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悪役戦姫ノア、男装皇帝に嫁入りする  作者: ゆいレギナ


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15話 男装皇帝の朝②

 ヨハンは、わたしが女であることを知っている。

 そして、わたしが昨夜ノア=シャルルに与えた寝室に行ったことも知っている。


「予定通り、少し遊んだあとに睡眠薬を飲ませたから。今もベッドの上でぐっすりだよ」

「お戯れは程々にしてくださいませ。我々に彼女を気遣う余力などございませんでしょう」

「それは嫉妬か?」

「当然です。僕がずっと大切にしてきた人を横から奪われてしまったのですから」


 彼は芝居がかった素振りで嘆いてみせるが、ただ忙しさへの嫌みだ。

 平和な時代になったとはいえ、長い戦争が終わってまだ一年。和平条約が無事に締結されても、あちこちの公共事業の運営や援助、税金や金利の調整や食料自給率の拡大支援が待っていた。あげくに国内部の小競り合いが増える始末。


 それに加えて、数日後には皇帝が平和の象徴として結婚するのだ。

 当然、結婚式は華美なものにしなければならないし、招く客も何百人規模になる。


 彼に休みを与えたのはいつだっただろうか。


「なので、夜以外はきっちり僕に構ってくださいね」


 そう言いながらヨハンが渡してくるのは、当然今日のスケジュール表。

 ざっと眺めるだけでもめまいがしてくる。


「今日から諸侯貴族たちも来城し始める予定です。面会や会食の予定が目白押しですよ」

「わかっている。姫も予定通りで構わないな?」

「はい。長旅のお疲れで、当日まで休養と……なかなかやんちゃな方のようですから、式のあとも公務は最小限にしたほうがよろしいかと」

「世継ぎの催促をされても面倒だし?」


 わたしは軽口を言えば、ヨハンがこれでもかと深いため息を吐く。


「いざとなったら、彼女が寝ている間に適当な男を使いましょう。陛下には幻覚魔法の研究を進めてもらわなくては」

「最低だな」

「あなたが他国の姫と結婚するなんて言わなければよかったんですよっ!」


 だってそうでもしないと、ノア=シャルルの居場所がなくなってしまうではないか。


 祖国では裏切り者。

 敵国では殺戮者。

 彼女のおかげで助かった命が数えきれないほどあるのに、それはないでしょう。


「まあまあ。おつかれの宰相には、皇帝自らお茶を淹れてあげよう」

「結構ですよ。そんなことより、そのスケジュールを一刻も早く頭に叩き込んでください! あぁ、僕はなんてかわいそうなんだ……上司がわがままなばかりに、昨日も二時間しか眠れてないというのに……しくしく」

「奇遇だね。わたしも寝た時間だけならそのくらいだよ」

「あなたは遊んでいたからでしょう!?」


 そんな小言を聞き流しながら、私はいつも用意させている茶器セットを使い始める。ま、この様子からして、わたしの性別がノア姫にバレたことは言わないほうがよさそうだ。


 スケジュール表の内容はすでに覚えた。これでも記憶力には自信がある。

 だから城が動き出すまで、お茶でも飲みながら書類仕事を……などと考えていると、通路からバタバタと足音が近づいてくる。


 その少年はノックもせずに扉を押し開けた。


「おにーたん、あそぼーっ!」

「ニーチェ皇子……」


 ヨハンが苦手な三歳児、ニーチェ=フォン=アニスは、わたしの甥っ子だ。

 わたしと似た金髪に、わたしと違う青い瞳。そばかすは彼の母親であった正妃の悩みの種だったいう話は、社交界で有名だったと耳にしたことがある。


 彼は、わたしが出しゃばらなければ、本来皇帝になっていた人物。前皇帝が亡き正妃とのあいだにできた唯一の子どもが、このニーチェ皇子だからだ。


 わたしの役目は、彼が物事の道理を覚えるまで、国と彼自身を守ること。

 なので、むしろわたしは世継ぎなんて作ってはならないのだ。

 次の継承権がややこしいことになってしまう。


 その点でいっても、女のわたしが妃を娶ることは悪い手ではなかったはず。どうやっても、妃とのあいだに子ができることがないのだから。しかも妃から合意までもらえたのだから、最善だったといえよう。


 まあ、当の本人はまだ政治のことなどまったく知らない。今朝も目が覚めたから遊び相手を探して、世話役を振り切って城内を駆けてきたのだろう。そこで、お茶のいい匂いのした部屋があったから突撃してきたにすぎない。


 わたしはそんな無邪気な甥っ子がかわいくてかわいくて仕方ない。


「ニーチェ皇子もお茶を飲むかい?」

「やだー。おにーたんたちとあそぶー!!」

「うーん。わたしもヨハンも、今日は忙しいんだよなー」

「やだやだー! あそぶのー!」


 こんなのは日常茶飯事だ。

 いつもは適当にどちらかが少し相手してやれば、すぐ興味も他に行くのだが……。

 そのときだった。


「ぎゃああああああああああ!」


 女性の悲鳴が聞こえてきたのは、わたしがさっき歩いてきた方向から。

 つまり悲鳴の意味は――と想像していると、ヨハンが確認してくる。


「例の姫の声ですかね?」

「起きたらわたしがいなくて、寂しかったのでは?」

「なるほど。それにしてはずいぶんと色気のない声のようですが」


 そんな前振りから、ヨハンがとある提案をしてくる。

 それがなかなか面白そうだったので、わたしは即座に採用した。


 ニーチェ皇子がわたしがお茶を淹れたカップ三つの中に、角砂糖を入れて遊んでいる。



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