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6  覚えのない再会

(私のこと……?)


 はっとして声のした方を見やったフレドリカだが、往来の人が多くて誰が自分を呼んだのか分からない。だがしばらくその場に立っていると、人混みを掻き分けてやってくる者の姿があった。


 さらりとした灰色の髪に、ハシバミの目。冬の青空をそのまま染料として使ったかのような色のサーコートを着た、若い男性。


 フレドリカよりいくらか年上だろう彼は急いでやってきたのかはあはあと大きく息をしながら現れて、そしてフレドリカの姿を上から下までじっくり見るなり、その端整な顔をゆがめた。


「っ……隊長! 隊長ですよね!?」

「えっ? 隊長って……」

「その声、やっぱり隊長だ! ああ……ご無事でよかった……!」


 戸惑いの声を上げるフレドリカだが青年は声を震わせ、フレドリカの両肩をがしっと掴んでその体を自分の胸元に引き寄せた。


 抱きしめられている。

 名前も知らない、きれいな顔の男性に。


(……えっ?)


「あ、あの……」

「ずっと探していたのです! あなたが死んだと聞かされても、僕も皆もずっとあなたの生還を信じていました! 生きていて……よかった……」


 何が何だか分からないが、フレドリカを抱きしめた青年の声がもう涙声になっていたため、強く突っぱねることができなかった。


 だが、これはいただけない状況だ。ここは大通りのど真ん中で、何だ何だと人々がこちらを見ている。


(それに、だ、抱きしめられるなんて……!)


「待って! あの、離して!」

「はっ! ……申し訳ございません、嬉しくて、つい」


 フレドリカがバンバンと青年の背中を叩くと、我に返ったようで彼は距離を取り、目尻がほんのり赤く染まった眼差しでフレドリカをじっと見てきた。


 どうやら彼はフレドリカのことを知っているようだが、フレドリカからしたら見知らぬ格好いいお兄さんに抱きしめられたのだ。「嬉しくて、つい」なんて言われても、困るだけだ。


「あ、あの! あなたは私のことを、知っているのですよね?」

「もちろんですが……そんな他人行儀に言わないでください。どうか、僕のことは以前のようにエドと」


 青年が悲しそうに言うが、そんなことを言われても困る。ただ、彼の名前がエドだというのだけは分かった。


「では、エド。話がありまして……」

「……そうですね。この二年間、どこにいらっしゃったのか僕も聞きたいと思っていたのです。さあ、騎士団に戻りましょう」

「……きしだん?」


 ごく自然な感じで放たれた言葉に、フレドリカはきょとんとしてしまう。


「騎士団って……私、騎士だったの? 嘘、運動苦手なのに?」

「……さっきから何をおっしゃっているのですか?」

「あの、エド。実は私……記憶がなくて」

「……はい?」


 青年の方も目を丸くして、ハシバミ色の目でこちらを凝視してくる。こんな場面ではあるが、シグルドとはまったく違う色だな、なんてことを頭の片隅で考えてしまった。


「記憶が……?」

「はい。その、私は多分今二十四歳くらいだと思うのですが、私の記憶は十八歳で一旦途切れているのです」

「……何ですって?」


 青年の目に、疑いの色が浮かぶ。それも当然だと思うが、青年は自分でそのことに気づいたようで、慌てて首を横に振った。


「いえ、あなたがおっしゃるのならそうなのでしょう。ですが……本当に記憶が? 魔法騎士団員だったことも?」

「私は魔法騎士団員だったのですか!?」


 思わず声を上げてしまった。


 ランセル王国には武装勢力として、騎士団と魔法騎士団、兵団がそれぞれ存在する。


 騎士団は王侯貴族の令息たちで構成され、帯剣する権利を得た者ではあるがその剣を鞘から抜くことは滅多になく、王族の護衛や警備などを行う。いわゆる「お飾り」ではあるものの給料はとてもいいので、魔法騎士団や兵団からは嫌われているそうだ。


 彼らとは逆に戦闘を本職とするのが、兵団だ。こちらには平民出身者が多く、荒事の仲裁や遠征先での治安維持を行い、有事には敵対勢力と戦うこともある。


 そしてその兵団と騎士団の中間あたりにある貴族と平民ごちゃ混ぜの部隊が、魔法騎士団である。


(魔法騎士団員になるには、魔力を持っていることが必要。ということは、私は魔力を持っていたの……!?)


