12 第六部隊
エドガーに案内された先にあったのは、「第六部隊」というプレートの掛かった部屋。
「部隊の者は、僕を含めて五人です。隊員五名が部隊を構成するための最低人数なので、ぎりぎりですね」
「ぎりぎりだな」
「でも皆、いいやつです。……皆、隊長を連れて来――」
「たいちょー!」
「待ってましたー!」
エドガーが少し開いたドアは途中から内側の力によってぐんと引き開けられ、そのせいで部屋に倒れ込んだエドガーと入れ替わりになるように、二人の美女が飛び出してきた。
どちらも二十歳そこそこと見え、片方は金髪、片方はブルネットで、どちらも胸がとても大きい。青いサーコートの下のブラウスは魅力的な肢体を見せ付けるかのように、胸元が大きく開いていた。
二人は床に倒れそうになるエドガーには一瞥もくれず、ドアの前でぽかんとしていたフレドリカを見るなり、「きゃーっ!」と声を上げた。
「やだやだ、本当に隊長だー!」
「てか、それって隊長の私服!? 超可愛いんだけどー!?」
「あ、あの……?」
「……ブリット、カタリーナ。隊長には記憶がないのだから、君たちがいつものノリで迫るとお困りになるでしょう」
なんとか床に倒れずに済んだエドガーが振り向きながら美女二人に言うが、彼女らは「えー」と不満げな声を上げる。
「でもでも、隊長を前にしておしとやかにするなんて無理だしー」
「あたしたちがこのノリで行った方が、隊長は記憶を取り戻しやすいかもよー?」
「てかエドガー、なんであんたが隊長の案内役なのよ」
「それは、僕が副隊長だからで……」
「あんたは書類仕事をしてなよ。あんたがうちで一番字がきれいなんだから、ほら、やったやった!」
先ほどは男たちに対して果敢に言い返していたエドガーだが、美女二人がかりで責められてぐっと言葉に詰まっている。なお、彼の向こうには小太りの青年と小柄な少年もいた。おそらく彼らも部隊員なのだろうが、せっせとお茶の用意や掃き掃除をしている。
隊長を含めると男女比が同じの、この部隊。男性たちよりよほど、女性たちの方が強いようだ。
(私、この人たちと一緒に仕事をしていたんだ……)
まったくそんな記憶のないフレドリカは正直、先ほど男三人に囲まれたときよりよほど、怖い思いをしていた。だが美女二人はフレドリカを見ると、にっこりと笑った。
「ってことで……あたしは、ブリット。隊長より二つ年下の、二十二歳でーす」
「あたしはカタリーナ。今年二十一歳になったばかりの花も恥じらうお年頃よ!」
「ええと……ブリットさんと、カタリーナさんね」
一応丁寧に呼びかけると、二人は「やだもー!」と笑顔で嘆いた。
「隊長に『さん』なんて言われたら、お肌がぶつぶつしちゃう!」
「あたしたちのことはカタリーナとブリットでいいのよ!」
「あたしたちよく、三人でお茶をしていたの。隊長と一緒に飲むお茶、おいしかったなぁ」
「そうなの……か。それでは時間があったら是非、お茶をしたいな」
フレドリカが二人の勢いに少々気圧されつつも笑顔で言うと、二人とも飛び上がって喜んだ
「わーい、やった! また隊長とお茶できる!」
「隊長がおいしいって言っていたお菓子、買ってくるからね!」
「ええ、ありがとう」
二人はその後もフレドリカにつきまとおうとしていたが、エドガーが心を鬼にして「これは君たちに任された書類でしょう!」とデスクワークを押しつけられるのを拒否したため、二人ともぶうぶう言いながら書類を受け取った。残りの男二人はおどおどしっぱなしで、「ど、どうも」「また隊長に会えて、嬉しいです」と非常に丁寧な物腰で言い、お茶を出してくれた。
詰め所で小休憩してからエドガーと一緒に部屋を出ると、彼はやれやれとばかりに肩をすくめた。
「その……すみません。変な人たちばかりで」
「……でもその変な人たちを部下にしたのは、私なんだよね?」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
