20話 皇帝のともだち①
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「エーデルガルド陛下、少々お耳に入れたいことが」
ノア姫がニーチェ皇子を誘拐しようとした。
そんな事件は、当然貴賓と会食中のわたしに真っ先に報告される。
報告してきたヨハンは、とても申し訳なさそうな顔をしていた。
「すみません……僕があんな提案をしたばかりに」
「許可したのはわたしだ」
そしてわたしは、会食相手に「失礼」と詫びを入れてから席を立つ。
誘拐現場に居合わせたわたしの近衛兵セべク=ヘイムダルが、再びノア姫に決闘を申し入れたのだという。
ノア姫の到着二日目にして、二回目。
ふたりがただのケンカ好きなら連日遊んでくれて構わないが、事情が事情だ。
もし本当にノア姫がニーチェ皇子の誘拐を目論んだのなら、当然結婚は破談になるし、和平条約も無効となる。
――だけど、本当に?
短い付き合いだが、彼女がそんなことをするなんて到底思えない。
ならば、セべクの勘違いか。昔から、彼は思い込みが激しい男だった。
セべク=ヘイムダル。それでも彼は、わたしの大切な幼馴染だ。
奥歯を噛み締めるわたしに、ヨハンが落とした声で告げてくる。
「現場を目撃したヘイムダル近衛兵が、犯行を認めないノア姫に再び決闘を申し入れたとのことです。今度こそ……どちらかを裁かねばならないかと」
「わかっている……ひとまず現場に向かおう」
セべクとの思い出が、脳裏に巡る。
なんとかヨハンより早く動かしつつも、自分の足が重たくて仕方ない。
◇
セベクの父、アイク=ヘイムダル近衛団長は、とても人望に厚い人物だった。
気安い性格ながら、目の前に困っている人がいれば、身分関係なく誰にでも手を差し伸べる。
そんな人格者が、母を亡くして寂しい思いをしている少女を目にかけないはずがなかった。
『私は仕事で少々忙しくて……せがれと遊んでくれやしませんか?』
そういってわたしが三歳のときに引き合わされたのが、彼の息子セべク=ヘイムダルだった。
一つ年上の少年は、わたしの事情を聞かされていたのか、いないのか。
良くも悪くも、子爵家の息子である彼も、身分を気にしない子どもだったらしい。
『おれのほうが年上だ。兄と呼んでもかまわないぞ!』
セべクは昔から声が大きかった。
声が大きい男の子に、はじめはちょっぴり驚いた。
だけどわたしは妾腹の子。母が亡くなる前から、王宮の隅の一室だけで生活していたのだ。偉ぶられて怒るどころか、わたしと遊んでくれるという同年代の子どもが初めてで。
『おにい……ちゃん?』
おそるおそる呼ぶと、セべクがうれしそうに鼻の下を擦ったから。
団長と顔を合わせて、思わず笑ってしまったことをおぼろげに覚えている。
それからというもの、団長はたびたびセべクを連れて遊びにきてくれた。
『きさまはいつも本ばかり読んでいるな! 男なら外であそべ!』
その頃、わたしは髪を短くしていた。
実はメイドの嫌がらせで短く切られたのだが、それでメイドらの仕事が減るならと、わたしは何も抗議をしなかった。髪を梳かれるたびに、お母さんの優しい手つきと比べてしまったから……ちょうどよかった、というのもある。
そのせいか、セベクはずっとわたしを男の子だと勘違いしていた。
『セ、セベク……エーデルガルド様は――』
『だいじょうぶです』
ヘイムダル団長が訂正しようとしていたけど、わたしがやめさせた。
だって、異性だとわかって遊んでくれなくなったら、嫌だったから。
『おれが剣をおしえてやる!』
それはともかく、わたしが外にいると、嫌がる大人がたくさんいた。半分とはいえ、皇帝の血を引いているのだ。だれも付き添わないわけにはいかず、手間がかかってしまう。
別に、わたしは本を読むのが好きだったし、魔法の教本は特に楽しかった。
だけど、無理やりセべクに連れていかれて行う剣術の見様見真似も、それ以上に楽しかった。