 魔力を持っているかどうかは、先天的に決まる。魔法騎士団に入るためには、生まれながらに魔力を持っていること、そしてその魔力を武器として出力できることが必須となる。


 昔はこの魔力という存在がいまいち顕在化しなかったのだが、百年ほど前にある研究者が、魔力を武器の形に練る方法を編み出した。そうして世界各地で魔力を持つ者を魔法戦士として育てる方法が広まり、ランセル王国でも魔法騎士団として採用していた。


 魔法騎士団員になれたということは、フレドリカに十分な魔力があり、それを武器の形に表すことができるのだ。なるほど、今のフレドリカの体に脂肪だけでなく筋肉もそれなりに付いており、細かい傷があったのは、かつて自分が魔法騎士団員だったからなのだ。


 フレドリカがわくわくした眼差しで見てくるからか、青年は困ったように目線をさまよわせた。


「ええと……そうです。あなたは魔法騎士団の部隊長で、僕はあなたの部下なのです」

「同い年くらいなのに?」

「……僕、これでも二十歳です」

「あっ、そ、そうよね」


 つい若い気分でいたが、今のフレドリカは先日二十四歳になったのだった。年齢の点なら、フレドリカが上司でも何もおかしくない。


「そのご様子だと、本当に覚えていないのですね……」

「ええ。十八歳の誕生日を迎えてすぐに王都に来て、それからのことをまったく覚えていなくて……気がついたら滝から落ちていたらしくて、川下にいた住民に助けてもらっていたのです」

「……ああ、そうです。あの日、滝の近くで任務が……」


 青年は苦々しそうに言い、そして大きなため息をついた。


「……何はともあれ、あなたが無事でいてくれただけで僕は十分です。とはいえ、あなたに魔法騎士団員であった頃の記憶がないというのは、少し厄介ですね」

「そうですね。あの、あの。私も魔法武器、使えたんですよね?」


 興味を引かれたのでフレドリカが詰め寄ると、青年は少したじろぎつつもうなずいた。


「え、ええ。光り輝く鞭を使われておりました」

「鞭! そうなのですね」

「ちなみに、魔法武器を出すことは?」

「むしろ、どうやって出すのですか?」


 逆に問うと、青年は「やはりそうですよね……」と肩を落とした。


「このご様子ですと、今すぐあなたを城に連れて行くわけにはいきませんね。まずは、上官の指示を仰ぎたいのですが……よろしいでしょうか」

「……はい。私も、自分がかつてどこで何をしていたのか、できるだけ知りたいと思っているので」


 フレドリカがうなずくと、青年はほっとしたように表情を緩めた。


「そうですよね。……ではまた日を改めて、お話をしに伺いたいです。隊長は今、どちらにお住まいで?」


 隊長ではないけれど……と思いつつも、フレドリカは宿のある方を示した。


「私は普段、件の滝の近くの集落で暮らしているけれど、今はお世話になっている方と一緒に宿で過ごしています。『青いガチョウ亭』というところです」

「ああ、あそこですね。分かりました、では後日、そちらに伺ってもよろしいでしょうか」

「はい、大丈夫です。もう数日は滞在する予定なので」

「分かりました。……すみません、本当はもっとお話をしたいのですが」

「いえ、こちらこそ。ではまた後日、エド」

「……はい」


 フレドリカが名を呼ぶと青年は嬉しそうに破顔し、ピシッとしたお辞儀をしてからきびすを返した。

 彼の後ろ姿を見送ってから、フレドリカはほーっと息を吐き出す。


(……なんだか嵐のような時間だったわ)


 職業紹介所を出て十数分の出来事であるが、情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。

 何にしても、明日以降あのエドという青年が宿に来てくれたときに、ゆっくり話ができそうだが――


「……あっ。シグルドのこと、言ってなかった」


 しまった、と思ったが、もう青年の姿はない。彼が来たとき、フレドリカが赤ん坊を抱っこしていたら驚くかもしれない。


(……でももしかしたら、私が魔法騎士団だった頃の同僚とかに、青い目の男の人がいるかもしれないわ)


 そう思うと、急に心臓がどきどきしてきた。


 エドはハシバミ色の目だから違うとしても、フレドリカの恋人ないし夫のことを、彼も知っているかもしれない。少なくとも同僚であれば、フレドリカとしては安心できる……はずだ。


(せめて、相手が既婚者じゃないことを祈ろう……)


 そんなことを考えながら、フレドリカは宿への道を急いだ。

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