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第1話 どこから間違えていた?

 地下牢獄の薄暗い廊下を、四人の兵士が並び歩いている。


 うち三人は重厚な鎧を身に纏い、先頭を歩くのは軽装の男――すなわち、自らは重苦しい全身防具を拒みつつ、有事の際には部下に守らせれば良いという、それは兵士長にのみ許された特権であった。


「フム」


 と、先頭の兵士長がとある独房の前で立ち止まる。後続の兵士らもそれに倣う。


 兵士長は立派に蓄えた顎髭を撫でつつ、侮蔑を込めた眼差しで牢の中の囚人に問いかける。


「今この瞬間にも国民は飢えているのだ。砂埃に塗れたパンでも食えないよりはマシだ――そうは思わんか? ()伯爵令息オルゴ・デスタルータよ」


 前線から引いた兵士長の、ささやかな楽しみである。

 このように日がな地下牢獄の廊下を練り歩きつつ、無力な囚人に痛罵を浴びせるのだ。


「…………………………」


 牢の中の少年は、黙したままキッと兵士長を睨み返す。


 両足を鎖で繋がれ、腕を組みつつ石畳の床にあぐらをかく、金髪金目の美男子――年齢こそ二十歳に満たないものの、体躯や貫禄は既に成熟しきっており、ボロを着せられ牢に押し込められてなお威厳に満ち満ちていた。


「……………………」


 少年は独房の隅に打ち捨てられた丸パンを一瞥し、「ハッ」と口角を吊り上げて嘲笑する。


「貴様はおれが何の疑いで逮捕されたのか知らんのか? 吸血鬼に化け人を殺した鬼畜外道として己は投獄されたのだぞ? 吸血鬼の主食は血ではないのか? 吸血鬼がパンを食って飢えを凌げると思うのか? 愚昧にも程があるとは思わぬのか? 己があまりに高貴すぎるがために委縮してしまったか? 怯えておるのか? 鉄格子を挟んでもか? 大して面白くもない」


「貴様! 兵士長様に何たる無礼を!」


 兵士の一人が激高して一歩前に出る。が、兵士長はこれを片手で制する。


「よい、よい……なるほど、確かにそうだったな……お前は愚かにも禁術を破って吸血鬼と化し、狂喜のあまり自らの母親の首元に噛みついて血を吸い殺し、そして牢に入れられたのであったな……気狂いの化け物風情に、人間の食い物は口に合わん。道理だな」


 そして兵士長はおもむろに陰茎を露出すると、鉄格子の隙間から少年に向かって小便をかけ始めた。


「ほれ聖水だ。吸血鬼にはこれが効くという。浴びせ続けていればいつか人間に戻ることが出来よう……まあそれを待たずにお前は、見るも無残に処刑されるのだろうがな」


 兵士長の悪趣味な冗談に、取り巻きの兵士は腹を抱えて笑う。閉鎖された地下空間に下品な笑い声が響き渡る。


 少年は放尿を真正面から顔面で受け止め続け、瞬きもしない。


 退いてはならぬ。屈してはならぬ。


 デスタルータ伯爵令息の威信にかけて、軟弱な反応を見せるわけにはいかないからだった。


「どこから間違えていた?」


 兵士長らが去った後、少年は独り考える。

 壁に背を預け、ゆったりと腕組みして瞑想する。


 オルゴ・デスタルータは、ザンナ王国で生まれ育った伯爵令息であった。


 彼はその高位なる身分だけでは飽き足らず、剣術や魔術の才能にも秀で、王立学園に進学してからは政治学や経済学においてその道の専門家を足蹴にするほどの洞察をして見せ、容姿に優れ、常に自信と確信とに満ち溢れていた。


「高貴であれ」


 というのが、彼の父である、デスタルータ伯爵の口癖であった。


「民を統治する者は、一等高貴でなくてはならぬ。高貴でない者に民衆は従わぬからだ」と、息子であるオルゴに対し、毎日のように口酸っぱく説いていた。


 幼き日のオルゴは考えた。高貴さとは何かと。


 民衆が自ずと従いたくなるような支配者になるためにはどうすればいいのかと。


 城の書庫を読み漁り、彼はそこに答えを求めようとした。そうした結果、「これだ」と行き着いたのは、吸血鬼伝承であった。


 常に高慢であり、何者にもおもねらず、あらゆる能力において超人的であり、人並外れた美貌を誇る。これこそが高貴さの最たるものであるとオルゴは確信し、それからというもの、吸血鬼のような男子になろうと目指していた。


