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23 誕生日の約束

 冬が終わり春を迎え、魔法騎士団第六部隊は新体制に向けて動いていた。


 フレドリカの退職は、事故から丸二年目の日に決まった。エドガーの隊長引き継ぎ申請は既に送っており、審査が通れば引き継ぎ完了である。


 ここでも例の、オットー・バックマンなどは「無責任な」と苦言を呈したが、その他多くの将軍が「副隊長に引き継ぎをしてから引退するのだから、むしろ責任のある行動ではないのか」と反論してくれたのがありがたかった。


 隊長就任には最低五人の部下が必要だが、新人の仮入隊の手続きも終わっている。

 皆で考えた結果、いつぞや訓練中に声を掛けてきた少女騎士二人と、同じ場面にいた少年騎士一人に誘いを掛けたところ、大喜びで話を受けてくれた。彼らが入隊できるのはエドガーが隊長になってからなので、夏に向けて鍛錬を続けているそうだ。


(結局、私の記憶は戻りそうにないわね……)


 冬から春にかけて様々な場所に行き、資料を読み、いろいろな人と話をしてきた。だが、過去の記憶を取り戻したり魔法武器の才能を思い出したりすることはなかった。


 それを残念がっていたのは最初のうちだけで、部下たちは「ま、記憶がなくても隊長は隊長だしぃ」「生きているだけで十分ですもん!」と気にした様子もなかった。アントンも、「無理に思い出さない方がいいのかもな」と言っていた。


 引退したら、アントンの別宅から引き上げることにしている。

 シグルドもすっかりあの家に慣れたしメイドたちとも仲良くなれたが、使用人全員を引き抜いて養えるほどのお金の余裕はない。フレドリカの引退とエドガーの隊長就任が終わるとすぐに結婚を報告し、王都に小さな家を買ってそこで三人で暮らそうという話になっていた。


 シグルドのことを公表できる時期になったらやっと、シーリとニルスにも諸々の報告ができる。それに、療養中のエドガーの母にも身の潔白を知らせられるし、孫の顔を見せられる。


 夏になったら、全てがうまくいくはず。

 それなのに。


「……リカ、何か悩みでもあるのですか?」


 ある春の日の夜、自宅にエドガーを呼んで一緒に夕食を食べているときに恋人に尋ねられた。


 エドガーは自分の食事をしながら、隣のベビーチェアに座るシグルドに離乳食をあげている。そろそろ卒乳の時期だし乳歯も増えているので、離乳食を食べさせるようにしていた。

 フレドリカが介助をするときにはよく暴れるのに、エドガーにしてもらうときはとてもおとなしいのが少し悔しいと思いつつも、親子の心温まる光景にほんわかできていた。


 エドガーのおかげでゆっくり肉料理を食べられていたフレドリカは、恋人に聡く尋ねられてぎくっとする。


「えっ? いえ、言うほどのことはないわ」

「本当ですか? あなたは昔から、何もかも一人で抱え込みすぎです。何度、僕たちをもっと頼ってくださいとお願いしたことか」


 エドガーはそう言いながら、眉根を寄せている。

 あまり怒ることのない彼だが、フレドリカが無茶をしたり我慢をしたりするとわりとすぐにこんな表情になる。恋人に無理をさせたくないし、そんなときに自分を頼ってくれないのも悔しいのだろう。


(……こういうときのエドガーはなかなか引いてくれないって、分かってしまったわ)


 やれやれと思いつつ、ナイフとフォークを置いたフレドリカはため息をついた。


「……ちょっと、昔の私について考えていたの」

「何か気懸かりなことでも?」

「あなたから話を聞く限りの情報ではあるけれど、その……二年前の別れの日に、私、ついてこようとするあなたを追い払ったのよね」

「……はい」


 シグルドの口元を拭いてやってから、エドガーはフレドリカの方を見てきた。


「そもそもあなたは当初の作戦場所とは別の、例の滝の方に行っていました」

「そう、それも気になっているの。それに……」


『だから、さようなら』


 その言葉が、引っかかっていた。


(まるで、滝での爆発事故で死ぬことが最初から分かっていたみたいで……)


