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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第二章 西の交差点
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魔術書

 ――お兄さん、見るからに怪しいんですよ。

 と言われたので、アリシアの剣を布に包むことは止め、騎士の剣とともに腰に佩くことにした。二つの剣を腰にぶら下げているとなれば少しばかり目立つが、片方を背負っているよりは良いだろう、という判断だ。

「双剣使いも居るには居ますからね」

 レンが励ましにならないことを言うのを忌々しく思いつつ、ラスティはリヴィアデールの最西端の町ルクトールに足を踏み入れた。

 町の門を抜けた先は、真っ直ぐに道が延びていた。正面には顔を出したばかりの太陽がいて、ラスティは目を眇める。道路の脇に広がる建物が、黎明の光を白く反射していた。

 この町を知っているらしいレンは、ラスティを引き連れて、その中央の通りを行った。入ってきた西門からほど近い小さな宿に入る。そこで部屋を二つ取って仮眠。昼前に目が覚めた。

 そして今、宿の食堂で顔を合わせた二人は、朝食も兼ねた昼食を摂っている。

「それで、これからどう動くつもりですか?」

 円卓に出された厚めのベーコンをフォークとナイフで切りわけながら、レンは尋ねた。昼食にはまだ少し早い時間帯。食堂の利用者は少なく、辺りは静かだった。

 ラスティはレンの質問に眉を顰める。

「だから、何故お前に知らせなければならない」

「いいじゃないですか。ここまで来たらとことん付き合いますよ。〝旅は道連れ〟と言いますし」

 いらん、という言葉は無視された。彼はにこにこしながらサラダを食べている。何を言っても無駄だ、と悟るにはそう時間は掛からなかった。

「まずは、協力者を捜す」

「協力者?」

「このルクトールにいるらしい。確か〈燕亭〉で宿を取っているとか」

 幸いにして、レンはその宿のことを知っているようだった。町の中心にあるらしい。

「じゃあ、ご飯を食べたら早速行ってみましょう。相手の名前とか――」

 うきうきと声を高くして喋っていたレンの口が突如止まった。視線を左側に飛ばし、眦が吊り上がる。フォークとナイフを握る手が固くなり、少年の緊張を示した。

 怪訝に思ったラスティはレンの視線を追った。二人組の男たちが近寄ってくる。口元をニヤつかせてこちらを見ているところからして、ラスティたちに用があるらしい。心当たりのないラスティは眉を顰めた。

「やっぱり、赤眼(あかめ)だ」

 男の一方が掛けた言葉に、レンの雰囲気は刺々しいものに変わる。まるで毛を逆立てた猫のようだった。

「なんでこんなところにいるんです」

 返答するレンの声は硬く刺々しい。

「知り合いか?」

「こいつの同業者」

 答えたのはレンでなく、男たちの一人だった。どちらも金髪。体格もいい。動きやすそうな服装に、大きな荷物を背負っている。応じたほうの男は、人がよさそうな笑みを浮かべている。もう一人のほうは無口で目つきが悪い。特徴だけみるなら、対照的な二人だ。