遠回しにフレドリカの趣味を貶してしまったと思ったのか慌てるエドガーに、フレドリカはふふっと笑ってみせた。
「大丈夫だよ。……ちょっとしか接していないけれど、よく分かった。私、この部隊のことが本当に好きだったんだろうなぁ、って」
「隊長……」
「……五人とも、私の帰りを待っていてくれたんだね」
廊下の窓から見える外の風景に視線をやりながらフレドリカが言うと、エドガーがうなずく気配がした。
「……はい。実は僕も含めて五人とも、騎士団であまり評価の高くなかった者ばかりなのです。ブリットカタリーナは……見てのとおりあんな感じですし、残りの二人も消極的なので、どこの部隊長からも声が掛からなかった」
確かに、五人の中で一番エドガーが常識人で、残りの四人はなかなかの個性派だった。
(過去の私は、変わり種が好きだったのか……それとも、他に私の呼びかけに応じてくれる人が、いなかったのか)
後者だと四人に失礼だが、フレドリカが皆に軽んじられていたことを考えると、後者の線も十分にありそうだ。
「だから僕たちは、隊長のことが大好きなんです。……あなたが爆発に巻き込まれて行方不明になったと聞いたとき、ブリットとカタリーナは抱き合って泣いていました。僕たちも、茫然自失で……でも、誰一人としてあなたの生存を諦めなかった」
フレドリカは、横を見た。
エドガーもこちらを見ていたようで、彼のハシバミの目と視線がぶつかる。
「僕たちは休暇をずらして取得して、順にあなたの行方を探った。あなたの姿を見た者はいないか聞いて回り、王都の警備では目を皿のようにした。他の部隊の者にからかわれても、死者にすがっていると揶揄されても……絶対に隊長は生きている、と必ず言い返した」
「エドガー……」
「だから、あなたが帰ってきてくれて本当に嬉しい。……記憶なんて、戻らなくていいんです。もう、戦えなくてもいいんです。……ただ、あなたが生きて帰ってきてくれただけで、僕は……僕たちは、嬉しい。この一年半の努力が報われたのだと、そう思えるのです」
エドガーの視線が、言葉が、とん、とフレドリカの胸を叩いた。
記憶が、戻らなくてもいい。戦えなくてもいい。
それは過去のフレドリカからすると、とんでもない屈辱かもしれない。
だが、フレドリカが生きて王都に戻ってきただけで、エドガーたちは救われた。もしこのままフレドリカの力が戻らず、あと半年しか猶予がないという部隊解体まで間に合わなくても……フレドリカは生きて帰ってきたのだからと、皆は前を向けるのかもしれない。
(もし、そうなら……私が帰ってきた意味は、間違いなくあったのね)
「……ありがとう、エドガー。そう言ってくれると、私も王都に来てよかったって思える」
「隊長……」
「でも、だからこれでおしまい、って言うのは違う気がするんだ」
フレドリカは微笑んで手を伸ばし、とん、とエドガーの肩を軽く叩いた。
「私、この半年間でできることをしてみたいんだ。魔法鞭とか、まったくやり方が分からないし、仕事の仕方とかも何も分からないけれど……できる限りのことはやってみる。それでだめだったとしても、やりきったという気持ちで田舎に帰れるはずだから」
「……」
「だから、なんというか……絶対にエドガーたちの邪魔になるし仕事を増やすだけだと思うけれど、これから半年、よろしくお願いします」
ここだけは、と思って最後だけ敬語で言うと、エドガーはしばし黙った後に、なぜか小さなため息を吐き出した
「……本当にあなたは、記憶がないというのに――」
「え、何?」
「いえ、何でもありません。……邪魔だなんて、とんでもない。さっきの詰め所の様子をご覧いただいて分かるように、あなたがいるというだけで僕たちの気力が湧き、頑張ろうと思えるのですよ」
エドガーはそう言って微笑み、廊下の奥の方を向いた。
「喜んで、あなたのお手伝いをさせていただきましょう。……では、棟の説明に戻りましょうか」
「うん、よろしく」
エドガーと並んで歩きながら、フレドリカは彼の横顔を見て思う。
……シグルドの目がエドガーと同じハシバミ色だったらよかったのに、と。