つもり
木に囲まれた円形の広場。中心で暑さに弱りを見せる花が立つその場所に飛び込んできた彼らを目にして、ラスティの思考は停止した。
グラムとリズは、まだ良い。リヴィアデールの一戦力として招集されていたのだ。残念ではあるが、敵として相見える可能性は、心の何処かで想定していた。
問題は、ユーディアだ。正確には、その隣の合成獣。背に茶斑の翼を生やした粗末な服を着た幼い少女。黒い髪が青く光を弾いていることから、十中八九アリシエウスの子だろう。アリシエウスの民が合成獣の実験体となっていた事実に、雷に打たれたような衝撃を受けた。あえて考えようとしなかった事実が、ラスティを打ちのめす。今、この局面で。
――それを、何故ユーディアが連れている?
こちらも、答えは分かりきっているようなものだ。だが、ラスティは裏切られたと感じてしまった。彼女は唯一のクレールの良心である、と信じていたのに。
「……魔物?」
周囲の仲間たちも、合成獣の存在に混乱している。少なくここにいるのアリシエウスの騎士は、合成獣のことを知らされていなかったのだ。――当然だ、民を実験体にして作った、だなんて。間違いなく反発を呼ぶのだから。
ここに来るまで覚悟を決めていたラスティだったが、想定外の事態に〝敵〟を前にしても動けなかった。ただ呆然と立ち尽くし、ユーディアと合成獣とグラムたちに順繰りに視線をやって。剣を向けるべき相手に迷っていた。
「ぼーっとしてる場合か!」
頭を真っ白にしていたラスティの耳に、喝が飛ぶ。我に返ったラスティは、飛来してくる何かを、籠手で払い除けた。金属同士がぶつかり合う澄んだ音。地面に転がったのは、黒い大きな針状のもの。暗器の類いか、と認識している間に、グラムがこちらに飛び込んでくるのに気付いた。剣を抜き、振り下ろされる相手の剣を受け止める。
「へぇ」
鍔迫り合いの中で、グラムが笑みを浮かべた。すぐさま気を引き締め、頭を切り替えて、相手を睨み返す。
やがて、どちらともなく離れる。
「目ぇ覚めた?」
剣を片手で構えてラスティに対峙するグラムは、実に楽しそうな表情を浮かべていた。
「おれさ、前からお前と戦ってみたかったんだぁ」
ゆっくりと横に足を動かす。ラスティの右側へと回り込もうとしている。ラスティもまた身体を相手に合わせて回転させる。
シャナイゼまでの道行きで、ラスティとグラムは共闘したことこそあれ、戦ったことはなかった。それは、訓練を兼ねたものであっても。ラスティは戦いに喜びを抱くたちではなかったのだが、グラムのほうはそうでもないらしい。
「いい機会だし? ついでにちょっと付き合ってもらおーかなー」
グラムが石畳を蹴る。あっという間に間合いを詰められて、ラスティは慌てて剣を顔の高さで寝かせた。振り下ろさ刃をもう一度剣で受け止め、打ち合う。数回剣をぶつけ合うと、グラムは身を引いた。それからすぐさま横に動き、ラスティの身体を回り込んで攻撃してくる。
打ち合って、また引いて。素早さと身軽さに長けた動きを目で追うのも大変だ。加えて、久しぶりに着た所為で慣れない鎧の重さが足枷となっている。
隣を冷気が駆け抜けていく。リズの魔術が仲間に向かっているのだと悟るが、グラムが貼りついているために、助けに入ることもできない。様子を窺うことも、また。
剣を跳ね上げ、がら空きになったグラムの胴体に剣を滑らそうとして、中段蹴りを食らう。衝撃に耐えきれず、地面に転がった。金属が煉瓦の地面にぶつかった音が、ラスティの鼓膜を叩く。刃を食いしばって、騒音に耐えながらそのまま転がって、すぐに体制を立て直し標的をリズに定めるが。
「他所見してんな!」
グラムの剣が、またラスティの動きを封じる。簡単にあしらえる相手でなく、かといってあちらを見過ごせるはずもなく。ラスティの中に焦りが生まれる。
「どけ! ……どいてくれ!」
「悪いけどっ」
ラスティの剣を受け止めたグラムは、自分の剣を器用に滑らせ、跳ね上げる。衝撃でラスティは後退した。
「ちょっと無理な相談。それとも、そっちが退いてくれんの?」
「馬鹿を言うな! ここは俺たちの国だぞ!」
勝手に入って荒らしてきたのは、あちらだ。それが本人の意志に沿っていないとしても、侵略者はグラムたちのほうなのだ。
