14話 男装皇帝の朝①
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「本当に寝た……」
その後、敵国から嫁いできたばかりのノア=シャルル姫は、本当に寝た。
ぐっすりだ。
わたしもまだ同じベッドにいるというのに、本当にすやすや寝息を立てている。
彼女の目の前で手を振ってみても、まるで起きる気配がない。
「さすが戦姫……」
戦士たるもの、いつどこでも寝ることができることも才能の一つという。
戦場を生き抜いてきた姫の寝顔は、とてもあどけない。
「わたしが守らなくては」
年下にして、真の英雄。
父親の首を、敵国の王に捧げにきた、誰よりも優しく気高い少女。
わたしは生まれてこの方、こんなに尊敬した人物はいない。
そんな少女が、戦後も不遇な日々を送るだなんて、許されるはずがない。
反逆者として一生牢の中で過ごすなんてもってのほかだ!
これはわたしが王だからではなく、ひとりの人間としての敬意だ。
彼女は誰よりも幸せになる義務がある。
「ま、女同士で結婚させられる時点で、いっぱいごめんなさいですけどね」
そんな姫に寵愛を授けるべく、わたしは有言実行、小細工を始める。
熟成されたのか、思っていた以上に強烈な臭いになってしまった。
だけど姫は、わたしが部屋を出るまで目を開けることはなかった。
――が、部屋を出た瞬間、わたしの首筋に刃物が添えられる。
わたしの目の前でぴょこぴょこと動くのは、犬のようなモフモフ耳。
その愛らしさとは裏腹に、メイド服を着た彼女の視線は、獲物に向ける獰猛な獅子のようだった。
「ノア姫の悲鳴が少しでも聞こえたら、殺そうと思ってた」
「むしろ、笑い声が聞こえた?」
名前はたしか『ポチ』だったか。きっと、これも本名ではないのだろう。
彼女はノア姫が唯一連れてきた侍女だ。報告では一切人語を喋らないと聞いていた。
が、ふつうに話せるではないか。
「きみは話せないと聞いていたが?」
丸い頭を撫でようと思わず手を伸ばすと、その手が容赦なくひっかかれる。
「喋らないだけ。ポチはノア姫のペットだから」
「彼女はいいな。こんな大切に思ってくれる相手がいて」
わたしが本音を漏らすと、ポチが少し視線を逸らす。
恥ずかしいのだろうか。かわいいね。
人間をペットにするなんて道徳的にはどうかとは思うが、少しばかり羨ましいとも思ってしまう。わたしにも側近はいるけど、ヨハンはここまでわたしを心配してくれるだろうか。
わたしはポチを安心させるべく、ゆるやかに笑ってみせた。
「指一本触れてないから安心して? でも、そのことは他の人にはナイショだよ?」
「ポチ、あなた嫌い」
「そっかぁ。まぁ、気長にがんばるよ」
妻になる女のペットだ。当然わたしもかわいがりたいし、どうせならちょっとは懐かれたい。だけど道は遠そうだと苦笑しながら背を向けても、ポチは攻撃もしてこないし、追ってもこなかった。今はこれで十分だろう。
そして、わたしは執務室へと向かう。
ゆっくりと陽が昇ってきて、朝当番のメイドたちが頭を下げてくる。
執務室の中では、すでにヨハンが仕事を始めていた。
「おはよう。いつも朝からご苦労だね」
「おはようございます。その御手の怪我は?」
さすがヨハン。なんて目ざとい。
わたしは笑みを隠さず、手の引っ掻き傷を擦ってみる。
「じゃれてたら引っ掻かれちゃった」
「お楽しみのようで何よりでございます――が、バレてませんよね?」




