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9  将軍の要求③

 フレドリカがほっとしたからか、アントンも少し表情を和らげた。


「……おまえもシグルドの父親について気になっているだろうが、悪いが子どものことはあまり言わない方がいいだろう」

「都合が悪いのですか?」

「……魔法騎士団は、あまり安定しているわけじゃない。そもそもおまえの部隊はおまえが行方不明になってから今日まで、首の皮一枚でやっていけたようなものだ」


 本来、隊長が消息不明になったならばその部隊は解散である。だがエドガーたちは「隊長の死が確認されたわけではない」「遺骸を確かめるまでは、隊長の生存を信じる」と言い張ってきたのだという。


「この約一年間は、副隊長だったエドガーがなんとか皆をまとめてきたところだ。だがこのまま正式な隊長不在のままやっていくわけにはいかない。解体か、もしくはエドガーを新隊長とするかしかない」

「……でも、エドを新隊長にすることはしなかったのですね」

「エドガー含めた全員が、それを渋った。上官からは、おまえの失踪から二年経ってもおまえが戻ってこなかった場合は、強硬手段を取ると言われている」


 アントンの言葉に、フレドリカははっとした。


「それじゃあ、まだ半年残っているから部隊は存続できると…」

「ただ、今のおまえは戦闘能力を失っている。それに加えてガキまでいるとなると、元々おまえのことを疎んでいた上官は喜んで、おまえの部隊を解体する理由付けにするだろう」


 フレドリカは、うっと黙ってしまった。


「……だから、シグルドのことは公にしない方がいいのですね」

「こういうことは言いたくないのだが、シグルドの存在はおまえの帰還を心待ちにするエドガーたちからすると枷になるだろう。……今日ここに来たのが、俺でよかったな。他の将軍だったら、シグルドの存在が分かった時点でおまえを除籍処分していただろう。当然、エドガーたちもちりぢりばらばらだ」

「……」

「ということで。魔法騎士団の将軍として、俺はおまえに部隊長として返り咲くことを要求する」

「えっ」


 うつむいて考え込んでいたフレドリカが顔を上げると、思いのほか真剣な表情のアントンと視線がぶつかった。


「今のおまえにとっては記憶にない、思い入れもない魔法騎士団より、シグルドの方が大事だろう。それは母親として、当然のことだ。……だが、おまえを信じて待っていたやつらのために、ここで踏ん張ってほしい」

「踏ん張るって、そう言われましても……」


 いきなりの「要求」に、フレドリカはたじろぐ。


 今のフレドリカは、何の力も持たない子持ちの女だ。それにアントンの話では、若い頃のフレドリカは魔法騎士団でいじめられていたそうだし、部隊長になった今もフレドリカの隊のことを快く思わない上官もいるそうだ。


 過去のフレドリカは強くなるために、部下のために頑張れたのかもしれないが、今のフレドリカにはその頃の記憶も情熱も残っていない。魔法騎士団のことなんて捨て置いてシグルドの父親を探して王都を離れ、家族三人で暮らせるようになるのが一番平和だ。


「今の私では、何もできません。部隊長に戻ったって、無力な私ではお荷物になるだけです」

「もちろん俺としては、おまえが記憶を取り戻して全盛期の頃のようにドンパチしてもらうのが一番ありがたい。だがそこまでいかずとも、おまえがいるだけでエドガーたちの士気は上がる。今のおまえには想像できないだろうが、フレッドが率いる隊は本当に優秀だった。それを、隊長不在が理由で解体にさせたくないんだ」

「そんな、こと、言われても……」


 ぎゅっと、胸の前で手を握る。


 今のフレドリカは、平和な田舎で両親のような存在のシーリとニルス、そして息子のシグルドと一緒に暮らすことを望む、平凡な女だ。たとえお飾りでもいいから隊長になってくれと言われても、そんなのより息子との時間を大切にしたいと思って、何が悪い。


「……その『要求』を断ることは、できるのですか」

「いざとなったら『要求』から『命令』に移行してでも、おまえを留め置くつもりだ。そのために俺は、おまえのところに行きたがるエドガーを蹴飛ばしてでも今日、ここに来たんだ」


 そう言うアントンの目は、冷たく冴え冴えとしている。自分の目標のためなら多少の犠牲なんてものともしない、ということを如実に表している。


 ――同じような色合いでも、シグルドには絶対にこんな眼差しをするような男になってほしくない、なんてことを考え、フレドリカは唇を曲げた。


「命令に逆らうと……」

「なるべく穏便に済ませようと思っている、とだけ言っておく」


 婉曲な言い方だが、つまり命令に逆らわせるつもりはないのだ。


(この人には、シグルドの存在がばれている……)


