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29 フレドリカの未来

 エドガーと一緒にこの屋敷を探してくれた御者は、騎士団に通報していた。

そこでしばらくすると騎士団と魔法騎士団、兵団がごちゃ混ぜになった部隊が押し寄せてきて、オットーとアントンを捕らえた。


 オットーはともかくアントンの方は、とフレドリカは弁護しようとしたのだが、当の本人が「まあ確かに俺も、おまえを誘拐したし? ひとまず捕まってくる」と明るい表情で言って、「ほらほら、行くぞ!」となぜか自分をしょっ引く役目の者たちの前に立って立ち去った。


 そうして調査の結果、オットー・バックマンはアントンが言っていたように、若い頃に自分が部隊長になれなかったことをずっと根に持っており、十八歳という遅い年齢で、孤児で、しかも女の身空で魔法騎士団に入りながらもずば抜けた才能を見せ、部隊長にまで上り詰めたフレドリカに嫉妬していたことが分かった。


 おまけに彼は元々女性に対して差別的で、「女は家で子どもを育てていればいい」という考えだった。

そのせいで妻にも逃げられたそうだがそれも逆恨みし、フレドリカやブリット、カタリーナのようなしとやかでない女性全般に敵意を向けるようになったという。


 仕事ぶりは優秀で、また根回しの達人ということもありこれまでは将軍でいられたが、あっさりと将軍位剥奪となった。前々から、フレドリカに対して厳しすぎる彼の態度を快く思わない者は多かったようだ。


 またアントンだが、彼は「罰があるなら受ける」とだけ言い、一切の擁護を受け付けなかった。

 彼は二重スパイのような立ち位置にあり、オットーがいよいよ強硬手段に出ようとしていることを察したアントンは彼が横暴な手段に出ないように動いた。


 オットーは無理矢理にフレドリカたちを誘拐しようとしたそうだが、アントン自ら出てきて穏便に家から連れ出した。

 オットーがシグルドに手を出さないように自分が抱いておき――ぎりぎりまで粘った末に、ここでシグルドに危害を与えるふりをしてフレドリカの記憶を無理矢理引っ張り出さねば、と思ったそうだ。


 結果としてフレドリカは荒療治ではあるが記憶と魔法鞭の能力を思い出したし、駆け付けたエドガーによって救出されるに至った。


 ふりとはいえ、彼がフレドリカやシグルドに危害を加えようとしたのは事実だ。とはいえ彼は元々人気者でオットーよりよほど人望もあったので、彼の処分については物議を醸した。

 そして最終的に、将軍から降りてしばらく拘留されるものの、後に魔法騎士団に復帰することになった。


 だが彼は王都での仕事復帰を拒み、保有する財産を全て手放した上で地方での勤務を申し出た。彼の父親であるヴァルデゴート家の当主も、息子の処分を受け入れたという。


 その結果、フレドリカがアントンから借りていた別宅は一旦ヴァルデゴート家当主の預かりとなった後に、当主が「息子の迷惑料として、受け取ってくれ」と言ったことで、そのままフレドリカの所有となった。


 既に別宅の使用人たちとは信頼関係を築いているし、シグルドも環境に慣れている。 あちこち引っ越すよりは慣れた場所がいいだろう、ということで、フレドリカは別宅と使用人たちをそのまま引き継いだ。

 使用人たちの給金もアントンが置いていった個人財産から払うことになり、あの家は名実ともにフレドリカとシグルドのものになった。












 事件により、一気に魔法騎士団の将軍が二人抜けることになった。

 さらに、女性騎士への差別という昔から根強く続いていた問題の解消に取り組むべきだ、という意見も上がり――


「無理、絶対に無理よ!」


 ある日の、魔法騎士団第六部隊詰め所にて。


 フレドリカのもとに「辞令」が届き、それを見た彼女は絶叫して椅子に座り込んでいた。

 彼女の恋人であり次期隊長であるエドガーはおろおろしながらフレドリカのご機嫌取りをしており、そんな二人を残りの部隊員四人が遠巻きに見ていた。


「うはー、隊長荒れてる荒れてる!」

「……荒れるのも当然だ」

「何だっけ……将軍任命っての?」

「う、うん。時短制度を使っての勤務だとか」


 フレドリカに提案されたのは、空席になった将軍職の一つに就くことだった。


 魔法騎士団の上層部はこれを機に内部をごっそりと変えることにしたようで、その一環としてフレドリカを将軍とすることを提案したのだ。


 フレドリカはもうすぐ退職して、隊長でなくなる。これからはシグルドの子育てに専念して、いずれエドガーと結婚して家庭入りするということを決めていたので、全力で拒否している。


