44話 おっさんたちの杯②
『おまえ、近衛団長だろう?』
『いちおーね』
『なら、死しても皇帝を守る義務があるな?』
『過重労働すぎない? 俺って殉職もさせてもらえないの?』
そんな軽口を返しながらも、友の言いたいことがわかってしまう。
俺たちも長い付き合いだ。
『俺、ホンモノの悪魔にされちゃうの?』
俺はこいつほど専門家ではないが、立場上、最低限の知識はある。
暗部が現在研究している悪魔化計画は、いわば悪魔モドキを作るための実験。人間兵器を作ろうという段階でイカれてるが……実はもっとヤバい計画が進められていることも知っていた。
それが、正真正銘の悪魔を作るための計画。
死んだ人間の魂を強制的に悪魔とし、ホンモノの悪魔同様、生きている別の人間に憑依させるというのだ。ただでさえ魂を変質させるだけでも失敗する可能性のほうが高いのに、別の人間に憑依させるなど、さらに難易度が上がる。
しかし、それに成功さえすれば、諜報活動などにも活用できるどころか、敵の将や王族を乗っ取ることができれば、戦況を根底から覆すことができる。
『術者は……当然おまえなんだよな?』
しかし、一連の儀式のためには膨大な魔力が必要となる。
魔力は、血に宿る――つまり血を失った人間が死ぬように、魔力を失った人間もまた死ぬ。
それなのに、友は力強く頷いた。
『術式は私が責任をもって成功させる』
『おまえも死ぬつもりか?』
『残念ながら、息子に殺されるとしても、私に息子を殺す覚悟はなくってね』
『だから、俺に悪魔になれと?』
『最低な友人だろ?』
『まったくだ』
俺はさらに手酌で、三度酒を飲み干す。
最低だ。こいつも、俺も、笑ってしまうくらいに最低な大人だ。
『それも悪くないと思っている俺も同罪だな』
子どもが幸せに生きていける世界を作りたいだけなのに、こうして子どもたちを利用するしかできない。なんて無力なのだろう。なんて愚かなのだろう。
だけど結局、俺も酒でも飲んでないと言えないことを、やるしかないのだ。
『なぁ、憑依する相手を俺が指定することできる?』
『候補は選んであったが……なるべく息子の息がかかっていない相手が望ましいだろう。憑依計画は、私の代で完全に破棄するつもりだからな』
『息子は知らねーって?』
『そういうことだ。親の心、子知らずだな』
『使い方がちげーよ』
それでも、気持ちはわかる。
いくつになっても、息子より一枚上手でいたいのが親のちっぽけな自尊心だ。
だからこそ、その悪だくみは突拍子もないものでないとな?
『なら、俺を皇子に憑依させてくれや』
『本気で言っているのか?』
『あぁ、二人を俺一人で守るには、これが一番確実だろ?』
俺が悪魔になって為すべきこと――そんなこと、聞くまでもない――エーデルガルド姫とまだ赤子のニーチェ皇子を守ることだ。
どんなに強力な護衛がいたとしても、それこそ最近の俺のように、誰かの策略で任務を外されたら元も子もない。
なら、絶対にそばにいる方法は?
本人になればいい。もう自我が確立されているエーデルガルド姫は難しいが、まだ自我もない赤子のニーチェ皇子となら、もしかしたら魂の共存ができるかもしれない。たとえ意識が俺であっても幼子の身体ではできることに限りがあるだろう。だが、歩けるようになれば、いくらでもやりようがある。
友が固唾を呑んで訊いてくる。
『もしも、失敗したら?』
『んなこと言ったら、悪魔になった俺が国を滅ぼしちまうかもしれねーじゃん? だったら、成功したときのことだけ考えよーぜ。どうせ、俺ら死ぬんだし』
すると、友は思いっきり噴き出した。
『最低な大人だな』
『同罪だぜ、親友』
俺は杯を渡せば、友も苦笑しながら『そうだな』と受け取る。
その日の真っ赤なワインの味を、俺は死んでも忘れないだろう。
そして、俺は死んだ。
死に場所は自分で選んだ。ちょうどヨハンが俺を嵌めようと、崖崩れが起こりやすい場所へ派遣してくれたからな。大人たちのケチな作戦が絶対にバレないように死なせてくれるとは、なんて親思いな子どもなのだろう。ちくしょーめ。
それならばと、俺が為すべきことは、崖崩れの被害を最小限に留めること。
襲撃人数は自分を含めて最小限。身のこなしが軽いやつらを選別して、さりげなく逃げ道も示唆しておいて。
だけど、あくまで俺ができることは自軍の話。
敵軍のやつらは可哀想だが、これも戦争だ。仲間たちを大量に殺してくれたやつらに、俺も人並みの恨みを持っている。ま、おっさんの最後の憂さ晴らしだ。
……なんて、思っていたのに。
崖崩れが起こったとき、敵軍の将は俺らもまとめて助けようと足掻きはじめた。
不運に足を挫いてしまった俺の部下の頭上に迫った岩が、真っ赤な血花とともに砕け散る。
『早く逃げて! おい、こいつに手を貸してあげろ!』
そう自軍の兵士に命令する少女に、俺は年甲斐もなく見惚れてしまった。
あぁ、彼女なら、間違いなく俺の部下たちも救ってくれる。
だから俺は迷わず、彼女に迫る大岩の盾となって死ぬことを選んだ。
俺が彼女を突き飛ばしたときの、年相応に驚く彼女の顔に思わず頬が緩む。
『こんな子が、エルちゃんの友達になってくれたら』
彼女はシャルル王国の将ながら、アニス帝国でも有名な将軍だった。
その名は、ノア=シャルル。
銀色の髪をなびかせ、ヒラヒラした軍服をひらめかせながら。
戦場の真ん中で、彼女は誰よりも美しく敵を真っ赤な花のように散らしていく。
そんな『血花のノア』の異名を持つ、敵国の戦姫だ。
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