 ……シグルドに何かをされるわけには、いかない。


 これは、一人の人間として、母として、フレドリカが決めなければならないことだ。


「……分かりました。できる限りのことはします」


 震える声でフレドリカが言うと、アントンはそれまでの張り詰めたような雰囲気から一転してほっとした様子で、満足げにうなずいた。


「そう言ってくれると助かる!」


 なぜか上機嫌なアントンをにらみつけてやると、彼は「そんな怖い顔をするなって」と苦笑して、両手を挙げた。


「おまえに無理を言わせた自覚は十分にあるから、その埋め合わせとサポートはするとも。……そうだな。まずは、住み処か。それにおまえが魔法騎士団にいる間、シグルドの世話をする人間が必要だろう? 俺が持っている別宅の一つを、貸してやるよ」

「……え?」


 アントンの申し出がうまく呑み込めずぽかんとしていると、彼はけけけ、と笑った。


「おうおう、そんなアホ面になるほど嬉しかったか? 俺はこう見えてヴァルデゴート家の嫡男だからな、俺個人持ちの王都内の別宅も両手の指で数えられないほどあるんだ。ちょうど空いているのが一つあるから、そこを貸してやろう。別宅の中では一番小さいが、それくらいがちょうどいいだろう」


 フレドリカは、眉根を寄せる。


 アントンの申し出は確かにとてもありがたいが、もう既に彼のことをほとんど信用していないフレドリカは、彼の提案をあっさり受け入れるつもりにはなれない。


 フレドリカの怒気を感じたのか、アントンは少し焦ったように目線をさまよわせた。


「いや本当に、丁重に扱わせるって。俺だって、おまえやシグルドを傷つけたいわけじゃない。むしろ誰も傷つくことなく部隊を再生できるのが一番なんだからさ」

「……」

「あーもう、分かった! じゃあ念書を書いて国王陛下に承認していただく! これでいいだろ!」


 半ばやけくそのようにアントンが言うので、そこでやっと眉間の皺を緩めたフレドリカは少し身を乗り出す。


「国王陛下? どうしてそんなに話が飛ぶのですか?」

「だってそうでもしないとおまえ、俺の頼みを聞いてくれないだろ? 実は俺は国王陛下の遠縁で、魔法騎士団とは別の伝手があるんだ。むしろおまえは魔法騎士団より、国王陛下を味方に付けた方がいい。陛下にはシグルドのことや記憶喪失のこともまるっと話した上で内密にしていただき、俺がおまえとの約束を破らないようにしてもらえばいいだろう」


 アントンはわりと流暢に言うが、まさかここまで話が飛ぶとは思っていなかったフレドリカの方が焦ってしまう。


「で、でも、私ごときのことで、国王陛下に奏上するなんて……」

「陛下は魔法騎士団に直接関与されないが、優秀な騎士団部隊の解散は惜しいとお思いだろう。だから陛下には中立の立場でおまえの事情をご理解いただき……俺のことを監視してもらう。どうだ?」


 もはや、追い詰められているのがフレドリカなのかアントンなのか分からなくなってきた。


 だがここまでされるとフレドリカもだいぶ安心できるし、かつての自分の部隊のことを「優秀な騎士団部隊」とこの国の最高権力者から思ってもらうのは悪くないことだ、と感じられた。


「……分かりました。では、私があなたの要求通りの働きをする以上、私たちの生活と命の安全を約束してもらえますか」

「ああ、そうするとも。もし、万が一、俺がシグルドに手を出した場合は――」

「四肢をもがれていただきます」


 迷うことなくフレドリカが言うと、鞄からせっせと紙を出していたアントンの動きが止まった。


「四肢……えっ?」

「両腕両脚を、国王陛下の御前でもがれていただきます」

「え、ちょ、おまえ、記憶ないんだよな? ないのに、そんな過激なこと言うの? おまえって元々、物騒な女だったの?」

「もし私に瑕疵がないのに息子に手を出されたら、それくらい怒るということです」


 臆することなくフレドリカは言い、青ざめるアントンを見て内心、ざまあみろ、と思った。


(そうされたくないのなら、シグルドに手を出さないでもらいたいわ)


 フレドリカが本気だと分かったようで、アントンはぎくしゃくしつつうなずいて、紙にペンを走らせたのだった。

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