「誰が同業者ですか。あなたたちこそ泥と同じにしないでください」

「そんな邪険にしなくてもいいだろ?」

「先に邪険にしてきたのはそっちです。用がないならとっとと失せてください」

 やれやれ、といった風に話していた男は首を振る。ちらっと後ろにいた相棒を見ると、ラスティのほうを向いた

「俺はフォン。後ろのはカルってんだ。あんたは?」

「……ラスティ」

 あまり関わり合いになりたくなかったが、無視するわけにもいかず、しぶしぶ名乗る。

「へぇ……」

 フォンはにやにやと含みのある笑みでラスティを遠慮なくじろじろと観察する。不快感を覚えて、自分の目が険しくなるのを感じた。

「フォン」

 ずっと黙ったままの男が、フォンを手招きしている。フォンはカルのほうにを向くと、なにやら小声で相談しはじめた。

 レンははじめ不愉快そうにその様子を眺めていたが、やがて立ち去る好機と気付いたのか、席を立った。既に皿の中は空っぽになっている。

 ラスティも彼らを待つ義理はないので、それに倣う。

「おい、待てよ」

 フォンと名乗った方が、レンの肩に手を置いた。レンは苛立たしげにその手を振り払う。

「なんですか。あんたらに用はありませんよ!」

 相当頭にきているらしく怒鳴りつける。片方の手が腰に伸びていた。そこには短剣が差されている。危害を加えるつもりなのではないかと、ラスティは慌てた。

「そう言うなよ。いいもんやるからさ」

 そうしてフォンがレンの眼前に掲げたのは、本だった。革製の表紙がくたびれて色褪せている。相当古いものに違いない。表紙に題名はなく、何の本かは分からない。

「……それは?」

 じろりと表紙を見つめ、警戒心に満ちた目を向けたままレンは尋ねる。

「俺たちにはよく分からないんだが、魔術書らしい。お前、興味あるだろ?」

「いりませんよ」

 レンは突っぱねるが、

「俺たちもいらないんだな」

 フォンは卓の上に本を置くと、素早く卓を離れた。レンが手早く本を掴むが、突き返す前に二人ともテーブルの間を縫って手の届かないところまで行ってしまう。

「機会があったらまた会おうぜー」

 フォンはひらひらと手を振って、食堂から出ていた。

 レンは本を掴んだまま、テーブルの前で立ち尽くす。しばらく肩をいからせて扉の方を見つめていたが、やがて肩を落として本をテーブルの上に置いた。

「……何しに来たんだ、あいつら」

 大きく一つ溜息を溢す。

「何者だ?」

 尋ねると、レンは不愉快そうに眉根を寄せて口を尖らせた。

「こそ泥ですよ、こそ泥。遺跡の盗掘を繰り返してる、ケチな泥棒です」

「同業者と言っていたが」

 レンは一度言葉を詰まらせて、目を見開いてラスティを見つめた。心外だ、と言わんばかりだ。

「僕は、宝探し屋(トレジャーハンター)なので」

 ラスティは目を眇めた。アリシアの剣に興味を持つのはその所為か、と納得もした。歴史的遺物を追い求めているならば、神話の剣にも興味あるだろう。

 だが。

「違いを教えてくれ」

 昨晩、ルクトールに至る道中で、レンはアリシアの剣を狙ってラスティを追跡していた。ひょっとすると強奪するつもりだったのではないか、とラスティは疑っている。

 それは、あの二人とどこが違うのか。

「僕は発掘品を闇市に流したりしません!」

 意地悪、と机を叩いて主張したレンは、上目遣いでラスティを睨んだ。強奪については、誤解だとでも言いたいらしい。

「それよりも、協力者さんのことですよ。ちゃんと名前とか知ってるんですよね?」

「ああ」

「なら良いです。早速向かいましょう」

 食事を取ってそのまま街に出たから、レンはフォンから押し付けられたあの本を抱えていた。持て余しているようで、表紙を睨みつけて歩いている。中天に上がった陽光が照らし出すのは、やはり変わったところのない革張りの表紙。

「それで、その本はなんだったんだ?」

 レンは歩いたまま本を開き、器用に人並みを掻き分けながら、ぱらぱらとページをめくった。

「……本当に魔術書ですね」

 本を閉じ、ラスティに渡してきた。本を広げてページに目を走らせてみるが、魔術が使えないだけにさっぱり分からない。素人向けの本ではないようだ。

「魔術を使うのか?」

 興味あるだろう、とフォンがレンに言っていたのを思い出す。

「少しだけ」

 ラスティは密かに感心して、レンの白金の後頭部を見つめた。魔術は一つの学問だ。魔術を使う者は、ある程度の専門的知識を要する。それが理解できているということは、この少年、それなりに教養があるということだ。

