25話 男装皇帝の涙③
「えっ?」
私の疑問符に、彼女は懸命に呼吸を整えて。
ゆっくりと、ゆっくりと事実を紡ぐ。
「どうやら奥歯に毒薬を仕込んでいたようです。治療と称して隔離しようとしたときには……もう、息絶えていました。セベクが来てよかったですね。遅れてたら、あなたがメイドの殺人犯になっていたかもしれません」
「……ま、すでに腕一本は吹き飛ばしてたんだけどね」
「医療班に確認しましたが、止血は問題なくできていたようですよ」
どうやら、相当忠誠心の厚い誘拐犯だったようだ。
あるいは、絶対に明かせないほど、大きなバックがついているのか。
他国の者か、シャルル王国の者……だったら多少は私もわかるけれど。もしアニス帝国内部の貴族だったら、私はほとんど力になれないな……。
そんな思案をしていると、エーデルガルドがぼそりとつぶやく。
「これで、よかったんです」
視線を下げると、彼女が力なく笑っていた。
「このままじゃ、いつか、わたしが彼を殺してしまう……」
諦めたように笑う顔から、未だ涙は止まらない。
そんな顔で、彼女が窓の外を見ていた。
暗くて、静かで、何も見えない夜の先を。
「これでよかったんですよ。どこか、わたしの知らない遠い土地で、わたしの知らない人と仲良くなって、結婚して……少し騒がしいながらも、しあわせな家庭でも築いてくれたら……」
自己満足で自分を納得させようとしている彼女に、私はふと訊いてみる。
「エーデルガルドはセべクのことが好きだったの?」
「……わかりません。皇帝になる前から、正式な別の婚約者もいましたし……恋愛なんて考えたこともありませんでした……」
自嘲した彼女は、諦めたように言葉をつなげる。
「それでも、彼はわたしの大切な友人で『おにいちゃん』でした」
「でした、じゃないでしょ?」
私が否定すると、エーデルガルドはようやくこちらを見た。
だから、私は少しだけ口角を上げる。
「別に、今生の別れじゃないんだから」
「別れですよ。私が生きているうちは帰ってくるなって、宣言しちゃいましたし」
「あれ、あんたはあと十年くらいで死ぬんじゃないの?」
すると、再び視線を逸らし始めた彼女がこちらを見上げる。
まんまると見開かれた目が、ショックだと言わんばかりに揺れていた。
「わたし、二十七歳で死なないといけないんですか?」
「そうじゃなくて……皇帝としてってこと。あの皇子が大きくなれば、お役御免なんでしょ? だから、適当に『エーデルガルド皇帝』が死んだことにして、あんたは普通の女性として、どこか遠くで暮らすのかと思っていたんだけど……」
十年後の十三歳じゃ、まだあのニーチェ皇子に皇帝は厳しいかもしれないけど。
でも、十五年後か、二十年後か。
いつか彼女が皇帝をやめて、『エーデルガルド』という一人の女性が自由になれるときが、必ず来るだろうから。
だから、今度は私が窓の外を見る。
真っ暗な世界。だけど、この先から私はここまで来たのだ。
暗闇の先にも世界があることを、私は知っている。
「そうしたら、会いに行けばいいじゃない。私も一緒に行ってあげるよ。あいつのこと、私もけっこう気に入ったんだよね」
すると、皇帝がこてんと小首を傾げた。
「ノア姫は……セべクを好きになったんですか?」
「そういうのじゃないってば!」
「妬いちゃうなぁ。わたし、ますますノア姫のことが好きになっているのに」
「えっ?」
私がエーデルガルドを見やると、彼女がいじわるい笑みを浮かべている。
思わず、私は鼻で笑ってしまった。
「あーもう、心配して損した。もう寝よ。今日は変ないたずらしないでよね!」
「わたしと……一緒に寝てくれるんですか?」
「ダメなの?」
なんか今更自分の部屋に戻るのも面倒だし、昨日もなんやかんや一緒に寝た仲だし。もしまた一人にしたら、また彼女が泣き出してしまうかもしれないから。
私の疑問符に、エーデルガルド=フォン=アニスが弾んだ声を返してくる。
「すごくうれしい」
さっきまで泣いていたからだけど、彼女の笑みは反則だった。
ラベンダー色のとろけるような瞳で、私を見つめてくるのだ。
女の目から見ても、うっかり惚れてしまいそうなくらい、かわいい笑み。
こんなただの美少女を、もう『皇帝』などと呼ぶ気にはなれなかった。
だから私は彼女に背中を向けて、毛布を引っ張る。
「あーはいはい。おやすみ、エル」
「……おやすみなさい。ノア」
私が呼んだ愛称に、エルも敬称なしで返してくれた。
なんだか友達になれたみたい……そう満足しかけて、ふと気づく。
私、この子と夫婦になるんだったな。
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