 だが上層部はフレドリカが暴れると分かっていたようで、かなり特殊な勤務形態を提示してきた。フレドリカの主な役目は、女性魔法騎士団員の管理と統率。朝から夕方まで勤務ではなくて、彼女が城にいるのは長くて一日四時間ほど。


 戦闘員や参謀ではなくて、女性騎士団員たちの採用と指導教育をして相談に乗るという、「それってもう将軍とは言えなくない?」というようなものだった。


 とはいえ今のラルセン王国魔法騎士団に足りていないのが、この新将軍のような役割だ。女性だから、と軽視され昇格も望めないのではなくて、優秀な人材であれば男女や生まれ育ち問わずに高みを目指せる体制であるべきだ、と国王も同意したという。


「国王陛下も承認されたのなら、断れないわよねぇ」

「ここまで来るともう、『提案』っていうか『命令』よね」

「た、隊長大丈夫かな……」

「エドガーもいろいろな意味で不安だ」


 口々に好き勝手なことを言う部下たちの傍ら、エドガーがせっせとフレドリカを励ましていた。


「隊長のお人柄が評価されたということですよ!」

「そんなことを言われても! 私、シグルドと一緒に過ごしたいのに……」

「あ、ええと……隅っこの方に、『息子を連れての出勤も可とする』とありますよ」

「何それ!?」

「陛下は何が何でも、隊長に将軍になってもらいたいようですね」


 ううー、とフレドリカはうめき……そして手を伸ばして、エドガーのサーコートの端を掴んだ。


「隊長?」

「……エドガーも、いてくれる?」

「えっ」

「隊長になるから、忙しいと思うけれど……仕事の合間でいいから、私たちのところに来てくれる?」


 しゅん、としょぼくれたフレドリカが、甘えるような眼差しでエドガーを見上げた。


 フレドリカは、知らないだろう。

 いつも凜とした彼女が滅多に見せない弱々しい姿ですがると、エドガーがとても喜ぶのだということを。


「ええ、もちろんです! 一日何度でも、おそばに行きます!」

「や、それはさすがに第六部隊の皆に申し訳ない」

「ええー、全然いいですよぉ?」

「あたしたちだって、隊長と息子ちゃんがエドガーと一緒にいると嬉しいし?」

「……なんとか、回っていけると思います」

「多分、大丈夫」


 それまで会話に入ってこなかった四人にも言われて、フレドリカはうっとうめいた。


「それはさすがにだめなんじゃ……」

「あ、いいこと思いつーいた! いっそ第六部隊をフレドリカ将軍の直属の部下にしちゃうってのはどう?」


 カタリーナが軽い調子で提案すると、部下たちがわっとその案に乗った。


「す、すごく大胆だけど……悪くないと思う」

「妥当だな」

「いいじゃん、将軍直属部隊! それならエドガーだって隊長として、将軍のそばにいられるし?」

「……いいですね、それ」

「こらっ、エドガーまで!」


 一番まともそうなエドガーさえ真剣な顔で同意するのだから、体を起こしたフレドリカは恋人の頭に軽く手刀を落とした。







 ……だがこの案をブリットとカタリーナが提案書の形でまとめてしまい、それが上層部のもとに持ち込まれた。

 その結果、なるほどそれもいいだろう、と考えた彼らは国王にも報告し、国王も承認してしまった。


 ということでフレドリカはラルセン王国魔法騎士団の歴史上、いろいろな点で「初」となる将軍となった。


 名字を持たない孤児であり、女性であり、しかも既に子どもがいる。

 勤務内容は主に女性と若手騎士の育成で、勤務時間は四時間ほど。


 一歳になった息子を抱えて出退勤する姿は最初こそ皆から物珍しい目で見られたが次第に当たり前の光景になり、後に彼女に倣って子どもを連れて出仕する騎士や兵士も増えたとか。


 また彼女が隊長を務め、副隊長だったエドガーが跡を継いだ元第六部隊はそのまま、将軍直属の親衛隊となった。

 隊長エドガーはたいていフレドリカ将軍のそばにおり、上官の手足となって精力的に働いていた。


 隊長は将軍と恋仲で、将軍が連れている息子の父親でもある。だが仕事中の二人の間には甘さの欠片も見られず、本当に子どもを作った仲なのかと訝しまれていた。


 二人がいかに互いを愛しているかを知るのは、親衛隊の古参たちと自宅で働く使用人たち、そして――二人を「ママ」「パパ」と呼ぶ、シグルドだけである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自らの手を直接汚した殺人(未遂)の犯罪者だったオットーですが、将軍位剥奪だけとか羽のように軽い処分ですね。 平民落ち財産ボッシュートで労役刑ぐらい食らっても良さそうですが。
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