21 未来のために
エドガーと恋人同士になってからも、フレドリカの日々のスケジュールは変わらない。
朝、シグルドを子守メイドに託して馬車に乗り、王城に行く。そこで待っていたエドガーと「おはようございます」「おはよう、今日もよろしく」と事務的なやりとりをして、一緒に仕事をしたり書類を読んだり、はたまた上官からのチクチクとした嫌がらせの言葉を聞いたりする。
なお別宅の持ち主でありフレドリカの後ろ盾……とも言える存在のアントンにだけは彼の執務室に行って事情を話したところ、「うわ、おい、まじか。おまえだったのかよ!」と言った後で大笑いし、エドガーの背中をバシバシと叩いていた。
「なんだなんだ! おまえ、やることやってたのか! こんな優男なのによぉ!」
「……やめてください」
「かーっ! かつて騎士団でも飛び抜けてチビの女顔だった男が、まさか俺よりも先にパパになってるとはなぁ……。もしこのままおまえが出てこなかったら、俺がシグルドのパパでーすって名乗り出ていたかもしれんぞ」
「そういう冗談、きついのでやめてください」
むっとしたエドガーが何か言うよりも早くフレドリカは進み出て、大柄なアントンの肩を押した。
「だいたい、シグルドは最初からエドガーがパパだって分かっていたみたいなんです。エドガーが近くにいるときは、いつもご機嫌ですし」
「むっ……」
フレドリカの言葉に、アントンは押し黙る。
……たまに彼もシグルドの様子を見に来るのだが、なぜかほとんどの場合大泣きされるのだ。抱っこしようとするとギンッと目をかっぴらき口の周りをしわくちゃにして腕を突っ張り「拒否」するので、さしものアントンも傷ついている様子だった。
シグルドに拒否されているのを根に持っているらしいアントンはボリボリと頭を掻き、「……で?」とフレドリカたちの顔を順に見た。
「おまえたち、将来的に結婚するんだろ?」
「そのつもりです」
「……部隊のことは、考えたのか?」
「はい」
そうしてフレドリカとエドガーが第六部隊の今後について考えていることを話すと、アントンは少し考え込むように腕を組んだ。
「……そうか、エドガーが引き継ぐのか」
「あなたの提案を却下することになり、申し訳ございませんが……」
「ああ、あの『要求』のことか。確かに俺としては、元同期であるおまえが隊長として戻るのを望んでいた。だがどちらかというと、あのジジイ将軍どもによっておまえが育てた部隊を解体させられるのを防ぎたかったんだ」
フレドリカとエドガーが顔を見合わせると、アントンはからからと笑った。
「第六部隊が解体されたらおそらく、隊員の五人はそれぞれ他の部隊に引き取られるだろう。……そうなったとして、エドガーたちは本領発揮できるのか? いいや、できないと俺は踏んだ。第六部隊でいることで、おまえたちが全力を出せると見ていたんだ」
「……第六部隊員が全員そろったままでいられるのなら、僕が隊長になってもいいと?」
エドガーが問うと、アントンはうなずいた。
「そういうことだ。それに、おまえたちの活力の源はフレッドだろ? フレッドが生きてさえいるのなら、おまえたちは精神的にも安定する。フレッドにシグルドという息子がいること、シグルドの父親がエドガーで、結婚するということを公表しても、あいつらなら大丈夫そうだ。フレッドが引退しても、たまに顔を見せに来てくれたらそれだけで喜ぶんじゃないか?」
「……そう、ですね」
なんだか当の本人である自分よりよほど、フレドリカのことや第六部隊のことを熟知しているようで少し気に食わない節はあるが、アントンの言葉には説得力がある。
なんといっても、フレドリカはこの目で、第六部隊の仲間たちの生き生きとした姿、自分の生還を大喜びしてくれたところを、見ているのだから。
アントンはちらっとエドガーを見た。
「……そういやおまえって、実家のことはどうするんだ」
「イェンソン家のことですか」
「ああ。おまえ、親父と同じ青い目を持って生まれなかったから母親もろとも追い出されたんだろう? シグルドの父親であると公表すれば、おまえの母親の不実も晴らせるし、なんなら長男であるおまえが家長になれるんじゃないか?」
アントンの言葉に、エドガーは苦い笑いを返した。
「今更実家に帰るつもりはありません。ただ……そうですね。母の無実は証明したいのでそれだけは父たちに突きつけて、このまま絶縁したいです」
「いいのか? おまえは魔法騎士団でも有名な若手だし、将来結婚することを考えると家柄はあった方がいいと思うんだが」
「いいえ、私はそのようなことは望みません」
フレドリカは口を挟み、隣に立つエドガーのサーコートの袖をそっと引っ張った。
彼がこちらを見たので、にっこりと微笑みかける。
「目の色が違うからっていう理由だけでエドガーを追放し、エドガーのお母様の不貞を疑うような人との縁なんて、必要ありません。私には、エドガーがいてくれたらいい。それに私、ここ二年ほどは田舎で農業をしていたので、優雅な奥様生活を送れなくても全然平気です」
「……そうですね。僕も、あなたとシグルドと一緒にいられるのなら立派な屋敷でなくても、構いません。やったことはないのですが、必要ならば農業だってこなしてみせます」
エドガーがぐっと拳を握って宣言するので、アントンはやれやれとばかりに肩をすくめた。
「ほんっとうに、腹が立つくらいお似合いだな、おまえたち。……まあ、言いたいことは分かった。まずは、エドガーが第六部隊の隊長を引き継げるように話を進めるってことだな」
「はい。そのためにも、新しい部下を探そうと思っています」
「ああ、そうしろ。……フレッドは覚えていないようだが、おまえたちが活躍するようになってから、第六部隊入りを志願する騎士が増えたんだ。だがおまえは笑いながら、全ての申し出を断った。かつて『女のもとに付くなんて、屈辱だ』と言ったのはおまえではないか、とな」
「……なるほど」
「年長騎士は相手にしなくていいから、若手から見繕ったらどうだ。毎年若手は増えて玉石混淆状態だが、中には必ずいいやつがいる。フレッド……は難しいかもしれないが、エドガーも人を見る目はあるはずだ。おまえに付いてきてくれる優秀な若手を、探しておけ」
「……そうします。ご助言ありがとうございます、ヴァルデゴート将軍」
「ありがとうございます、アントン様」
そろって感謝の言葉を述べると、アントンはからりと笑った。
「いいっての! ……ああ、もし礼をしてくれるんなら、俺が来ても泣かないようにってシグルドに言い聞かせてくれないか? 毎度泣かれると、こう、さすがに堪えるんでな……」
これまでフレドリカやエドガーを散々からかってきたアントンが背中を丸めて言うので、二人は顔を見合わせてから小さく噴き出した。
「それは、難しいですね」
「シグルド次第ですので」
「……ちえっ」
アントンは拗ねたように舌打ちするが、その口元は笑っていた。