 学問にさほど興味のないラスティは、もちろん魔術に関してもからっきしだった。世の中には魔術を使える道具もあるそうだが、そちらにも縁がない。ラスティにとって魔術は未知の領域だ。

「……妙だな」

 レンは顎に手を当てて、宙を睨んだ。

「奴らが魔術書を持ってるなんて、有り得ない。本当に、なんでもない物なのか……?」

「興味ないものだから押し付けてきたんだろう?」

「そうなんですけど。そもそも何処で手に入れたんだっていう」

 どうやらレンは、この魔術書が盗品ではないかと疑っているらしい。かといって、彼らが魔術書を盗む理由も思い当たらないから、なおのこと悩んでいるようだ。これについてラスティが言えることなど何もない。怪しい奴らだとは思うが、ラスティは二人の為人(ひととなり)を知らないのだ。

 ただぱらぱらとページをめくるのみ。それでも掴めるものなど何も――

「……ん?」

 妙なことに気がついて、ラスティは足を止めた。先を行くレンが振り返る。ラスティは眉を顰めて本を見つめた。

「この本――」

 違和感を口にしようとしたラスティの言葉は、突如犬の吠え声によって遮られた。振り向いてみると、三角の耳を立てた大きな黒い犬が、身を屈めてこちらを威嚇している。いや、これは犬というより――

「……狼?」

 ラスティは当惑した。森の生き物が平然と街中にいる事実に驚いた。通りすがる人々は犬だと思っているのか、特に気に留める様子は見られない。しかし、首元の(たてがみ)のように長い毛といい、大きな足といい、これは間違いなく狼だ。

 そして、その狼がどうしてラスティたちに向かって呻っているのか。

 ラスティは狼のほうを気にしつつ、レンと目を合わせた。レンもまた、この生き物の登場に戸惑っているようだった。赤い瞳がラスティと狼の間を行き来している。

 狼がまた一つ吠えた。腹に響くその声を聞いて、ラスティの緊張は高まった。相手は森の狩人たる狼だ。極めて危険な生き物である。ラスティの手が腰の剣に伸びる。

「いたぁ!」

 そこに更に割り込んでくる影があり、ラスティは混乱に陥った。黒い狼に寄り添うように、一人の少年が立つ。年の頃は十六、七。ひょっとすると十八か。茶髪に琥珀色の瞳。黒のタートルネックに革のベスト。腰には剣が佩かれていて、一般人ではないことが明らかだった。

「こいつか? こいつなんだな!?」

 少年は傍らの狼に問いかけると、大きな琥珀色の瞳でラスティを睨めつけた。

「なんですか?」

 背後から怪訝そうにレンが尋ねる。

「なんですか、じゃねーよ!」

 びし、と音が鳴りそうな勢いで、少年はラスティを指さした。

「逃げられねーからな。覚悟しろよ」

 ラスティの手が剣の柄を握った。ごくりと喉が鳴る。混乱の中で頭に浮かんだのは、〝追手〟という言葉。まさかと思いつつ、身に覚えがあるために完全に否定もしきれない。

 でなければ、この少年は何故、ラスティばかりを睨んで来るのか。

「ラスティ!」

 レンが前に進み出る。大きいからと得物(ハルベルト)を宿に置いてきた彼の手には、一枚の紙の札が握られていた。

 乱入者に向けて突き出された札は、青く光ったかと思うと宙に溶けていく。

 代わりに、同じ色の光の、複雑な文様が刻まれた円陣が現れた。

 相対する少年の、琥珀の眼が見開かれる。

「魔術……っ」

 魔法陣の中心から、水が(ほとばし)った。水流が少年に襲いかかる。

 滅多に見ない魔術の行使に呆然としていると、手が引かれた。

「逃げますよ!」

 レンが身を翻す。突然の魔術に騒然となった人混みの中に飛び込んだ。

 ラスティは慌てて後を追った。

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