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4  小さな命と共に

 翌年の、春。

 川のそばに広がる農場の、一軒家にて。


「よく頑張ったね、フレドリカ。男の子だよ」

「髪はお母さん似ですね」


 出産の痛みと疲れで眠ってしまったフレドリカが目覚めると、赤ん坊を抱っこしたシーリが来てくれた。


 恐る恐る受け取った赤ん坊は、ずしんと重い。これほどの体重のある子がついさっきまで自分のお腹にいたなんて、信じられない気分だ。


 出産の手伝いをしてくれた助手の女性が言うように、しわくちゃの赤ん坊の頭にはうっすらとベージュブラウンの髪が生えていた。そういえば、院長先生が語っていたフレドリカの母も、ベージュブラウンの髪だったはずだ。


 目は固く閉ざされているので、何色なのか分からない。だが今のフレドリカには、この子の目の色が自分と同じ緑でもそれ以外でも、何でもいいと思えた。


「……無事に生まれてくれて、ありがとう」


 会えて嬉しい、幸せ、大好き、とまでは言えそうにない。


 それでも、この子がフレドリカの産んだかけがえのない存在であるというのは、紛れもない事実だった。












 温かな春の日差しに祝福されて生まれた息子は、シグルドと名付けた。


 命名を聞いたニルスは木の板に「シグルド」と彫って、それをリビングに飾った。シーリは「恥ずかしいからやめなさい」と言うが、フレドリカは嬉しかったのでそのままにしてもらった。


 近隣の家の人々から、お祝いの品が届いた。おくるみや靴、タオルやおもちゃなどで、フレドリカとシグルドの部屋はいっぱいになった。なお、ベビーベッドに関してはニルスが作ってくれた。


 しばらくして目を開いたことで、シグルドの目は美しい青色だと分かった。まるで瞳に星の輝きが生まれているかのような不思議な色合いで、シーリもニルスも医者たちも、「あまり見かけない色だ」と口にした。


(この子の父親は、青い目の男性なのね)


 フレドリカは、息子の青い目を見るたびに名前も姿も知らない父親に思いを馳せようとして、やめた。


 もう、シグルドの父親が誰なのかは考えないようにしている。自分がシグルドの母親で……そしてシーリが「ばあば」、ニルスが「じいじ」であるとだけ分かってくれたら、十分だ。


 シグルドはあまり泣かない子で、すくすくと大きくなった。お乳をよく飲んで、生後半年過ぎた頃には掴まり立ちのような何かができるようになった。発語はまだだが、運動神経はかなりいい方かもしれない、と医者は言っていた。


 自然豊かな大地で、シグルドは元気いっぱいに育った。外に出るのが好きで、好奇心が旺盛なので虫や鳥を見かけるとふくふくした腕を伸ばして、掴もうとする。花を差し出すと、キャッキャと笑って口に含もうとするので、慌てて引っ込めなければならなかった。


 その頃にはフレドリカも、体に無理のない程度で畑仕事の手伝いを再開するようになった。夏から秋にかけてが収穫の季節なのでせっせと作物を育てて収穫し、冬の前には作物がなくなり畑がきれいになった。


「フリッカ。そろそろ王都に行ってみないか」


 シーリにそんな相談をされたのは、もうすぐフレドリカの二十四歳の誕生日になるという、冬の日のことだった。


 暖炉の火が温かに燃える中、ベビーベッドに眠るシグルドを含めた四人で団らんの時間を過ごしているときに言われたフレドリカは、ホットミルク入りのマグカップを手にしたままゆっくり瞬きした。


「王都……職業紹介所に、ですか?」

「そう。シグルドがあんたのお腹にいると分かってからずっとそれどころじゃなかったけれど、あの子もだいぶ成長したからね」

「フリッカのことを、探す人もいるかもしれない」


 シーリに続いて、ニルスも言う。


 彼らと一緒に過ごすようになって一年半経った今、シーリとニルスはフレドリカのことを愛称で呼ぶようになってくれた。まるで養護院にいた頃のようで、フレドリカは愛称で呼んでもらうのが好きだった。


(職業紹介所に行けば、私がどこで働いていたのか、分かるかもしれない……)


 すやすやと眠るシグルドの頬をそっと撫でたフレドリカは、肩をすくめる。


「そうしたい気持ちも山々ですが、さすがにシグルドを連れての二人旅は苦しいものがありますし、置いていくこともできませんし……」

「フリッカ。今は、冬だ」

「えっ?」


 ニルスが端的すぎる発言をしたので、「それじゃ分からないでしょ」とシーリが突っ込んだ。


「つまり、冬の間は畑仕事もないから、あたしたちも一緒に王都に行けるってことだよ」

「……えっ、そんな、申し訳ないです」


 気を遣われているのだと分かってフレドリカは慌てて首を横に振るが、シーリはからからと笑った。


「おやおや、あたしたちだってシグルドのお世話をするためだけに王都に行くわけじゃないよ」

「たまには、旅もいい。買い物をしたり、知人にあったりできる。付き添いは、ついでだ」


 ニルスはぶっきらぼうな感じに言うが、つまるところ二人は王都への観光のついでにシグルドの面倒も見てくれるというのだ。


 シーリは夫に「どっちが『ついで』なのか分からないね」なんて突っ込みながら、シグルドの方を見て眼差しを緩めた。


「いいじゃないの、一度くらい、家族旅行をしたって」

「家族旅行……」

「じいじとばあばと、ママとシグルド。これを家族旅行って言ったらだめかな?」

「だ、だめなわけありません!」


 まさかこんなことを言ってくれるとは思わなくてフレドリカが急いて言うと、シーリとニルスは笑った。


「それならよかった。あたしも一度、王都に行ってみたかったんだよね!」

「……皆で、楽しめる」


 夫婦がそう言うので、フレドリカは笑顔でうなずいてからふいっと彼らに背中を向けた。そして目尻をこっそりと指先で拭ってから、シグルドの頭を撫でる。


「……よかったね、シグルド。ママとじいじとばあばと一緒に、お出かけよ」


 フレドリカの呼びかけに、夢の中にいるはずのシグルドはふにゃあ、と返事をして、嬉しそうに微笑んだ。

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