4話 いざ、嫁入り!
と、いうわけで――アニス帝国の首都にある、アレイスター城。
古くも強健な石造りの城にある王座の間は、思っていたよりも質素だった。
比べる対象が、華やかすぎる実家(シャルル城)だからね。いつも新しいものばかりでキンキラしていた城内よりも、長年使っているだろう玉座のほうが貫禄があるというものだ。
そんな場所に、十七歳になった私は『姫』としての務めを果たしにきた。
和平条約通り、敵国だったエーデルガルド皇帝のもとへ、嫁ぎにきたのだ。
だからまあ……道中で会ってしまったのはさておいて。
きちんとした場所で、改めて正式な再会のご挨拶である。
数段上に配置された玉座に座った未来の旦那さんは、ずっと微笑を浮かべていた。
そして、立ちっぱなしの私を見下ろしながら言う。
「先程は長旅でお疲れのところ、手を貸してくれたこと感謝する」
はーん、何が何でも『助けてくれてありがとう』とは、言わないつもりだね。
皇帝エーデルガルドは、一年前とあまり変わらぬ姿だった。
前も思ったが、やっぱり小柄な青年だ。やたら頑丈そうなブーツを履いているが、それを脱いだら私と身長も大差ないのではなかろうか。
金の色が鮮やかな短髪に、ラベンダー色の瞳が愛らしい。ドレスも似合いそうなかわいらしい顔立ちだが、足を広げて座る姿だけは、雄弁に『我こそが王様』だと物語っている。
だから、私もにっこり笑みを返してみせた。
「こちらこそどーも」
私の気安さに、周囲の帝国兵や重鎮らがどよめいた。
私をことを失礼なやつだと言いたいのかな?
そりゃあ、私だって敗戦国からの人質であることは百も承知。
私の振る舞いに、両国の平和がかかっているといっても過言ではない。
私の中のお兄ちゃんが叫んでいる。
『ノア、困ったら兄ちゃんに相談するんだぞ。大丈夫だ、いつもおまえの心の中に兄ちゃんがいるからな!』
旅立つ前、何回も何回も言われた台詞である。
……お兄ちゃん、励ましの言葉なんだと思うけど……それ、死ぬ直前に言うセリフだよ?
もちろん兄は、今も元気に祖国で公務に追われているはずである。
でもまあ、お兄ちゃんがそういうならさっそく相談してみましょう。
心の中のお兄ちゃんやい。
私は近い将来は皇后さまになるのだから、こいつらより偉い立場だと思うのだよ。なんなら、あんたら全員皇帝含めて十秒で首を落とす自信があるし?
そもそも、さっきだって『未来の旦那が襲われているから助けてあげよう』っていうただの善意だったのに、『別におまえの手なんか借りなくても余裕だった』みたいな態度をとられちゃったし?
わからないでもないけどね。あくまで私は敗戦国からの人質。臣下の前である以上『自分よりも敗戦国から嫁いでくる姫のほうが強いです』なんて言えないのだろう。
そうだとしても、やっぱりあまり気分がいいものではない。
だから、そのあとも私からは話さなくてもいいよね?
当然、膝をついたり頭を垂れたりもしてあげなくていいよね?
「…………」
「…………」
お互い愛想笑いを浮かべたまま、数秒。
先に根負けしたのは、皇帝のほうだった。
「それでは、またパーティーで会おう」