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5  王都へ

 数日後、フレドリカたちは家の前に「しばらく王都にいます」という看板を立てて、馬車に乗った。


 近所の人たちに王都に行くことを告げると、「じゃあ、土産を頼む!」とあれこれ注文されたため、シーリはずっとぐちぐち文句を言っていた。だがその近所の人たちの伝手で立派な馬車を借りられたのだから、面と向かって文句を言うつもりはないようだ。


 ニルスが御者台に座って馬を走らせる中、フレドリカとシーリとシグルドは幌馬車に座っていた。寒くないようにと大量に毛布を持ってきているのでその中に埋まり、シグルドを驚かせないためにのんびりと馬を走らせるのでそこそこ時間は掛かったが、数日の後には見覚えのある街にやってきた。


(私、この光景を覚えている……)


 そう、あのときも冬だった。


 今からもう、七年前になるのか。フレドリカにとってはわりと新しい記憶だが、かつて自分は同じようにこの、壁に囲まれた街を訪れた。これから仕事を探して一生懸命働こう、という、やる気を胸に抱えて。


「さすが王都、広いわねぇ……」

「宿はどこだろうか……」

「あ、だいたいの位置は分かります」


 ニルスが困っている様子だったので、シグルドをシーリに預けたフレドリカは御者台に出た。


 七年前ではあるが、フレドリカは初めてこの街に来てまず、宿を探した。街の人に聞いたところ、旅人が泊まるような宿はだいたい同じエリアに固まっているらしいので、そこに行って空室のある店を探せばいいと教えてもらったのだ。


 あれから七年経っていたとしても、さすがに宿エリアの位置が変わったりしないだろう。そう思いフレドリカはニルスの隣に座り、人の往来が激しい王都の通りの進み方を教えた。


 はたしてフレドリカの記憶通りの場所に、宿屋街があった。フレドリカが泊まった覚えのある宿もそこにあり、なんだか懐かしい気持ちになってくる。


(さすがに宿帳の記録はもう残っていないだろうから、やっぱり職業紹介所に期待するしかないわね)


 七年前に泊まったときに大当たりだと思った記憶のある宿にニルスを案内し、馬車を停める。シーリからシグルドを受け取ってくぐった玄関の先の受付の風景を見て、ああそういえばこんな場所だった、とわりとはっきり思い出すことができた。


 宿の主人には、面倒なので「父と母と息子と一緒に来ました」と伝え、二部屋を準備してもらった。なお念のために「七年前にもここに来たことがあるのですが」と言ってみたところ、やはり宿帳の記録は残ってないそうだが、再来してくれて嬉しいと言ってもらえた。


 宿の主人はシグルドがまだ乳飲み子であるのを気遣ってくれたようで、フレドリカが部屋に上がると間もなく、女将が赤ん坊用の沐浴用の桶やタオル、衣類などを貸してくれた。


 女将に礼を言い、フレドリカは窓辺に立って冬の王都の風景を眺めた。


(七年前も、こうして宿の窓から外を見たわね……)


 最近はあまり雪が降らないようだが、あのときの王都は一面が真っ白な雪で覆われていた。そのおかげか多くの宿が満員御礼で、当日この宿にキャンセルがあって偶然するっと泊まれたのだった。


「シグルド、あなたのパパは、この街にいるのかしら」


 フレドリカがそう言って体を揺らすと、抱っこしているシグルドがご機嫌そうにうにゃうにゃ言う。


 前に医者が言っていたように、シグルドは足腰がしっかりしていて放っておいたらそのあたりを這って回るほど活発だが、言葉の方は未熟だった。医者曰く、「しゃべる気がない子もいるので」とのことなので、これまでのように積極的に話しかけつつも、気長に見守ることにしていた。


 もしシグルドの父親を名乗る男が現れたら。フレドリカは、どうしようか。


(まずはちゃんと話をして、これまでの経緯を理解してもらわないと)


 何が何だか分からない状態で子どもを産んで育ててきたフレドリカもそうだが、もし相手の男性が恋人や夫だったりしたら、きっとずっと探し回っていたはず。


(私がいなくなったから、他の女性とくっつきました、ってなっていたらショックよね……)


 その可能性も十分あるのだが、なるべく楽観的な方で考えていきたい。


(まあもしいい結果にならなくても、シグルドを連れて帰るだけだし)


 過去の自分の足跡が分かれば十分だが、もし分からなくてもフレドリカはシーリとニルスと一緒に家に帰って農業をするつもりでいる。二人もフレドリカを娘、シグルドを孫だと思ってくれているようで、「ずっといていい」と言ってくれている。


