10 魔法騎士団にて①
昼に宿に戻ってきたシーリとニルスは、もう既にそこにアントンがいるのを見て驚いていた。
だが彼の話を聞いた二人は神妙な顔になり、そしてしばらくの間彼の別宅にフレドリカとシグルドが滞在することを聞くと、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、将軍閣下」
「……フレドリカとシグルドを、よろしくお願いします」
「気にすることはない。……フレドリカはあなた方の娘、シグルドは孫のような存在だろう。私が責任を持って世話をするから、安心してくれ」
アントンはフレドリカに対するときとはまったく違う威厳たっぷりな態度で二人に言ってから、フレドリカたちを別宅に移す手続きを進めてくれた。「四肢をもがれる」の話は、彼の名誉のために二人には内緒にしてあげようと思った。
残念ながらシーリとニルスは数日後には家に帰らなければならないので、ここでお別れとなる。フレドリカはシーリから「やるべきことも、シグルドのことも大切にするのよ」と涙ながらに言われ、ニルスからは「……無事で」と言葉少なだが力強いハグを送られ、彼らと一旦の別れをした。
シグルドは祖父母のような存在の二人との別れに最初はイヤイヤしていたが、「やることが終わったら、じいじとばあばに会えるからね」としっかり言い聞かせると、唇を引き結んで受け入れてくれた。まだ自分から言葉はしゃべらないが、きっとフレドリカたちの言葉はしっかりと届き、理解してくれたのだろう。
数日滞在した『青いガチョウ亭』を後にして、フレドリカは宿の前まで迎えに来ていたヴァルデゴート家の馬車に乗り、王都のはずれにある別宅に向かった。
(一番小さい別宅ということだけど……十分広いわ!)
馬車から降りた先にある別宅は、田舎の川のそばにあるシーリとニルスの家よりずっと大きく、庭も広かった。入り口のところにはアントンが雇ったという使用人たちがそろっており、「お嬢様とおぼっちゃまのことは、我々にお任せください」と言われた。
もう自分は一児の母だし、「お嬢様」と言われるような身分でもないのだが、フレドリカは未婚なので「奥様」ではないし、彼らにとっての「旦那様」であるアントンの友人なのだから十分「お嬢様」になるそうだ。
別宅は二階建てで、二階がフレドリカとシグルドのための階、一階が使用人たちの居住場所だった。アントンが雇った使用人は合計五人で、そのうちオールワークスメイド一人は常駐で、キッチン専門メイドも朝から夕方までいてくれる。シグルドの面倒を見てくれる子守メイド二人も交代制で必ずどちらかは配置されているので、フレドリカも安心できた。
なお宿でアントンが書いた念書は、書き写したものが一階の廊下に張り出されていた。そこにはちゃんと、「アントン・ヴァルデゴートがいわれなくシグルドに危害を与えた場合、アントン・ヴァルデゴートを国王陛下の御前における四肢八つ裂きの刑に処す」と書かれていた。
引っ越しをした翌日、フレドリカはシグルドにお乳をやって頬にキスをしてから、別宅を出発した。
使用人の一人である御者はフレドリカの外出時の専属で、魔法騎士団詰め所のある王城までの往復は彼が担当してくれる。あまりしゃべらないが、無口なことでかえって信頼できる気がする中年の男性だった。
馬車はまず、王城の一般開放部分を通る。その先の大きな門の前で検閲を受けるが、フレドリカがこわごわと「魔法騎士団のフレドリカです」と言い、アントンが再発行手続きをしてくれた身分証明書を出すと、すぐに中に通してくれた。
関係者のみ立ち入れる区域は、ほのぼのとして明るい雰囲気だった一般開放部分よりいかめしく、兵たちも控えていて物々しい雰囲気だ。だが、この先に王侯貴族たちがいるのだから、これくらい警備がしっかりしていて当然だろう。
(過去の私は、ここで毎日働いていたのね……)
まったくそんな記憶はなくて物珍しさにきょろきょろしてしまうが、今の自分は一応でも「魔法騎士団部隊長」なのだからと、慌てて背筋を伸ばした。
(アントン様は、騎士団の入り口に人を待たせているって言っていたけれど……)
馬車が進入できるところまで進み、そこで降りてあたりを見回したところで、「隊長!」という聞き覚えのある声が聞こえた。
棟の前に、灰色の髪の青年が立っていた。彼はフレドリカを見ると小走りにやってきて、騎士のお辞儀をした。
「おはようございます、隊長」
「あなたは……エド」
数日前に職業紹介所の前で出会って以来の青年エドガーに呼びかけると、彼は「あ、ええと……」と言葉を濁らせた。
「すみません、いきなり愛称で呼ばせて。僕のことは普通に、エドガーとお呼びください」
「私としてはどちらでもいいのだけれど……そういうことなら、分かりました」
「ヴァルデゴート将軍から話は聞いております。……記憶をなくされたというのに騎士団に戻ってきてくださり、ありがとうございます。ここでのあなたは、魔法騎士団第六部隊を率いる隊長です。僕たちのことは部下として扱ってくだされば十分です」
エドガーは優しい話し方で言うが、つまり隊長であるフレドリカがエドガーたちに敬語で話すのはおかしいから、相応のしゃべり方をしろ、ということだ。
「分かりま……分かった、エドガー。……これでいい?」
「はい、その調子です。何か困ったことがあれば、いつでも何でも僕たちに言ってくださいね」
エドガーがふわっと笑って言うので、慣れない堅苦しい口調に舌を噛みそうになっていたフレドリカも自然と微笑むことができた。
(本当に、この前宿に来たのがエドガーだったら、もっと穏便に話が進んだかもしれないのに……)
エドガーはまず、魔法騎士団の詰め所である棟の説明から始めてくれた。
「この建物全体が、僕たちの活動場所です。中には訓練所や講義室、書庫や休憩所、会議室の他、隊員の個室もあります」
「ここで寝泊まりしているのね……寝泊まりしているのか」
「少なくとも十六歳になって正騎士試験に合格した者は全員、部屋の大小の差はありますが部屋があります。ただ、普段からここで寝泊まりするのは半分くらいで、王都に自宅がある人は毎日家と城を往復しますね。ちなみに僕も隊長も、ここで暮らしていました」
確かに、田舎の養護院から出てきたフレドリカは王都内に帰る家がないので、ここが自宅兼職場になるだろう。
「エドガーもなの、か?」
廊下を歩きながら問うと、フレドリカよりずっと脚が長いものの歩幅をそろえてくれるエドガーはうなずいた。
「僕の生まれは王国内のとある貴族の家なのですが、諸事情により僕は家を離れざるを得なくなりました。偶然魔法騎士としての才能があったので十四歳のときに騎士団に入り、その二年後に、部隊を構成するために部下を探していたあなたと出会い、最初の部下にしてもらったのです」
「そうなの、か……」
どうやらエドガーも、なかなか複雑な生い立ちのようだ。