7 将軍の要求①
宿に帰ったフレドリカはシーリと、しばらくして戻ってきたニルスに、エドと出会った話をした。
「なんとまあ……まさかあんたが、魔法騎士団員だったとはね!」
「心配させないために、養護院にも言わなかったのかもしれない」
おそらく過去のフレドリカはニルスの予想したように、危険な仕事に就くため皆を心配させないよう、養護院の院長先生にも仕事内容をぼかしたのかもしれない。
「でも、私は魔法武器の作り方も忘れているみたいで……」
「そうね。そんな素振り、一度も見たことがないし」
「……騎士団に、シグルドの父親もいるかもしれない」
ニルスの言葉にシーリはぎょっとしたようだが、フレドリカは落ち着いた気持ちでうなずく。
「ええ、私もそんな気がしています。魔法騎士団員だったら、私が行方不明になっても簡単に探して回ることはできませんし」
「……相手の男が見つかったら、殴る」
「やめなさいって」
シーリにバンと背中を叩かれてニルスはおとなしくなったが、その目つきは本気だ。相手によっては本当に、殴るかもしれない。
なおエドは明日以降来るそうだが、明日の午前中はシーリもニルスも宿を離れるそうだ。どうやら今日の散策中にニルスがいつも野菜を出荷するお得意様と会ったようで、夫婦でその家に行く約束を取り付けてしまったようだ。
「すまない。昼食が終わったら、すぐ戻る」
「ごめんね、フリッカ。一人にさせてしまうけれど……」
「いえ、大丈夫です。朝早くに来ないことを祈るだけですから」
フレドリカはそう言って、おむつを替えろと騒ぐシグルドのところに行ったのだが……こういう不安は得てして命中してしまうものなのだ、と翌日の朝、知ることになった。
「おお、本当にフレッドだ! やー、久しぶりだな! 生きていて何よりだよ!」
「……」
エドと出会った日の、翌朝。
しきりに申し訳なさそうにするシーリとニルスを送り出し、シグルドに絵本でも読んであげようかと思っていたフレドリカのもとへ、女将が来客を知らせに来た。
まさかもうエドが来たのか、とびくびくしつつホールに下りたフレドリカを待っていたのは、エドとはまったく違う青年だった。
エドが着ていたサーコートとよく似ているがずっと豪奢な衣装の彼は、金色の髪に――青色の目を持っていた。温和そうなエドとは真逆のきらきら輝かしい美青年で、彼の目の色を見たフレドリカはつい、たじろいでしまった。
(もしかして、この人が……?)
思いがけない出来事に、意味も分からず心臓がばくばく鳴り始める。だが口を開いた青年はやけになれなれしくぞんざいで、心臓は一気に落ち着いてくれた。
「あ、俺のことも忘れてるよね? 俺、アントン・ヴァルデゴートっていうんだ。今は魔法騎士団の将軍の一人だけど、元々はおまえの同僚みたいなもんだから」
「……そう、ですか。よろしくお願いします、ヴァルデゴート様」
「アントンでいいっての! フレッドにそんな扱いをされると調子狂っちゃうからさ!」
このアントンという男、顔はとてもいいのだが非常になれなれしくて、フレドリカはつい距離を取ってしまった。
「……フレッドというのは、私のことですか?」
「ああ、うん、そうそう。あっ、男の名前だろって思わないでくれよ? フレッドって呼んでくれって言い出したのは、おまえの方だから」
「えっ、そうなのですか?」
「そうそう。多分、女だからって舐められないようにするためだろうけれど……まあ、それは今はいいや」
そこでアントンが、「部屋に行ってもいいか?」と尋ねてきたので、フレドリカはごくっとつばを呑んだ。
自分の部屋には、シグルドがいる。だが、このアントンという男に対してシグルドを紹介してもいいのか、まだ分からない。
(ひとまず、何かあったらシーリとニルスの部屋を使えばいいって言われているし……よし)
「もちろんです。こちらへどうぞ」
「悪いな」
午後以降出直してください、とは言えなくて渋々彼を部屋に上げた。自分の部屋の前を通るときに密かに聞き耳を立てたが、シグルドはぐっすり眠っているようだ。できれば話をしている間もずっと寝ていてほしいし、なんならシグルドを起こさないようにアントンには静かにしてもらいたい。
「そういや、あいつも言ってたな。おまえはあの滝の近くの集落で暮らしていて、今ここに泊まっているのだとか」
フレドリカの気持ちを知るはずもないアントンがでかい声でしゃべるのを内心苦々しく思いつつ、フレドリカはうなずいた。
(今日来たのがエドだったら、もう少し落ち着いた声量で話してくれただろうに……)
アントンを椅子に座らせたフレドリカは、彼の向かいに座ってうなずいた。
「はい。……その、昨日エドにも話したのですが、私は十八歳から二十二歳までの記憶がなくて……」
「……。……ああ、聞いたよ」
一瞬黙り込んでから、アントンは相槌を打った。
「昨日エドガーのグズが、すっげぇ慌てた様子で帰ってきてさ。死んだと思われていた隊長が生きていた、って言い出すもんだから、ついに幻覚でも見たのかと思った」
「……」
「その顔からして、本当に何も分かっていないみたいだな。自分が魔法騎士団に入るきっかけになったことは?」
「……覚えていません。私の記憶があるのは、十八歳になった冬に王都に来て、職業紹介所の前に立っているところまでなので」
「……なるほど。つまり、おまえが魔法騎士になるきっかけになった出来事からあの任務の日までのことが、ごっそり消えているってことか」
「教えてくれますか?」
「もちろん。そのために、わざわざこの将軍閣下が出向いたんだからな」
アントンはにやっと笑ってから、「おまえが、職業紹介所に行こうと思ったときのことだ」と話し始めた。