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28 裏切りの真実

「あなたは……おまえは、私をあの渓谷で殺そうとした。魔物の攻撃による爆発で死んだと見せかけるために……!」


 フレドリカが声を絞り出すと、オットーの口元がぴくっと動いた。


「私が、魔物を全て倒しそうになったから! あのまま私が生還すれば、自分にとって不利だから……だから滝のところで待ち構えて、爆弾を投げたのでしょう!? あの場で確実に、私を殺すために!」

「……」

「どうして……どうしてここまで、私を狙うの!? そんなに、元孤児の女部隊長が疎ましかったの!?」

「そうだ」


 オットーの答えはあまりにも簡潔で、あっさりしていて――だからこそ逆に、不可解だった。


「なんで!? 元孤児の部隊長が、女の部隊長が、禁じられているわけではない。私は正規の方法に則って、部隊長になった! それでも、私の存在は認められないの!?」

「そうだ」


 オットーは、答えを繰り返す。もう、何も疑いようがなかった。


 オットーがフレドリカの妨害を続けたのは、女部隊長を排除したかったから。禁止されているわけではないもののこれまで一人も存在しなかった、初めての女部隊長になるのを、阻止したかったから。


 女が男を支配するのを、嫌うから。


「女は、ろくなことをしない」

「私は成果を立てた! そうでしょう!」

「だが、自分の部下を襲った」


 はっ、とフレドリカは息を呑み、シグルドを抱きしめる。


「おまえが男であれば、副隊長を望まぬ子持ちにすることはなかった。未来ある部下を、絡め取ることはなかった。部下の将来を、閉ざすことはなかった」

「……ち、ちが……」

「おまえがまいた種だ。おまえが……女だから、こうなった。違うのか?」


 違う、と言いたい。


 自分がエドガーを誘ってしまったのは、無茶な作戦を決行することになったから。だから、オットーのせいではないか。


 ……だがもっと自分が理性的だったら、本当にエドガーの未来を考えていたのなら、彼に別れを告げるなりしてきれいなまま、送り出してやれたのではないか。


 フレドリカが浅慮だから……エドガーを、部下たちを、傷つけた――






「違います」






 凜とした声が、響いた。


 そして、オットーの背後にあった壁がミシリと悲鳴を上げ――スパンスパン、と石の壁が切り崩された。


「きゃっ!?」

「なっ……!」

「すみません、話の途中からしか聞こえなかったのですが……どうやら、僕の未来の妻が罵倒されているようなので」


 がらがらと崩れる瓦礫の向こうに、光る槍を手にした青年が立っている。もうすぐ夜になろうとする春の空をバックに立ち、柔らかい金色の髪が風を受けてそよいでいる。


 そのハシバミ色の目に見つめられると――助かった、という言葉が胸の奥に浮かぶ。


「エド……!」

「お迎えが遅くなり、申し訳ございません」


 エドガーは床に座り込むフレドリカを見て悲しそうに目尻を垂らし、彼女の腕の中で「ぱっぱ!」と声を上げるシグルドを見て微笑み――そして、オットーの喉元に光り輝く槍の穂先をあてがった。


「オットー・バックマン将軍。僕の恋人と息子に、何をなさろうとしたのですか?」

「……ふっ、何のことだか?」


 最初こそエドガーの派手な登場に驚いていた様子のオットーだが、しれっとした顔で言った。


「私はただ、今後のことについて部隊長と話をしていた。……貴様こそ、よくもまあ派手に壁を壊してくれたものだ」

「『話』なんて生ぬるいものではないでしょう。フレドリカのことを疎ましく思っていた将軍は、彼女を殺そうとしたのではないですか?」

「……おお、なんということだ! 見損なったぞ、エドガー・レヴェン!」


 いきなりオットーは身を震わせ、嘆き悲しむようにため息をついた。


「おまえは、見所のある若者だと思っていた。だがまさか色恋にうつつを抜かし、将軍たる私にあらぬ罪を着せようとするとはな」

「戯れ言を……」


 エドガーは秀麗な顔をしかめるが、オットーはエドガーの怒りをも軽く受け流す。


「ほう? 誰がおまえの擁護をする? たかが副隊長と、間もなく引退する隊長の言葉と、長らく魔法騎士団将軍を務めてきた私の言葉。どちらが信用されるかなど、火を見るより明らかだろう?」

