! 花を咲かせるために、虫の助けが必要な花だってあるんだよ!」
大規模魔法を使うためか、それなりの広さと天上の高さがあるのが幸いして、こうして暴れ続けられているものの……実験に使っていただろう器具などはバリンバリンと割れている。
その中で、悪いが棺のようなものの上に着地させてもらう。しかしエーデルガルドの手から伸びる雷撃の鞭をよけると、代わりに棺が半壊してしまった。
「げっ」
ちらりと振り返ると、壊れた部分から落ちる白い腕。ひび割れから覗く姿は元は美人だったことが窺えるけど……抜け落ちた長い白髪といい、片方落ちた眼球といい、極端に膨らんだ節々といい……まさに化け物。怖すぎるから。
あれかな、悪魔化計画とやらの被験体だったのかな。何年前から保管されていたのか知らないけど、異形じみた形の遺体から、やはりとんでもない実験であることが窺える。
「死者を冒涜する趣味はないから、場所を変えない? だだっ広い荒野とか」
まぁ、今なんとかやりあえているのは狭い場所だからなのだけど。
だって、相手はリミッターを外した魔法の天才エーデルガルド=フォン=アニス。大規模魔法で爆撃されたら、所詮血の及ぶ周囲を爆散させるしか能がない私には対処のしようがない。
「やっぱり、ここは早期決戦で……」
と、私が指の腹を噛もうとしたときだった。
エーデルガルドの動きが止まっている。
それはまるで、動かしたくても動かない、そう言わんばかりで。
ならば、この悪魔を抑えているのは、誰か。
――いや、ちがうな。
私は大人しく成り行きを見守る。
「おかあ……さん……」
その泣き声は、紛れもなく『エーデルガルド』のものだった。
「おかあさん……ずっと、こんな暗いところにいたの……?」
彼女がポロポロと涙をこぼす。
悪魔が宿っているせいか、感情が昂ぶっているせいか。彼女の涙は、この暗がりの中でも黄金に色にきらめいて、幻想的なまでに美しい。
そんな瞳は、私が化け物と称してしまった異形な遺体へまっすぐ向けられていた。
「ごめんね……ずっと、見つけてあげられなくて……ごめんね……」
彼女は壊れた棺のそばに膝をつき、こぼれた白い腕にすがりつく。
そんな悲哀に満ちた光景を、私はどこか冷静に観察しつづける。
――なるほど。
私はこの『悪魔』の正体に、にやりと口角をあげた。
「まったく……仕方のない旦那様だね」
立ち上がった彼女の顔がゆっくりとこちらを向く。
そして掲げた手のひらに再び宿るのは、殺意に満ちた衝動。
彼女は震えた唇で、言葉を紡ぐ。
「わたしを殺して……おねがい、ノア……」
私の夫となる少女が、はじめて私を呼び捨てにしてきた。
そして、はじめて私に対してお願いをしてきた。
「もう……ひとりは嫌なの。おかあさんといっしょにいたいの……」
いつも他人のために動いていた彼女から聞いた、はじめてのおねだりだ。
任せてほしい。戦場で、ひどい怪我を負った仲間の兵士、村で子どもを亡くした母親などから、似たようなお願いを何度もされた経験がある。
だから、私は今までどおりに即答した。
「やなこった」
「……そう、ですよね……わたしなんて、誰も……」
その切なそうな顔の直後、彼女のラベンダー色の瞳が黄金に変わる。
「だったら……『わたし』とともに死ねっ!」
直後、彼女から雷撃が放たれた。威力は大きいが、命中が杜撰。私は避けながら、指の腹を噛む。この手に生むのは、もちろん私の血がうごめく魔剣。
ひとりラクをしようなんて、そうはさせない。
いくつもの戦場を見てきたからわかる。
その場で死ぬよりも、そのあとを生きていくほうがよっぽどツラい。
「幻滅してあげるほど、私は優しくないんだから!」
私は向かい来る衝撃波を魔剣で薙ぎ払う。
地下室がもうボロボロだ。まともな家具や道具などひとつもない。
それでもお構いなしだ。
薙ぎ払うと同時に、私の剣筋に合わせて血痕が飛び散る。当然だ、この剣は私の血液で作った流動体。私のイメージで剣のカタチを成しているだけであり、少しでも意識から漏れた部分はただの血液に戻る。
だけど、それが私が意図としたものだったのなら?
私は魔剣をエーデルガルドに向かって投げる。
「《真っ赤な薔薇》!」
そして、すべてを同時に爆ぜさせた。
主力はもちろん剣の爆発。
だけど逃げようにも、周囲の血痕による爆発で逃げ場は囲んだ。
「あまり怪我はさせなくなかったけど、そうは言ってられない……」
大爆発の硝煙で、そのときは見えなかった。
それでも、彼女の声が聞こえる。
「おかあ……さん……?」
作者から、ここまで読んでくれた皆様へお願いです
「おもしろい!」「続きが楽しみ!」「おかあさあああん!」
などと、少しでも思っていただけましたなら、
【ブックマーク登録】、感想やレビュー、並びに、
ページ下の評価(☆☆☆☆☆→★★★★★)から、応援いただけると嬉しいです。
皆様からの声や反応が何よりのやる気に繋がります。
ぜひご協力のほど、よろしくお願いいたします!




