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第2話 禁術を破りし者

「理由がないだと? 貴様は理由もなく己の食い物に砂埃をかけたのか? 理由もなく殺されたいのか?」


 オルゴが問い詰めるも中分けの兵士は動じず、軽薄な笑みを貼り付けながら飄々と答える。


「元から汚れていたんだ、外の部分を千切って中だけ食べればいいじゃないか。木の実を食べる時だってそうするだろう? 頭の回らないことだね」


 オルゴは「ハッ」と嘲笑し、「取るに足らん戯言よ」と一蹴する。


「……あのぅ」


 と、赤髪の少女が人差し指を突き合わせつつ、苦笑しながら口を挟む。


「やっぱりその、何かの間違いじゃないのかな、みたいな……だって、女と男ですし、そもそも独房ですし……()()()()()()()()()()()()()()()、倫理的にどうなんだっていうか、その」

「は? 貴様、今何と言った?」


 オルゴは怒声交じりに張り上げて問う。この小娘と同じ房で過ごせと?

 一方の少女は鉄格子越しに気圧されてビクンと怯み、慌てふためきつつ弁解する。


「い、いえ! 別にあなたと同じ房が嫌ってわけじゃなくて! ただ私ってその、優柔不断だし根暗だし理屈っぽいって言われがちだし、鼻が小さくて目が大きくて子供みたいだし、足も太いし男性経験とかも全然なくて本当、そんなご期待に添えるようなアレは出来ないっていうか、同じ房に押し込められる人が不憫だなっていうか」


 中分けの兵士は少女の口を手で塞いで黙らせつつ、


「この娘は君と同じだよ。禁術を破ったんだ」


 と、淡々とその経歴を説明した。


「名はレベッカ・レオナルディ。王立学園高等部魔法科の一年生。つい先日、【肉塊の禁術】を使用したとして家族からの通報があり、死刑が確定している――まだ16かそこらなのに、残念なことだね」

「その小娘をおれの牢に押し込む理由はなんだ? 特にないとは言うまいな」

「上層部の意向だよ。『吸血鬼様は人間の食べ物を受け付けないらしい。適当な囚人を差し出してやれ』、だそうだ」


 オルゴは首を傾げる。「理解に苦しむ」と口に出して言う。


「そもそも己は吸血鬼ではないし、仮にそうだったとして、囚われの吸血鬼に人を食わせたい理由はなんだ? 見世物にでもするつもりか? だとしたらどちらが鬼なのか分かったものではないな。狂っていないのは己だけか?」


 これに対し中分けの兵士は、「俺に何を言われても仕方ないよ」と肩を竦める。


「残念ながら俺はただ与えられた役目に沿って仕事するだけの存在だからね。妙だと思うなら上の人間に掛け合ってみることだよ」


 そしてレベッカの口から手を離し、独房に入るよう命じる。


 レベッカはオルゴと兵士とを交互に見つつ、しばらく躊躇っていたが、やがて観念して牢に入り、ペコペコとオルゴに会釈する。

 一方のオルゴは溜め息しつつ、顔を逸らす。ただでさえ狭い独房が更に窮屈になってしまった。


 兵士は鉄格子越しにレベッカの手錠を解き、代わりに足枷を施すと、


「じゃ、あとはお好きなように」


 と去っていった。


 それからしばらく、両者とも沈黙の後、オルゴは鉄格子を握り締めたまま立ち尽くしているレベッカの背に、「頭が高いぞ。何様のつもりだ」と投げかける。


 レベッカは後頭部をさすりつつ、地べたに膝を揃えて座りつつ、苦笑しながら会釈した。 


「あっ、これはこれはどうも、気が回りませんようで御座いまして……えっと、伯爵令息の方でいらっしゃるのですよね。こちとらはレオナルディと申しまして、しがない商人の娘ですものですから、何かご無礼があるかもしれませんが、何とぞご容赦をば……ヘヘヘ…………」


 慇懃無礼にも近しいレベッカのへりくだりように、オルゴはわずかに眉を顰めるが、まあ構うまいと檻の外を眺めつつ返事する。


「王立学園の魔法科に在籍していたらしいな。王族でも貴族でもない身分でありながら。さぞその方面の能力に秀でているのだろう。将来有望だったろうに勿体ないことだ」


「……いやぁ、どうですかねぇ。私なんてそんな、ただ魔力保有量と魔力変換効率が生まれつき高いというだけで、受験に合格したようなもんですから」


 まんざらでもない様子で苦笑しつつ、レベッカは肩の上で切り揃えた毛先を指先で遊ぶ。


 魔力というものは、主に食料や空気中などに含まる。これを体内に取り込むことで人間は、その魔力を自分のものとすることが出来る。

 ただし、体内に取り込んだ食料などからどれだけ効率よく魔力を吸収できるのかは人によって異なり、またどれだけの魔力を蓄えていられるのかも個人差があるため、それらの体質の優劣は魔法使いとしての「格」にそのまま直結していた。


 以上、魔法についての解説である。


「で、貴様はなぜ禁術など破ったのだ?」


 オルゴは、今度はレベッカの方を向いて問う。


「肉塊の禁術とは確か、人間の肉体を部分的または完全に生成する魔法だったはずだが、貴様は何だ、死んだ人間でも蘇らせようとしたのか?」

「うぐ、初対面なのに容赦ないですね……もうちょっとこう、気心知れてからとかにしないですか?」

「随分と悠長なのだな。これから死刑が待っている人間とは思えぬ」

「…………………………」


 レベッカは鼻で溜め息し、両手の指を膝の上で絡み合わせつつ、


「母親が内臓を患っていたんです」


 と語り始めた。


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