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悪役戦姫ノア、男装皇帝に嫁入りする  作者: ゆいレギナ


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13話 まろびた胸



 アニス帝国皇帝エーデルガルドにはまろびた胸がついている。

 いや、ちがう――エーデルガルドは女だった。


 私より一つ年上の十七歳。短いながらも金髪の髪はやわらかそうで、ラベンダー色の瞳を囲むまつげも影ができそうなくらいに長い。輪郭も丸型で、頬に手を伸ばしてみると美味しそうなくらいにやわらかかった。


「女だね……言われて見たら、ふつーに美少女だね……」

「あの……わたしからしたら、ノア姫のほうがずっと……」


 驚くというより、私はすぐに凹んだ。

 なぜ、気付けなかったのだろう。


 髪が短いから?

 ズボンを履いていたから?

 股を開いて座っていたから?

 そんな女性、戦場に嫌になるほどいたよね。


 だったら、彼女が皇帝だったから?


 先入観は怖い。

 そりゃあ、アニス帝国は代々男性が王として統治してきた国ときいていたけれど。

 なるほど、一度言われてしまえば、どこからどう見ても可憐な女の子だ。


「ふふ……あははははは!」

「ちょっと、あまり騒がないでくださいっ!」


 私が大声で笑いだせば、エーデルガルドの手が私の口を塞いでくる。

 どうやら目に涙も浮かべているらしい。


「どうしてこんな早く目覚めるんですか……昼過ぎまで、ぐっすり眠ってもらうつもりだったのに……」


 口調も穏やかな敬語に変わったが、こちらが素なのだろうか。

 思わず、くすくす笑っちゃうくらいにかわいいね。


「残念だったね。シャルル王国の王族は一歳半から服毒訓練が義務付けられているから。ついでに薬も効きづらくなっちゃったんだよねー」

「いくら王族だからって、まだ赤ちゃんに物騒すぎます!」

「名も残らないくらいに滅ぼしたほうが良かったかもね?」


 実際、統治権こそアニス帝国に譲渡しているものの、ようは従属国。名前はしっかり残してもらっているし、王族も大きく処分されることなく、大きな判断こそアニス帝国の許可が必要なものの、今も自国の政務を担っている。賠償金は多額だったと聞いているが、かなり譲歩してもらったとお兄ちゃんが胸を撫でおろしていたのは記憶に新しい。


 エーデルガルドは半泣きだった。


「もう……結婚式の前から、皇帝の寵愛を受けたって噂になれば……あなたも少しは居心地よくなるかなって、わたしなりに考えて……」

「私を睡眠薬でぐっすりさせれば、えっちしなくても女だってバレないって?」

「ちゃんとメイドたちを騙すために、いろいろ用意したんですよ? 動物の生き血とか、腐らせた魚のエキスとか!」

「もしかして寝ている間にそんなもの仕込まれる予定だったの!?」

「そうですよ! この睡眠薬はわたしの常備品なんですけど、あまりに常用しすぎてわたしはいつも日が昇るまえには起きちゃいますし!」

「いやいや、ツッコミどころが多すぎる……」


 ダメだ。私への気遣いが、すごく空回りしている。

 私は笑いすぎて零れそうな涙を拭う。同時に優しすぎる皇帝を見やれば、子どものように頬を膨らませているではないか。


 そんな彼女の細い背中を、私はバシバシと叩いた。


「あはは、ごめんって。他の人にも性別を隠してるの?」

「当たり前じゃないですか。私が女だって知っているのは、ヨハンだけです!」


 ヨハンは……あのいけ好かないメガネ宰相だよね?

 パーティーのときでも、暗に『ドレス似合わねーよ』と言ってくれたやつ。

 それはさておき、私はニヤニヤしながら先ほどまでの鬱憤を晴らすことにする。


「幼馴染のセべクは?」

「あれは……わたしが男装を始める前から、わたしを男だと思っていたようです……幼い頃、わたしも彼の父親から一緒に剣術を習っていたのですが、ただの女々しい男だと信じて疑ってなかったようで……たしかに当時も、わたしの髪は短かったのですが……」

「アホだね、あいつ」


 これだけ美少女であれば、どんなに髪が短かろうと、幼い頃から美少女に違いないだろうに。


 それでも、エーデルガルドは嬉しそうに微笑んでいる。


「わたしが気を許せる、数少ない友人です」


 まぁ、そんな感じで一通り笑い終わって。

 私は今度こそ、自らベッドに寝転ぶ。


「あー笑った笑った。ということで、寝ようか!」

「笑うだけ……ですか?」

「ほかに何があるというのかな? 初夜ができなくて残念だって? こちとら、ほぼ初対面の男に抱かれて喜ぶほど尻軽じゃないんでね。余計なことをせずに済むならありがたい話だよ」

「あの……でも……」

「諸々の事情はあとで聞く。今日は早く寝よ。お互い、疲れたよね」


 そして、私は目を閉じた。

 彼女が男装してまで皇帝をしていた理由なんて、どうせろくでもない話なのだ。それこそ、赤子に服毒訓練をさせるくらいの悲しい事情があったに違いない。


 私も、彼女も、そんな戦時中に生まれ育ったのだから。


「あの……あなたの用意してきたウエディングドレスの件……わたしパーティーのときまで知らなくて」

「ん?」

「本当に……申し訳ありませんでした……も、もちろん、代わりのドレスはこちらで用意しますから! 結婚式のときに一切の恥は欠かせません! 弁償もしっかりと姫と王国の双方に手配をしますので、何卒……!」


 少女の必死な声に、私はなんとなく思い至る。

 もしかしてこの先行初夜大作戦も、これ以上私たちが嫌な思いをしないためのものだったりする? 皇帝の寵愛を受けた女へ嫌がらせすれば、皇帝の怒りを買うぞ的な?


 魔法を自由自在に操る天才が?

 戦争を終わらせた英雄が?

 わざわざ性別を偽ってまで皇帝している人間が?


 ――たかだか敗戦国からの生贄相手に?


 なかなか面白い冗談だね。

 自然と上がってしまう口角を誤魔化すため、私は大袈裟にあくびをしてみせた。


「もううるさいってば~。早く寝るよ」 

「……ありがとう」


 彼女の柔らかい声に、私は安心して目を閉じる。

 牢屋生活は平和だったけど、正直退屈だったんだよね。


 思っていた以上に、楽しい結婚生活となりそうだ。



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