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16 ばれた

 結局フレドリカが帰るまでにエドガーたちは戻れず、本日夜まで勤務予定のカタリーナが、「あいつらの対応はあたしがするんで!」と言ってくれたので、彼女に任せることにしてフレドリカは帰宅した。


(……毎日、邪魔をしに行っているような気になってくるわね)


 ちょうど子守メイドの交代の時間だったので、フレドリカはメイドからシグルドを受け取って庭に出て、ベンチに座ってぼんやりと空を眺めていた。


 生まれてすぐはほわほわの毛が少量生えているだけだったシグルドはすっかり髪がそろい、フレドリカと同じ色の柔らかい髪の毛に触れると気持ちよかった。


「まーま!」とご機嫌のシグルドを抱っこして、フレドリカはもうすぐ春を迎えようとしている庭を見る。


(メイドが、春の花を植えると言ってくれたわ。でも私は、いつまでもここにいられるわけではない……)


 来年の夏になるとフレドリカの事故から二年経つことになり、部隊存続の可否が決まる。その頃に記憶が戻っていれば隊長に戻れるが、戻らなければ部隊は解散となり、フレドリカは王都を離れなければならなくなる。


(シグルドのことを考えたら、シーリたちのところに戻るのが一番よね)


 記憶が戻って隊長としてやっていけるようになれば、シグルドの存在を公表しても安全になる。だがその分、息子と過ごす時間は減ってしまう。そもそも、子持ちの部隊長というのが難しいかもしれない。


 それくらいなら……エドガーが隊長の座を引き継げるようにするのがいいのではないか。あと一人部下が増えればエドガーの部隊として引き継げるし、彼はフレドリカ不在の間も立派に仲間をまとめていたようだから、十分ではないか。


(……エドガーに、その話をしようかしら)


 きっと彼は固辞するだろうが、そろそろ動き始めないと厳しい。フレドリカに対して好意的な上官だって、いつまでも記憶を取り戻せずお荷物でいるようならば態度を変えかねないだろう。


「……私にとってはあなたが一番大切だからね、シグルド」


 シグルドの頬にキスをして言うと、フレドリカのマフラーをもみもみと触っていた彼はいきなり明後日の方向を向き、「ぱー!」と声を上げた。


 何やら嬉しそうに「ぱー、ぱー!」と言う息子が可愛らしく、フレドリカは何を見つけたのだろうかと顔をそちらに向け――


「えっ」

「あ……」


 ハシバミ色の目と、視線がぶつかった。


(どうして……)


 なぜここに、彼がいるのか。


 もうすぐ夜になろうとする空の下、別宅の門の前に灰色の髪の青年がいた。王城からここまで走ってきたのか頬が赤く、肩で息をしている。


 だが彼の目は見開かれ、庭のベンチに座るフレドリカ……よりむしろ、彼女が抱っこするシグルドを凝視していた。


「……エドガー!?」

「隊長……」

「待って、ちょっとあっち向いてて!」


 なぜ、どうして、見られた、気づかれた……頭の中がごちゃごちゃになりながらもフレドリカはまず、シグルドを隠さなければと思い立った。


 この距離なら、シグルドの姿ははっきり見えないはず。運よく彼が「布の塊でも抱えているな」と勘違いしてくれていることを祈りながら、フレドリカは「ぱー!」を連呼するシグルドを抱えて、玄関に向かおうとするが――


「……待ってください!」


 あっち向いてて、と言ったのに従わない部下が早足でやってきて、フレドリカが玄関に逃げ込むよりも早く肩を掴んだ。


「いっ……!」


 正直そこまで痛くはないが、いきなり掴まれたことへの抗議も含めてフレドリカがうめくと、エドガーは「すみません、でも……!」と焦ったように言う。


「隊長。その、腕の中のは……」

「……知らない」

「隊長」

「うるさい! エドガー、あなたは何も見ていない、何も知らない! 来ないで、帰って……!」


 シグルドを見られるまいとフレドリカは身をよじって、自分の背後に迫るエドガーに肩からぶつかった。だがフレドリカより年下とはいえずっと身長が高くて体重もあるエドガーはそれくらいではびくともせず、むしろよろめいたフレドリカを支えてくれた。


