18話 戦友とかくれんぼ②
「悪魔? なんかきみ悪いことでもしたの?」
悪魔の話は、昨夜に皇帝から少し聞いたこと。
いいこにしてないと食べちゃうぞーってノリで子どもに話す鉄板らしいので訊き返してみたら、皇子はニコニコしながら首を振る。
「ニーチェくんはいいこだぞー」
「それ、自分で言う?」
「悪魔はね、昔からちょっとだけいたんだって。でも、悪魔をわざと増やそうって考える人もいたんだって。こわいね!」
「……そうだね?」
「ここで暮らしていた女の人も急にいなくなっちゃったらしいけど、悪魔に誘拐されちゃったのかなぁ?」
いきなり何を言いだすのかわからないが……まぁ、子どもだからか。
きっと大人たちが話していた何かを曲解しているのだろう。
「でも、いっしょにいた女の子は無事だったんだって。きっと女の人が守ってあげたんだね!」
ここに住んでいた親子は、おそらくエーデルガルド皇帝とその母親だ。
皇帝の母親が行方不明になった……エーデルガルドは妾腹の子らしいから、その母親の立場もよかったとは考えづらい。子どもを置いて逃げたとか? あるいは、本当は暗殺に遭っていたけど、いろいろ事情があって消息不明で誤魔化しているとか?
ともあれ、そんな憶測を私が子どもに話すわけにはいかない。それに、帝国の悪魔文化に対してもまだ理解が浅いからね。下手に誤魔化すのも悪手だろう。
だから顔の横で「がお~」と手を構えて、無難に流すことにする。
「皇子もいい子にしてないと、悪魔にさらわれちゃうぞ~」
「きゃ~! にげろ~っ!」
「え、ちょっと、次は私がかくれる番……」
そして、ニーチェ王子は再び楽しそうに駆けていく。
血花のノア、一生の不覚。急に走りだす三歳児を捕まえることができない。
「小さいのズルすぎるって~」
「腰を痛めないようにしてくださいね」
「あはは~、笑えない……」
私は苦笑する世話役の人に乾いた笑みしか返せない。
十六歳にして、子どもを追いかけて腰痛で悩むとか……戦場にいたときは、まるで想像もしていなかった苦労である。
だけどもちろん、昔に比べたらぜんぜん穏やかで。楽しくて。
あぁ、これが世界平和なのかなって感じがして。
この平和の一助を私が作れたのだとしたら、心の中のお兄ちゃんも少しは褒めてくれるというものだ。実際のお兄ちゃんは『ノア何してくれちゃったの~』と頭を抱えていたけれど。
だけどその直後、お兄ちゃんは私の頭を撫でながら『あとはお兄ちゃんに任せとけ』って言ってくれたんだよね。なんかお兄ちゃんの顔を見たくなってきちゃった。
「さーて」
私は肩と腰を伸ばしてから、その場で軽く飛び跳ねる。
血花のノアがホームシックとは情けないからね。
どのみち三日後の結婚式でお兄ちゃんに会える予定なのだ。そのときに怒られないように、私はここで世界平和のための子守りをがんばらないと。
「今度はもっと早く見つけますかね!」
それこそ、そろそろランチタイムの時間だ。私なんかは一日三食なんて贅沢な体になってしまったけど、育ち盛りの三歳児はこまめな栄養補給が必要だろう。しっかり食べさせて、それこそお昼寝もさせなければ。そろそろ私が休みたいというのもある。
だけど、その思惑はうまくいかなかった。
「あれ~?」
ニーチェ皇子は元側妃の部屋を出て、使用人たちの区画へ行ったはず。
この数時間の経験だと、たいていすれ違う人々が私であることに驚いてから、うしろの世話役さんを見て「こっち」とこっそり教えてくれていたのだけど……。
「ニーチェ皇子を見ませんでした?」
「あ、あのー、裁縫室には来てないと思いますが……ねぇ、皇子見た?」
お針子さんたちもニーチェ皇子のかくれんぼに慣れているのか、やっぱり私に驚きながらも、中で仕事中の人たちにも訊いてくれる。そのうちの一人が窓の外を見た。
「似た年頃の男の子なら裏庭にいるけど、あれは業者の子よね……」
私も慌てて窓から見下ろせば、たしかに三歳くらいの少年が長身のメイドに抱きかかえられている。サイズの合っていないダボダボの麻ジャケットに、帽子姿の少年だ。親の仕事についてきたけど、途中で寝てしまったとかだろうか。
それでも、私の直感がささやく――死の臭いがする、と。