 生きて帰る、ではなくて、さようなら、とはっきり別れを告げた。

 もうエドガーに会うのはこれっきりだ、と当時の自分は分かっていたのではないか。


「……私の抜け落ちた記憶には、何かとんでもないものが紛れ込んでいるのではないかと思うの。忘れちゃいけないような……でも逆に、忘れていた方が幸せかもしれないものが」

「それが、僕とあなたの別れのときの言動に繋がっていると?」

「ええ」


 フレドリカはうなずいてから、ぱん、と両手を叩いた。


「なーんて! こんなこと言っても、記憶が戻らないのだからどうしようもないわよね! 今のは忘れて、エドガー!」

「……。……何度も言っていますよね。無理は、やめてください」


 フレドリカのあからさまな空元気に乗せられた様子もなく、エドガーはごく真面目な顔で言う。


「僕はもう、あなたを一人にしたくない。させたくない。あなたを苦しませたくないし、一人で重責を負わせたくない。悩むあなたを放っておくなんて、できません」

「それは違うわ。あなたはこうして私とシグルドのそばにいて、話を聞いて、解決策を出そうと一生懸命考えてくれる。それだけでいいのよ」

「そんなの……僕でなくてもできることです」


 どうやら、エドガーも頑固になっているようだ。

 そんな恋人のことが苛立たしいどころか愛おしく、フレドリカは微笑んだ。


「いいえ、あなただからできる、してくれるのよ。……エド、もし私のことを案じてくれるのなら……過去のことなんてどうでもいい、大丈夫ってくらい、今を楽しませてほしい」

「……」

「もうすぐ、シグルドの誕生日でしょう? 生まれて一年、一歳の誕生日。それを、あなたと一緒に祝いたい」


 フレドリカが言うと、悶々とした表情だったエドガーははっとした。


「シグルドの誕生日……」

「あ、忘れていた?」


 以前教えたはずだが……と思いつつ問うと、エドガーは首を横に振った。


「忘れるはずがありません。むしろ、どうやって祝おうかとずっと悩んでいたくらいです」


 それは、なんともエドガーらしい悩みだ。


「残念ながらまだシグルドを連れて外には出られないから、ここで祝うことになると思うけれど……」

「そうですね。ではその日は、必ずこちらに来ます。プレゼントを考えないといけないな……」

「……あのね、それなんだけど」


 息子への贈り物を考え始めるエドガーに、おずおずと声を掛ける。


「私から、お願いしたいことがあって」

「もちろん。僕よりも、母親であるあなたの方がずっと、シグルドの好みを知っているでしょうからね」

「……。……その日、うちに泊まれないかしら?」

「泊まります」

「早い!」

「言ったでしょう、僕はあなたたちのためなら何でもすると。……翌日に休みを入れておけば、僕が部屋に戻らなくても怪しまれないはずです」


 エドガーは微笑み、にゃむにゃむと口を動かすシグルドの頬をそっと撫でた。


「……ずっと、夜になったら帰らなければならないのを残念に思っていました。シグルドを寝かしつけて、眠るまであなたと語り合い……朝起きたら一番に、あなたにおはようと言いたい。あなたのおはようを聞きたい」

「エド……」

「シグルドの誕生日は、春の三十七日でしたよね? 僕が春の六十五日生まれなので、誕生日も近くてなんだか嬉しいです」

「あら、そうだわ。エドガーももうすぐ、二十一歳ね」

「やっと、少年とからかわれない年齢になれました。……誕生日の日に、必ず来ます」

「ええ、待っているわ」


 フレドリカは微笑み、席を立ってテーブルを回り、エドガーの隣に立った。彼は座っているので、いつもはフレドリカが見上げている彼の顔が目線の下にある。


 少し身をかがめて婚約者の唇にキスをすると、隣でシグルドが嬉しそうに「まーま、ぱぱ!」と声を上げた。

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