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15 優しさの理由

 フレドリカが王都に戻ってきて数十日経過したが、記憶が戻る気配は一向に見られなかった。


 またフレドリカの目的の一つである、「フレドリカの無事を聞いた恋人が、会いに来てくれる……かもしれない」作戦だが、こちらも難航していた。魔法騎士団部隊長フレドリカが帰還したことは新聞にも載ったそうだが、それでも恋人を名乗る男は現れない。


(王都にいないのか、それとも私のことを捨てて別の女の人と結ばれているとか……)


 十分考えられることで、ため息をついてしまう。


 思えば、フレドリカが行方不明になってもうすぐ二年になろうとしているのだ。よほど献身的で一途な人ならともかく、「生死不明」状態の恋人の帰還をいつまでも待つ人ばかりではない。

 フレドリカが懐妊していたことも知らないだろう相手の男はもう、フレドリカに見切りを付けて他の女性と交際、結婚しているかもしれない。


(もしそうだとしても、私に記憶がない以上探すこともできないわね……)


 何もかも、進展なしだ。


 そんなフレドリカだが部下たちは優しく、今日はブリットとカタリーナの二人に横をガードされて魔法騎士団の棟を歩いていた。


「いつだったかなぁ。あたしとブリットが仕事でポカしちゃったとき、この辺で二人でいじけてたんです」

「隊長は慰めてくれたし、エドガーたちもあたしたちの失敗をフォローしてくれたんだけど、それがまた申し訳なくて」


 そう言う二人に案内されたのは、騎士団棟の一角にある倉庫の横だった。なるほど、薄暗くて人通りの少ないここは、落ち込むのに最適の場所かもしれない。


「そうしたらさ、隊長が来たんですよ」

「絶対に見つからないと思ってたのに、わりとあっさり来ちゃって」

「うわこれはマジ叱られるかもー、って思ってたら、隊長もここに座り込んで一緒に話をしてくれたんです」


 過去のことを話す二人は、懐かしそうに美貌を緩めている。


「あのときは、嬉しかったなぁ」

「あ、隊長、あたしたちのこと見捨てないんだ、って思えて」

「……私は、そんなことをしていたんだな」


 まったく記憶にない自分の過去を聞かされたフレドリカは、なんとなく気恥ずかしい気持ちになってくる。


「そうですよぉ。だからあたしたち、今隊長が困っているときに全力で力を貸したいんです」

「そもそも隊長に拾ってもらえなかったら、あたしたちは誰にもスカウトされずに騎士団から追放されていたかもしれないですし」

「困ったときはお互い様、ですよ」


 にこっと美女二人に言われるので、フレドリカはおずおずと微笑んだ。


「そう言ってくれるとありがたい。……せっかくだから、ここで少し話していくか?」

「いいですね、さんせー!」

「ほらほら、隊長はこっちです! こうやって座ってたんですよ!」


 ブリットに手を引かれて、フレドリカは倉庫の横に座った。今は冬だから、床はひんやりと冷たい。サーコートが厚手の生地でよかったと思う。


 膝を三角形にして座るフレドリカとは対照的に豪快にあぐらをかいた二人は、「そういやーさー」と雑談を始めた。


「カタリーナは前の彼、どうなったの?」

「あー、あいつ? この前の給料の額を教えたら、俺よりおまえが稼ぐなんて! って逆ギレしたからフッたわ」

「うわ、そいつありえねー。フッて正解よ、正解」

「……自分より恋人の方が給料が多いと、怒る男性もいるのか」


 ぼそっとフレドリカが言うと、ブリットたちは「そうなんですよ!」と愛らしい顔をゆがめた。


「あいつら、女をなんだと思ってるんでしょうかね!」

「給料が低いのはおまえのせいだろバーカ! って感じです!」

「隊長もいい人が見つかっても、ちゃんと見極めるんですよ!」

「隊長より稼げないからって逆ギレする男はだめですからね!」

「はは……肝に銘じるよ」


 ……実際フレドリカは誠実なのかそうではないのか分からない男との間に息子を産んでいるので、若い二人の助言は耳に痛かった。


「というか。隊長って記憶喪失になってから、そーいう関係の人はいないんですか?」

「そーいう関係?」


 思わず聞き返すと、美女二人がぐいっと迫ってきた。


「彼氏のこと。前から思ってたけど隊長ってきれいなお姉さん系だから、そういうのが好きそうなやつが寄ってきそうなもんだけど」

「そ、そんなことない」


 ブリットに褒められて、フレドリカは慌てて首を横に振る。


 記憶喪失になってから二年ほど経つが、残念ながら言い寄られたことは一度もない。

 そもそも川沿いの集落には若い男性がいなかったし、王都に来てからも近くにいる若い男は部下三人かアントン、イヤミを言ってくる魔法騎士団員くらいだ。


 フレドリカの言葉を聞いたカタリーナが、ふむ、となぜか真剣な顔になった。


「……ずっと思ってたんですけど。何だかんだ言ってエドガーなんて、いいんじゃないですか?」

「えっ」

「あたしも思ってた。あいつって前から、隊長を見る目がむちゃくちゃ優しいというか愛情がこもっているって雰囲気で、絶対に好きだろおまえって感じでしたもん」

「隊長が帰ってきてからもあいつ、優しいでしょ? 好きになったりしません?」

「好きに、って……」


 そんなことを言われても、困る。


 エドガーは確かに優しくて、いつも進んでフレドリカのそばにいてくれる。魔物退治に行くときにはフレドリカの近くで守ってくれるし、フレドリカがアントンや他の将軍に呼ばれたときにも必ず、付き添いを申し出てくれる。


 それは副隊長として隊長のことを案じているからであり、一人で歩かせるとどんな問題に巻き込まれるか分からないフレドリカを監視するためであるのだろう、と思っていた。


 そこに、恋愛の情はない。……いや、もしあったとしても。


(エドガーが私のことを好きだとしても……それは、今の私じゃない。過去の私なのよ)


 彼が優しいのは、過去のフレドリカに魅力を感じているから。過去のフレドリカが、彼を最初の部下にしてあげたから。


 今のフレドリカに優しいのは、過去の「借り」があるからに過ぎないのだ。


(とてもいい人だとは思っているけれど……)


 それこそ、彼とシグルドの目の色が同じでないことが残念だと思えるくらいには。

 もしエドガーが秘密の恋人だったなら、過去の自分はとても幸せだったのだろう、と思えるくらいには。


「……よく分からないな。今の私は中途半端な記憶しかない状態だし、彼に好きという想いを抱いてもいいのかさえ分からないんだから」


 フレドリカが苦笑しつつ言うと、部下二人は「そうかなー」「そういうものかなー」と首をかしげていた。


(……そういえば今日、エドガーは外に出ているんだったっけ)


 今城内にいるのはフレドリカたちだけで、男三人は郊外に出ている。勤務時間内に帰れるかどうか分からないが、もし時間までに帰れるなら顔を見せると言っていた。


(……今はちょっと、エドガーの顔を見ない方がいいかも)


 そんなことを、思ってしまった。

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