「貴様……!」

「……はいはーい。ここにもう一人の将軍がいるってこと、忘れないでくれよ?」


 この期に及んでしらを切ろうとするオットーに殺意を覚えたフレドリカだったが、背後からのんきな声が上がった。……この人の存在を、すっかり忘れていた。


 三人分の視線を受けて床から起き上がったのは、アントン。フレドリカの魔法鞭に横っ面を殴られてからずっと伸びていた彼はあぐらをかいて座り、ははっと笑った。


「いやぁ、さすがフレッドの魔法鞭。一瞬、死んだひいばあちゃんの姿が見えたよ。きっつい一撃、どうも」

「アントン……」

「アントン貴様、使えぬ男が……!」


 オットーは歯を剥き出すが、アントンはへらりと笑って手を振った。


「嫌だな、俺はずっと『使える男』ですよ。……ってことで、バックマン将軍。フレッドを脅迫している内容、ずっと聞いていましたよ」

「えっ?」

「は?」


 呆然とするフレドリカとオットーに、アントンは食えない笑みを向けた。


「え、もしかして本当に、俺が他の将軍や国王陛下を裏切ってあなたに味方していると思っていたんですか? そんなわけないですよ。俺の信念は、昔から一本だけなんです」

「き、貴様、アントン! 私を裏切ったのか!」

「だから裏切るも何も、俺は最初からあなたを見張っていたんです。……自分が能力不足で部隊長になれなかったからってフレッドを目の敵にするの、すーっごく見苦しかったですよ?」

「貴様っ……ぐっ」


 どうやら痛い箇所を衝かれたようでアントンに向けて魔法の短剣を放とうとしたオットーだったが、彼の背中にとん、とエドガーの槍の先が向けられた。

 エドガーが少し手を動かせば、皮膚と肉を突き破って心臓を貫くだろう位置に。


「今のヴァルデゴート将軍のご説明で、だいたいのことは分かりました。……そのような……そんなくだらない嫉妬心で、リカを追い詰め、傷つけ、騙してきたのか……!」

「おのれっ、エドガー・レヴェン……!」

「リカを泣かせ、悲しませ、辛い決断をさせたのは、おまえだったのか……!」

「待って、エド」


 今にも手に持つ魔法槍を前に突き出そうとしていたエドガーに、フレドリカは声を掛けた。


「それ以上は、やめて」

「しかしっ……!」

「シグルドが見ているわ」


 フレドリカが腕の中の息子を持ち上げると、シグルドは父親の顔を見て「ぱぱー?」と首をかしげた。


 その瞬間、エドガーははっとした顔になって顔から殺気を消し、魔法槍を下ろした、すかさずアントンが前に出てオットーの首根っこを掴んで床に引きずり倒したので、エドガーはフレドリカたちの前に来て床に膝をついた。


「……申し訳ございません。僕は……息子の前で、なんてことを……」

「シグルドも、悪い人から私たちを守ってくれたのだと、分かってくれるはずよ。……でもどうか、今は」

「はい、もちろんです」


 エドガーはくしゃりと笑って腕を伸ばし、シグルドごとフレドリカを抱きしめてくれた。


「エド……」

「話は少ししか聞こえなかったのですが。少なくとも僕は、あなたに望まぬことを強いられた覚えはありません」


 は、とフレドリカが息を吐き出すと、顔の位置をずらしたエドガーがこつん、と額と額をぶつけて間近で見つめてきた。


「あなたの恋人になったことも、あなたのおねだりを受けて抱いたことも、シグルドの父親になったことも。一つとして、僕が望まなかったものはないです。むしろ、あなたと出会ったこと、あなたを愛したこと、シグルドと出会えたことの全てが、僕の人生を飾ってくれる美しい出来事なのです」

「エド……」

「愛しています。これまでも、これからも……あなたとシグルドをずっと、愛し続けます」


 ぶわっと目尻が焼けたように熱くなり、小さく笑ったエドガーがフレドリカの目元を拭ってくれた。


「もう大丈夫ですよ。……それから、シグルド」


 エドガーは息子の髪を撫で、微笑んだ。


「一歳の誕生日、おめでとう。生まれてきてくれて……ありがとう」


 父親に誕生日の祝福をされたシグルドは青色の目を瞬き、そしてふわっと嬉しそうに笑ったのだった。

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