「待ってください、隊長! 僕、今日の遠征先でもらった差し入れのお裾分けをしようと……。カタリーナに聞いたら、だいたいの家の場所を教えてくれたので……」

「そんなのどうでもいいから! 離して、離せっ――」

「ぱー!」


 もみ合う二人は、シグルドの声を耳にしてはっと黙った。


 先ほどまではフレドリカに抱っこされてその胸元に顔を埋めていたシグルドが、ばっちりとエドガーを見ている。珍しい輝く青色の目でフレドリカの肩越しにエドガーを見て、キャッキャと嬉しそうな声を上げている。


 見られた、ばれた。どうしよう。


 さっと青ざめるフレドリカは動けずにいたが、それはエドガーも同じだった。

 彼は自分を見つめるシグルドを穴が空くほど凝視し、「え」と声を漏らした。


「この子は……」

「……私の、子よ。シグルド。今年の春に、生まれたの」


 もうごまかせない。だが、この優しい副隊長ならばきっと、秘密にしてくれる。

 そんなすがるような気持ちで振り返ったフレドリカはぐすっと洟をすすって、エドガーを見上げた。


「エドガー、どうか内緒にして。この子のことを知られるわけにはいかないの。知っているのは、この家の使用人とアントン様、それから国王陛下くらいで……魔法騎士団の上官たちには、ばれるわけにはいかないの。だから、お願い」

「っ……」

「エド――」


 よろり、とエドガーがよろめいた。彼の手の中から、差し入れが入っているらしい袋がぽとんと落ちる。


 彼は真っ青な顔で口をぱくぱく開閉させていたが、やがてふらつきながらきびすを返し、そのまま全力ダッシュで門の外に飛び出してしまった。


(……ええーっ!?)


「嘘、エドガー……待ってよ!」


 まさかの逃亡をかまされ、フレドリカはぎょっとした。だが子どもを抱えている上に鈍足の自分では追いかけようという気にもなれず、彼の姿が夕闇の中に消えるのを見守ることしかできなかった。


 エドガーに、見られた。知られた。

 そして、「内緒にして」という言葉の返事を聞けないまま、逃げられた。


「ど、どうしよう、どうしよう……?」


 彼のことだから、言いふらしたりはしないはず。……はずだが、今のエドガーはどうにも様子がおかしかった。いつもと違う錯乱状態の彼が、つい口を滑らせる可能性もなきにしもあらずだ。


 しばし呆然としていたフレドリカだが、はっとして家に駆け込む。

 そうして奥のキッチンで夕食の準備をしていたため騒ぎに気づかなかったメイドと、そして今ちょうど交代のためにやってきた子守メイドに慌てながら事情を説明すると、二人は真っ青になった。


「それは……なんということでしょう!」

「申し訳ございません、お嬢様! 私がもっと早く来ていれば……!」

「もう過ぎたことは仕方ないわ。それより、確実にエドガーの口封じをしないと……」


 焦りのあまり若干物騒な言い方をしていると自覚しつつフレドリカが言うと、メイドはうなずいた。


「まずは旦那様……アントン様にご報告しましょう」

「アントン様なら、エドガー殿を捕まえてくださります!」

「そ、そうよね」


 フレドリカが落ち着いていないとシグルドも不安になってくるため、まずは母子二人でゆっくり心を落ち着かせるようにとメイドに促されて、フレドリカは部屋に上がった。

 すぐにメイドが指示を出したようで、いつも通勤の際に世話になる御者が馬車を走らせる音が、かすかに聞こえてきた。


(エドガー……お願いだから、誰にも言わないで……!)


 シグルドを寝かしつけたフレドリカは、自分のうかつさを呪うしかなかった。

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