(この旅行で、私の人生が変わるのかしら……)


 ぎゅっとシグルドを抱きしめると、少し苦しいのか、んぎゅ、という声が聞こえた。











 王都に到着した翌日、フレドリカは早速行動に出ることにした。


 シーリがシグルドを預かってくれると言った。そしてニルスが同行すると申し出てくれたが、悩んだ末に遠慮しておいた。


 ニルスがいる方が心強いが……もしかすると、この街でフレドリカの過去に関する「何か」が分かるかもしれない。そのときに、そばにニルスがいない方がいい気がしたのだ。


 ニルスはなおも心配そうだったが「あんたは近所の人の土産を買っておいで!」とシーリに尻を蹴飛ばされ、渋々一人で出て行った。そうしてシグルドにお乳をあげて眠ったのを見届け、フレドリカは冬の王都に繰り出した。


(昔と同じで、朝から人通りが多いわね)


 今日はよく晴れた冬の日なので、大通りの先にそびえる王城がよく見えた。ランセル王国のシンボルである王城は、一つ目の城壁をくぐった先の中庭までは一般開放されている。その先の大門を通れるのは、王侯貴族や城仕えの者だけだという。


(……そういえば、私は機密に関わる仕事に就いていたかもしれないのよね)


 フレドリカが流れ着いたときに着ていた服や、養護院に仕事内容について一切知らせていないにもかかわらずそこそこの仕送りができていたことからして、城の重要な職に就いていた可能性がある。


(といっても、私はこれといった能力や才能があるわけでもないし……)


 何にしても、職業紹介所に行けば分かることだ。


 念のために道行く人に職業紹介所の場所を聞いたが、やはり七年前と変わっていなかった。ただしそこに着くまでに新しい道ができていたり古い道が封鎖されていたりしたためそれなりの時間が掛かり、久しぶりの職業紹介所の前に着く頃には厚手のコートの下の肌がうっすらと汗ばんでいた。


(ああ、そうそう。こんな外観だったわ! ここまでは、記憶があるのよね……)


 確かにフレドリカは、このどんとした佇まいの職業紹介所の前に立った記憶がある。だがいざドアを開けた先の光景を見て、あれ、フレドリカは首をひねった。


(この先は、記憶がない……?)


 広いロビーは受付と待合室を兼ねており、部屋の奥にあるカウンターで職探しをしている人たちの受付をしているようだ。


 ……「ようだ」であって、断定ではない。


(もしかして私、ここには入っていない……?)


 入り口に立った記憶はあるのに、中に入った記憶がないというのは不思議だ。とはいえ、偶然そこだけ抜け落ちているだけかもしれない。


 順番待ちの末にカウンターに立ち、「七年前の今頃に、既に登録していませんか」と尋ねたフレドリカだったが、古い記録を調べていた職員は首をひねった。


「いえ、そのような方の登録はございません」

「えっ、ないのですか?」

「はい。除籍一覧も確認しましたが、そちらにもありませんね」


 古くて重そうな表紙の冊子を念入りに読み込んだ職員にそう言われて、フレドリカは戸惑ってしまう。


(もしかして、この建物の中に入った記憶がないというのは、正しかったのかも……?)


 職員には、新規登録するかどうか尋ねられたが、悩んだ末にフレドリカは新規登録を一旦保留にして紹介所を出た。途端、ぴう、と吹いてきた冬の風が頬を叩いてきて、ぼんやりとしていた意識を引き戻してくれた。


(私は、紹介所に登録していなかった……)


 ぶるっ、と身震いしてしまったのは、冬の寒さだけが原因ではない。


(えっ、もしかして本当に、まずい仕事をしていたとか? 娼館とか……?)


 それはある意味、最悪のパターンだ。


 娼婦という仕事を見下すつもりはないのだが、なにせフレドリカには青い目を持つ息子がいる。実は自分は娼婦で、生まれた息子は誰か分からない客の子でした、だった場合、大きくなったシグルドになんと説明すればいいのか。


(もういっそ、これ以上何も収穫がないまま王都を離れた方がいいのかも……)


 そんな気持ちにさえなっていたフレドリカははあっとため息をつき、まるでシグルドの目のような美しい青空を見上げたのだが。


「……リカ!」


 大通りの喧噪の向こうで、誰かの声がした。


「……フレドリカ!」


 今度ははっきり、聞こえた。

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