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手紙①

「あの男」編です

 アントンは初めて「彼女」に出会ったときから、その瞳の輝きに心を奪われていた。


「フレドリカだな。おまえは、魔法騎士になる才能がある。うちに来ないか」

「ええっ……。そんな、急に言われてもよく分からないです」


 当時十八歳だったフレドリカは、困惑の表情で見上げてきた。

 田舎娘らしいワンピース姿で、冬だというのに薄着。聞けば王国東部にある養護院出身らしく、職を求めて単身王都に来たそうだ。


 彼女は金を稼いで自立しつつ、世話になった養護院に仕送りもしたいと考えているそうだ。


「それなら、うちは最適だ。その気になりゃあ、街の飲み屋で働くよりずっと稼げる」

「本当に……ですか? 私みたいな田舎者でも、お金を稼げますか?」


 おどおどした雰囲気の彼女は、先ほど魔法鞭で魔物を倒した英雄とは思えない。


 だがアントンは、気づいていた。

 この少女は、磨けばきっととても輝く。頭の固い魔法騎士団上層部を壊してくれるような、とんでもない逸材になるはずだ、と。


「おう、稼げるとも。このアントン様が太鼓判を押してやる」

「……じゃあ、やってみます! 私を、魔法騎士団に入れてください!」


 頬を真っ赤に染めてお願いしてくるフレドリカは、まさに汚れを知らない初々しい小娘だった。












 魔法騎士団に入ったフレドリカは案の定というか、かなり揉まれた。


 魔法騎士団は多くの場合、少年少女の頃に入団して十六歳で正騎士採用試験を受ける。

 だから、十八歳という遅咲きのフレドリカは物珍しそうに見られていたし、養護院出身で名字を持たないからといじめる連中もいた。


 最初のうちは先輩としてそれとなくかばってやったアントンだが、フレドリカはか弱そうな見た目に反して芯が強く、またプライドも高くて意地っ張りだった。


「いつもいつも、私のことを助けなくて結構です!」


 体中擦り傷だらけのフレドリカに突っぱねられたため、アントンは肩をすくめた。


「いやそうは言ってもおまえ、毎度毎度ぼろぼろじゃないか」

「でも、これを乗り越えないといけないんです。いつもアントンに頼っていたら、強くなれません!」

「いやいや、頼るときには頼ればいいんだぞ?」

「なんか、あなたに頼るのは癪なので」

「おい」


 それから、とフレドリカは決意の感じられる目でアントンを見た。


「私のことはこれから、フレッドと呼んでくれませんか」

「フレッドぉ? なんでまたそんな野郎みたいな名前を」

「野郎でいいんです。……そうでもしないと、強くなれない」


 そう言ってそっぽを向くフレドリカを、アントンは呆れたような気持ちで見ていた。


 可愛くて健気で守ってあげたくなるような雰囲気のフレドリカだったが、彼女は入団を決めると腰まであったベージュブラウンの髪をざっくりとショートに切った。

 そうしていじめられようと喧嘩を売られようと果敢に言い返す姿を見ていると、アントンも「こいつ、こんな猿のような性格だったのか」とげんなりしてきた。


「はあ、まあいいよ。じゃあおまえは今日から、フレッド君だな」

「君はいらない」

「おうおう、了解だよフレッド。困ったことがあったらいつでも、このアントン先輩に頼れよ」

「もう頼らないから、大丈夫です」


 フレドリカはそう言って、アントンに背を向けた。


 ……彼女は本当にその日から一度たりとも、アントンを頼らなくなった。












 数々のいじめや妨害の末に、フレドリカは部隊長となる資格を得た。なぜ誰かの隊に入るのではなくて部隊長に、と問うと、フレドリカはツンとして言った。


「私は、私を軽んじるような連中の下に付きたくない。私の信じる強さを皆に示したいし、たくさん稼ぎたい。だから、部隊長になるんだ」

「そうはいっても、おまえも知っての通り部隊を編成するには最低でも五人の部下が必要だ」


 当時既に一足先に部隊長になっていたアントンがそう言うと、フレドリカはうなずいた。


「分かっている。だから若手とかに声を掛けているんだ」

「……それで、成果は?」

「……今のところ、全敗だ」


 悔しそうに言うフレドリカの肩に触れようとして……やめた。今の彼女に慰めなんかしても、シャーッと威嚇されるだけだと分かっているからだ。


 本当に、野猿なのか野猫なのか分からない女だ。


 アントンは「そうか」とだけ返したが……本当は、いろいろ声を掛けてやりたかった。


 部下の探し方が分からないなら、アントンが協力する。

 それでも誰も見つからなかったら、自分の隊に入れてやる。女性だからと見くびらず、彼女には実力があるのだから副隊長を任せてやってもいい、と。


 だがそういった言葉のどれもがフレドリカを怒らせると分かっていたので、言わなかった。他の声の掛け方なんて、アントンは知らなかったから。










 しばらくした頃、アントンはこれまで一人で行動していたフレドリカの後ろをちまちまとついていく少年騎士の姿を見かけるようになった。


「なあ、フレッド。おまえの後を金魚の糞みたいについていくガキ、何?」

「何じゃない、誰と言って。……彼は、エドガー。私の部下だ」

「部下!? やっと見つけたのか!」

「ええ。優しくて頑張り屋で、いい子だよ。正騎士になったばかりの十六歳らしいけれどやる気に満ちているし、しっかり育てたいと思っている」


 そう言うフレドリカの表情を見ていて、おや、とアントンは気づいた。


 彼女と知り合って二年経つが、ここ最近では滅多に見られなくなった穏やかな微笑を浮かべている。

 アントンと話すときには眉根を寄せて険しい顔をすることの多いフレドリカが、自分を慕ってついてくる少年騎士のことを話すときだけ、こんなに柔らかい表情になるなんて。


「……あのさ、フレッド。同僚のよしみで言っておくけど」

「何?」

「相手は未成年のぼっちゃんなんだから、せめてもうちょい成熟するまでは手を出すなよ?」

「出すわけないでしょう、この色情魔!」


 親切心で言ったのに、殴られた。とても痛かった。













 エドガーという最初の部下を得てしばらくした頃、フレドリカは魔法騎士団第六部隊部隊長として認められた。


 彼女の部下は、男三人女二人。部隊の最少人数ぎりぎりなので小規模で、その面々も他の部隊長からは見向きもされなかった者たち……いわゆる「余り物」ばかりだった。


 貴族崩れの少年が一人と、地味で冴えない男が二人、そしてうるさい女が二人。

 それらを率いるのが女部隊長というなかなかな色物メンバーで、からかわれっぱなしだった。


 だが第六部隊は、めきめきと上達した。小規模ながら結束力が高く、フレドリカは個々の能力を生かした戦術を編み出した。仲間同士の仲がよくて協調性があり、隊長のフレドリカは部下たちから慕われている。


 アントンは、そんなフレドリカたちを少し離れたところから見ていた。

 最近の彼女からは、かつてのようなとげとげしさがすっかりなくなっている。女性の部下たちと一緒にお茶をしたり買い物をしたりしているそうだし、エドガーと二人で談笑しながら歩く姿も見られる。


 その頃アントンは部隊長から将軍補佐になっており、すぐに将軍に抜擢された。フレドリカとの距離が離れたため、かつてのように彼女に余計なことを言って殴られる、なんてこともなくなった。


 そもそも、もうフレドリカはアントンの手を必要としていない――否。


「……最初から、俺なんて必要なかったんだろうな」


 フレドリカの背中を眺めながら、アントンは思った。

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[気になる点] そうだとは思ってたけど、本当に不憫すぎる
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