手紙②
いつの頃からだろか。
フレドリカの金魚の糞……もとい副隊長のエドガーが、やけにちらちらとフレドリカを見るようになったのは。
隊長と副隊長という間柄か、彼らはよく二人で行動している。かつてはチビだったエドガーはここ数年でめきめきと身長が伸び、今ではフレドリカよりずっと高くなっていた。
そんな彼が時折、熱っぽい眼差しで自分の上司のことを見ているようだ。
アントンが城内でフレドリカを見かけるときには高確率で、そのそばにエドガーがいる。そのときのエドガーは、うっとりするような見とれているかのような目で、フレドリカを見ているのだ。
あのガキ、隊長に惚れたか。
あまりにも分かりやすくて大丈夫かこいつ、と心配になったので、ある日アントンはエドガーを捕まえて物陰に引きずり込んだ。
「なあ、第六部隊の坊っちゃん。お兄さんがいいことを教えてやるよ」
「な、なんですか!?」
「……今のおまえ、下心見え見えだから」
アントンが低く囁くと、それまで暴れていたエドガーはぴたりと動きを止めた。
まだ十八歳にもなっていない青年は自分の恋心がばれていたと知り、顔を赤くしたり青くしたりしてからアントンを見てきた。
「ぼ、僕はそんな、下心なんて……」
「だからばれているっての。おまえ、フレッドのことがす――」
「わーっ! や、やめてください!」
真っ赤になって慌てており、分かりやすすぎる。
アントンはなんとか笑いをかみ殺そうとしたが、同時に苛立つような気持ちも湧いていた。
エドガーはふうふう息をついてから、そっぽを向いた。
「……だったら、何なんですか! 将軍には関係ないでしょう!」
「フレッドの醜聞を好むやつらは、結構いる」
アントンが小声で言うと、エドガーは振り返った。
青い、本当に青い。
自分のその熱い眼差しが何を招きかねないのか分かっていない様子の青年に、アントンは薄笑いを浮かべて忠告してやる。
「おまえがフレッドに好意を持っていると知られると、フレッドが困る。もし俺が意地悪なやつだったら、『フレッドは未成年の部下に色気を振りまいている』って言いふらすぞ?」
「そ、そんなことは……」
「あり得るんだよ。……だからもっと、感情を隠せるようになれ。好きになるなとは言わないから、おまえが賢くなれ」
ああ、何を言っているんだ、とアントンは自嘲する。
これではまるで、エドガーの恋を応援しているようではないか。こっそり恋をするくらいなら大丈夫だから、上手にやれ、と。
馬鹿馬鹿しい。なぜこんな六つも年下のお子様に対して、敵に塩を送るような真似をするのだろうか。
自分の方がよほど、フレドリカのことを知っているのに……。
エドガーは助言されたのが悔しいようだったが、やがて無言でうなずいてきびすを返した。
ああいうタイプは、簡単に恋を諦めたりしない。これからはアントンの言ったように「賢く」、フレドリカに好意を向けるのだろう。
「……はあ。ばっかみたいだな、俺」
世話焼きお兄さんであるというのも、難儀なものである。
さらにしばらくして、アントンが二十三歳の頃のこと。
こいつらデキてんじゃねえのか、と鋭いアントンは気づいた。
いつぞやエドガーに忠告をしてからというもの、彼は以前ほど好意をだだ漏れにしなくなった。
城内で見かけるフレドリカとエドガーはまさに絵に描いたような「上司と部下」で、第六部隊の戦果も挙がる一方。今では第六部隊は期待の新鋭だと、かつてフレドリカをいじめていた連中も渋々認めているようだった。
だがアントンは、そんなフレドリカとエドガーの間にあるただならぬものに、気づいていた。二人ともとても上手に隠しているが、間違いなく特別な関係になっている。
ああ、やっちまった、とアントンはため息をつく。
四年も前から、その姿を見ていたのに。
フレドリカが強がるところ、頑張るところが、愛らしいと思っていたのに。
年下には興味がないだろう、と余裕ぶっていたのに。
フレドリカは、エドガーの恋を受け入れた。彼女が選んだのは若き将軍である自分ではなくて、未熟で青い十八歳の部下だった。
幸いなのは、アントンには略奪愛の趣味がないということだろうか。フレドリカのことはとても好意的に考えているが、だからといってエドガーから奪ってやろうとは思わない。
そんなことをしても、フレドリカが喜ばないと分かっているから。
フレドリカがエドガーにだけ見せるあの笑顔を、自分に向けるようになるわけではないから。
アントンは、フレドリカの気持ちを大切にしたい。どうやら自分はやり方を間違えたようだから、せめて彼女の幸せを見守りたい。
だから代わりに、というわけではないが、エドガーに八つ当たりした。
「おまえ、フレッドと付き合っているだろ」なんて直接的なことは、言わない。別にアントンは、二人に喧嘩させて別れさせたいわけではないのだから。
おまえは、フレドリカに好かれているんだろう。
それなら、大切にしてやれ。
おまえは、分かっているのか。
フレドリカはあれで案外、自分とエドガーの年の差を気にしている。
あいつはもう、二十一歳だ。「まだ」じゃなくて、「もう」なんだ。
おまえがちんたらしていると、あいつはどんどん焦ってしまうんだ。
早く、おまえがリードしてやれ。
早く、気づいてやれ。
だからアントンは、エドガーを「グズ」と言った。
グズグズするな、時間は待ってくれない。
おまえの若さとか未熟さとかどうでもいいから、フレドリカの年齢と気持ちを優先させてやれ。
それに自力で気づけないのなら、おまえはずっと「グズ」なんだ、と。
フレドリカが行方不明になった、と聞いたときのアントンは、後悔した。
オットー・バックマン将軍あたりがきな臭いとは思っていたが、甘かった。おそらくフレドリカの失踪にあの男が絡んでいるのだろうが、情報収集不足だから確定ではない。
フレドリカを、守れなかった。
第六部隊の落ち込み様は、想像以上だった。エドガーなんて、いつかぽっくり逝くのではないかと思われるほど憔悴し、休みの日には馬を駆って西の渓谷にばかり行っていた。
第六部隊の解散まで、二年の猶予を与えられた。第六部隊の五人はフレドリカの生存を信じ、必ず帰ってくると豪語していた。
さしものアントンも放っておけずに協力を申し出たのだが、ブリットとカタリーナとかいう女二人組に断られた。
「いいですよ、そういうの」
「なんというか、もし将軍閣下が協力してきたら、うちの副隊長がいよいよグレそうなので」
確かに、そんな気がする。
五人の中で誰よりもエドガーが必死になってフレドリカを探し、「おまえが隊長になればいい」という提案も固辞し続けている。フレドリカの死が確認されたわけではないのだから、自分が隊長の座を奪うことはできない、と言って。
その必死さは見ていていっそ哀れになるほどで、フレドリカの遺体が見つかった方がエドガーは救われるのではないか、とさえ思われた。
そしてこの時点でのアントンは正直なところ、フレドリカはもう死んでいると思っていた。