28話 ヘイムダル①
「おねーたん、つぎーっ!」
「あいよー。大陸歴九三三年、夏の一〇五日。コーリン平野の大戦にて、将軍ザフィルド=シルバーが敵将ノア=シャルルと決闘し、敗北。残った兵五百名はその後――」
「子どもになんてものを読ませているんだ!?」
私が読んでいた報告書が宙に浮かぶ。
ここは城の蔵書室。時計の針がもうすぐお昼を告げようとしている。
膝の上に載せていたニーチェ皇子とともに視線で追えば、背後から入ってきた人物の手にぽふんと落ちた。魔法を手足のように使うその人物こそ、エーデルガルド=フォン=アニス皇帝陛下である。
「あ、エル。午前のお仕事終わったの?」
「予定していた来賓の到着が遅れているから、その隙に様子を見に来ただけだが……戦時中の記録を三歳児に読み聞かせるなんて何を考えているんだい!?」
けっこうガチで怒られているらしい。
元気そうなのは何よりだけど、まず感謝をしてもらいたいところだ。二度寝したいのを我慢してニーチェ皇子の面倒を見ているのだから。ま、昨日の今日ですから、厳重な監視付きですけどね?
「いやあ、連日かくれんぼも飽きちゃうから、今日は絵本でも読もうかと」
「これのどこが絵本!? いっぱい説明して!?」
「なに、『いっぱい説明して?』って……」
そのかわいらしい言い草に、思わず笑いが止まらない。
護衛兼見張りの兵士もいるけど、素で出て大丈夫なのかなぁ、と思いつつも、ニーチェ皇子向けの言葉だったら納得でもある。
現にニーチェ皇子は、満面の笑みで答えていた。
「きれいな図形がたくさんのってたよ!」
「それは陣形っていうんだ! そもそも絵本だったら皇子の部屋にたくさん用意してあるはずだが!?」
だけど、私の代わりに皇子が怒られるのはかわいそうだ。
私は事前に積んでおいた他の記録を開きながら、呑気に説明する。
「ちょっと調べ物がしたくてさー。ニーチェ皇子に頼んで通してもらったんだよねー」
「たのまれたー!」
「頼まれたって……」
溜め息をついた皇帝が、チラリと兵士らを一瞥した。
どうして入れたんだ、という非難の視線。それに、年配の兵士がすくみあがる。
「す、すいません。陛下も、幼少期から軍議記録を嗜んでおりましたので……」
「あっ……」
なるほど。私もどうりですんなり通してもらえたと思ってたよ。前例があったわけだね。
問題解決と次のページを捲れば、ちょうど私が探していた名前が登場した。
「お、ヘイムダル!」
すると、エルの視線が一瞬明らかに動揺する。
「セべクのことは、もう……」
「あー、このときにいた将だったんだ。懐かしいな。道中の崖で襲撃に遭ったときは、さすがに死ぬかもって焦ったけど……」
だけど、私はあえて無視して読み進めれば。
思わず、私も文字を追っていた指を止めてしまう。
「おかしいな。この日、すごく天気が悪くて、戦闘どころじゃなかったんだよね」
「えっ?」




