19話 戦友とかくれんぼ③
「悪魔なんかより、現実の人間のほうが怖いって?」
先ほど皇子をからかった自分の発言を鼻で笑いつつ、私は指を噛む。
そして、躊躇わず窓から飛び降りた。ここは二階だ。なんてことない。
だけど、子どもを連れたメイドからしたら、そうでなかったのだろう。
鋭い眼光で私を捉えながら、一瞬遅れて服の下に手を入れる。
「相手が悪かったね」
剣を顕現させる速度だけは、無駄に誇れるようになってしまった。
メイドが子どもにナイフを突きつける前に、私はその腕を切り落とす。
鮮血を巻き上げるメイドが悲鳴をあげた。
私が皇子を無理やり返してもらえば、メイドはその場で倒れて気を失う。
やらかしたことの大きさに対して、訓練が足りていなかったようだね。これなら拷問で口も割りやすかろうと、生かしておくために腕の切り口で小さな爆発を起こした。私の剣に斬られた段階で、傷口には私の血液が付着しているからね。出血を止めるために傷口を焼いたのだ。
「さて、と」
あとは被害者の安否確認だ。
とはいっても、私の腕の中の皇子は、生存を疑うまでもないほどあたたかい。
しかも寝顔があまりに気持ちよさそうで、思わず頬が緩んでしまう。
「あんたは危機感を覚えなさい」
睡眠薬でも盛られたと思っていたが、もしかして行き倒れるようにお昼寝をしていた可能性もあるかも? なんて思いながら、皇子を起こすついでに、おでこを軽くデコピンさせてもらおうとしたときだった。
「これはどういうことだっ!!」
「あら、セべク」
ズンズンやってくるのは、昨日ぶりのセべク=ヘイムダル近衛騎士。
今日も元気にパールレッドの髪を逆立てて、威勢よく吐き捨てる。
「貴様の企みは聞いたぞ! かくれんぼに乗じてニーチェ殿下の誘拐を企んでいたと!?」
「はい?」
私としては、昨日の決闘でけっこう打ち解けたつもりだったんだけどね。
男の友情はこぶしで……じゃないけどさ。あの皇帝の幼馴染とも聞いたし、皇帝として男装する前から、あんなかわいらしい子を男だと思い込んでいたとか、残念すぎて微笑ましいし。私も仲良くできたらなんて、思っていたりもしていたんだけど。
「ま、あんたけっこう頭固そうだしね~」
「い、いきなり俺を侮辱するとは……喧嘩なら買うぞ」
「あんたが先に売ってきたんでしょうが」
そんな軽口を交わしながら、気が付いてしまう。
「ところで、後ろのメイドさんは?」
「彼女がニーチェ皇子が誘拐されそうだと、俺を呼びに来てくれたのだ!」
セべクの後ろで、ニーチェ皇子の世話役が気まずそうに視線を逸らしていた。
あ、そういうことですか。
この誘拐事件、あなたも協力者だったわけね。
そっか。そうだよね……敵国で、気の許せる相手なんてそう簡単にできるはずないものね。
セべクは今も私の腕の中で眠るニーチェ皇子を見て、歯ぎしりが聞こえそうなほど、奥歯を噛み締めていた。
「我が父のみならず、殿下までも……」
そして、セべクは怒気のままに剣を抜く。
「貴様は僕の命に賭けて、ここで成敗してくれよう!」
そうだ、ここは敵国のど真ん中。
忘れてはならない。どんなに優しく見えようと、どんなに親近感を覚えようと。
ここにいる全員が、私を恨んでいるということを。
「どうせ、私の話なんて誰も聞いてくれないよね……」
小さく愚痴を吐いたところで、現実は何も変わらない。
だったら、私が為すべきことは、ただ一つ。
「私が勝ったら、早とちりしてすみませんでしたって、土下座してもらうからね!」
私は皇子を片手に抱きかかえたまま。
赤い血がうごめく剣先を、アニス帝国近衛兵セべク=ヘイムダルへ向ける。