 デスタルータ領を行き来する時にも、すれ違いざまに深々と首を垂れる領民に対し、「今日もご苦労」と腕組んで返すのみで、談笑せず、柔和にならず、常に気高く振る舞うよう心掛けていた。


 その習慣が歪み始めたのは、一年ほど前からのことだった。


 オルゴが領内を歩けば、百人中百人が積極的に挨拶をしていたのが、日ごとに気付かぬフリをして通り過ぎる者の割合が増していき、愛想も以前ほど振り撒かれず、民衆からのリスペクトが徐々に減少しているのを彼は認識していた。


 確かに最近はデスタルータの領地を含む国内全体の景気が良くなく、不作は続いているし、流行り病も勢いを強めていて、人心が荒んでくるのも無理はないとオルゴは解釈していた。


 また、ザンナ王国では数年前から、「吸血鬼が現れて人が襲われた」という報告が各所で上がっており、そういった騒動が民衆の心理を更に更にと追い詰め、他者に敬意を払うだけの余裕が無くなりつつあるのだなと思っていた。


 が、とはいえ特筆するべきアクシデントが発生するということもなく、何か危害を加えられることもなかったため、オルゴは最近まで何らの支障もなく日々を過ごしていた。学校に通い、遠方で病を治療している母親を見舞いに行くなどしていた。


 しかし、その日常は今から一週間ほど前に、決定的に破壊されることになる。


 というのも、つい先日オルゴは、その診療館を恒例通り訪れたのだが――病室で彼を待っていたのは、何者かに無残に殺害された後の、母親の亡骸だったのだ。


 病床に伏したまま、両目を虚ろにし――枕元は赤黒い血で汚れ、首筋には犬歯で咬まれたような小さい穴が二つ並んで開いていたのだった。


 そして、オルゴが死体を前に呆然としていると、その現場は職員に目撃され、彼はそのまま大勢の職員に組み敷かれつつ取り押さえられた。


 あれよあれよという間に、オルゴは王都に連行され、裁判にかけられた。


 裁判官は、


「被告が幼少期から吸血鬼に強い憧れを抱いていたこと」

「事件前に不審な行動をとっていたと、()()()()()()()()()()()()()()


 の二点を根拠に、次の判決を下した。


「オルゴ・デスタルータは禁術を用いて吸血鬼に化け、母親を殺害し、その血を吸った重罪人である。よって死刑に処す」と。


「妙だな」


 と。


 獄中のオルゴは顎に指を添え、眉を顰める。


「冤罪とはいえ死刑に処されるのだ、それなりに己の側にも非があるのではと思い我が半生を振り返ってみたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……呆れ果てるぞ人類。憤りすら沸き起こらん」


 そして腕を組み直しつつ、「まあ構うまい」と嘆息交じりに呟く。


「これが冤罪であることは父君が一等分かっておられるはずだ。必ずや諸々の誤解を解いて回って下さり、己をこの独房から救い出して下さるに違いない。己はただそれを黙って待っていればいいのだ」


 金色の双眸の輝きは衰えることなく。

 高貴なるデスタルータ家の令息は、ただひたすら凛としていた。


「……さて」


 オルゴは、床の上に直置きされた丸パンを見遣る。

 砂埃に塗れており、アリもたかっている――高貴なるこの己の血肉になるに相応しくないと放っていたが、これ以上の絶食は命に関わるな、と彼は思う。


 そして、意を決して手を伸ばしかけたのだが、その時、檻の外から砂粒と砂埃とが舞い込んできて、丸パンに降りかかる。


 地下牢獄である。風の仕業であるわけもなく、オルゴは檻の外を睨む。


「ああ、すまないね。特に理由はないんだ。気分を害したのなら残念だ」


 そこに立っていたのは茶髪を中分けにした若い兵士と、ボロ衣を着せられた赤髪の少女だった。


 ――――――――――――――――


 初異世界ものです!


 手探りではありますが、読んで頂けると幸いです!


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