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悪役戦姫ノア、男装皇帝に嫁入りする  作者: ゆいレギナ


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37話 悪魔が生まれる①


 ◆


 睡眠薬を飲んでも、やはりわたしは一睡もできなかった。

 わたしはノア姫が眠ったのを確認してから、部屋を出る。


 やっぱり眠る姫はあどけなくて、到底おそろしい異名を数多く持つ少女とは思えない。そんなこと言ったら、わたしが『皇帝』だという事実のほうがおかしいのかもしれないけど。


「さて」


 わたしが向かう先は、執務室。

 もうとっくに夜も更けている。厚い雲に隠れ、今日は月すら見えない。

 扉を開けると、そこには腕を三角巾でつるした男が、メガネをかけ直していた。


「おや、陛下。今宵も蜜夜をお過ごしかと思ったのですが?」

「ヨハンこそ、そんなに働いて大丈夫なのか? 大怪我をしたばかりだろう?」

「アニス帝国の宰相として休んでいる暇はありませんよ。明後日には親愛なる陛下の大事な結婚式なのですから」


 表面上の笑みは浮かべているものの、わたしたちも長い付き合いだ。

 その仰々しい敬いがウソであることがわかってしまう。

 だから、わたしは固唾を呑んでから切り出した。


「……何が望みだ?」

「おやおや、いきなりですね」


 ……あくまで、彼はわたしから言わせたいらしい。

 ずいぶんといい性格をしている。


「これ以上、ノア姫を傷つけたくない。どうすれば手を引いてもらえる?」

「あなたは、やはりお優しい方だ」


 ヨハンはペンを持ったまま、わたしを上目遣いで見てきた。


「皇帝ならば、僕に命じればいい。退任せよ、自害せよ……本当に僕が憎ければ、いくらでも姫を守る手段はあるというのに」

「ノア姫に手を出すな――この命令を聞いてくれると?」

「まあ、たとえ僕が手を出さなくても、他の者はわかりませんがね?」


 彼はペンをくるくると回し始める。

 その口調は、まるで雑談のように軽い。


「さて、歴史ある公爵家の当主と、卑しい妾腹の子からいきなり成り上がった皇帝……どちらのほうが味方が多いですかね? あるいは、こうお尋ねするほうがいいでしょうか……ノア姫に利があると考える者が、この国にどれだけいるとお考えですか?」

「おまえは利益しか考えないのか? 長き戦争を終わらせてくれたノア姫に感謝の念はないと!?」


 わたしが激昂しても、ヨハンはメガネを直すことすらしない。


「戦争を終わらせたのはあなたです――エーデルガルド陛下」


 ただ静かにそう告げる。今日はとても静かな夜だった。


「あなたの高い魔力に、ノア姫は戦うことなく降伏したにすぎない。世間にはそう公表しています。自分の命が惜しくなった姫は、父親の首を売ったのです。あなたも納得したでしょう?」

「そう公表せざる得ない状況だったとしても、彼女の英断のおかげでどれだけ多くの命が救われたか……知っている我々だけでも、彼女には最大限の敬意を払うべきでは――」

「だから、なんです?」


 わたしがこれだけ声を荒げても、扉の向こうに人の気配が感じられなかった。

 まるで、初めから人払いをしていたかのように。


「下々がどれだけ死のうと、最後に勝てばよかっただけですよ。実際、勝てたでしょう? あなたがその強大な魔力を戦場で惜しみなく使えば。容易く。もっと華々しく!」


 わたしは奥歯を噛みしめる。

 それに応える言葉を、わたしは持ち合わせていない。


 実際、わたしもそうだと思ってしまうから。


 ノア姫から感じる魔力は、あまり多くない。

 ただ彼女は器用なのだろう。少ない魔力を効率的に使い、いかに人殺しの術に長けていたとしても――そんなもの、遠くから強大な魔法で薙ぎ払ってしまえば、それでおしまい。


 人間は、容易く死ぬのだ。

 毒でも。落盤事故でも。火力でも。

 その弱き身体に大きな損傷を与えさえすれば、人間は死ぬ。


 戦争とは、より多くの人間を殺した国が勝利するゲームなのだから。


「そんな魔法の使い方は……いやです……」


 そのための魔力を持つから、わたしは皇帝に担ぎ上げられた。

 戦場に初めて向かったときのことは、今でもよく覚えている。


 怖かった。

 わたしが誰かを殺してしまうのが、とても怖かった。


 わたしが殺した誰かを大切に思う誰かがいる。

 悲しむのは、わたしが殺した相手だけではない。一人を殺せば、二人、三人……悲しむ人がどんどん増えていってしまう。その連鎖が終わる頃に、わたしはどれだけの人の血でこの手を汚しているのだろう。


 そんな地獄に堕ちる前に、わたしに手を差し伸べてくれたのがノア=シャルルだった。


『これで、戦争を終わらせてもらえないかな?』


 父親の首を片手に持った彼女が、臆病なわたしにとって、すべての悪を背負う覚悟をしたその姿が、どれだけまぶしく見えたか。


 わたしの代わりに、あらゆる罪を被ってくれた彼女に、どれだけ救われたことか。

さっきもわたしと笑ってくれた気丈な少女に、どれだけ感謝していることか。

皇帝としては、ヨハンの言うように加担しすぎなのかもしれない。


 それでも、わたしはひとりの人間だ。

 どうしても、今度はわたしが彼女を救いたかった。


「……どうすればいいですか、ヨハン」


 これは皇帝としてではない。ひとりの『エーデルガルド』としての頼み。


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