「……まあね。でも、おれたちも退けない理由があるんだ」
「だったら、あれをどうにかしてくれ!」
ラスティは、少し離れたところで宙に浮いている合成獣を指差した。彼女は今、ユーディアと共にリズを相手に戦っていた。リズが氷の礫で撃ち落とそうとしている。その隙を狙って、ユーディアが刺突剣を振るっている。リズを引き付け、その隙を狙う。連携した動き。ユーディアがあの合成獣の少女を従えていることに、もはや疑いの余地はない。
「アリシエウスまで巻き込まれたんだぞ! 魔術師たちの所為で!」
「……それは……」
グラムのばつの悪そうな顔を見て、ラスティは言葉が過ぎたことに気が付く。はじめて会ったときから、彼らはずっとそれを止めるために奔走していたというのに。
口の中を苦くしていると、グラムの背後から斬りかかろうとする仲間の姿が目に入った。気をとられている間に、グラムは上体を倒し左足を背後に振り上げて、襲いかかる騎士を蹴り上げた。顎を蹴られた騎士は、軸足で跳び上がったグラムの回転蹴りを受けて地に伏した。それから着地と同時に踏み出して一気にこちらへと距離を詰め、呆気に取られていたラスティの剣を弾き飛ばした。
「だから、ぼーっとしてんなっつーの!」
剣を失った自分の右手を見つめているラスティに、グラムが檄を飛ばす。
「同情もすんな! おれたちは敵なんだぞ、死にてーのかよ!」
何度も言い聞かせていた事実の指摘と、その叱咤が示す友情に、ラスティの目の奥が熱くなる。割り切ったつもりだった。覚悟を決めたつもりだった。だが、それは飽くまでも〝つもり〟でしかなかった。中途半端に揺れているのは、ラスティのほうなのだと自覚させられた。敵になった相手に叱咤されなければいけないほどだなんて、我ながら情けない。
――俺は、何のためにここにいる。
必死に自分に言い聞かせる。
――奴らが怒ろうとなじろうと、グラムたちと敵対することになろうとも、俺はアリシエウスを守る。
そのためなら、神剣をも抜く覚悟を決めた。そのはずだ。
弾き飛ばされた剣を拾いに行くような余裕はない。だから、ラスティは腰にあるもう一本の剣を抜いた。柄が朱の十字剣。刀身が陽光を弾いて銀色に輝く。
グラムが、顔を強張らせた。
「……大丈夫なのか?」
「これが、俺の本気だ」
「……そっか」
グラムの顔に笑みが戻る。彼はいつも、底抜けの明るさを見せてくる。
「んじゃ、せいぜい気張ってこーぜ!」
グラムが身を屈め、前へと踏み出した。弾のように飛んで、ラスティに斬りかかる。今度は冷静に相手の動きを追っていたラスティは、神剣でグラムの剣を受け止めた。
抜かずともずっと携えていたからだろうか。神剣は、ラスティの手に馴染んだ。重みにも違和はなく、これまでずっと振るってきた騎士の剣とほとんど変わりがないように思えた。グラムの剣を受け止めても、何があるわけでもない。普通の剣と変わらない。――拍子抜けするほどに。
強張ってもいた身体の力が抜ける。さっきまでとは違って、ずっと気楽にグラムの動きを追えた。上から。横から。ふとした瞬間に背後から。曲芸のような彼の動きにだけ集中できた。感覚が研ぎ澄まされているような境地にまで陥った。
だから、今は戦争中であることが、すっかり頭から抜けていた。
ふと向けた視線の先、リズの戦いが目に入る。ユーディアと合成獣の少女を相手取っていた彼女は、今アリシエウスの騎士の一人と対峙していた。黒い杖は、今は両剣に。二つの剣の柄尻を合わせた形のまま右手で持って、騎士の剣を受け止める。鍔迫り合いの最中で、空いた左手で両剣を分離させた。逆手に持って、胴を薙ぎ払う。鎧の隙間をうまく狙った一撃。どれほどの傷を負わせたのか、剣先は赤く――
ラスティの脳内が、白く染まった。
仲間が友にやられている。友が故郷を脅かしている。ラスティがきちんとしなければいけなかったはずで。そのためなら友人をも手に掛ける覚悟をしていたはずで。
〝つもり〟は振り払ったはずだった。だが、今もこうして友人の胸を借りるような戦いをしていて。
故郷を守るために、ラスティがしなければいけないのは、打ち倒すのではなく排除することで。
斬った相手に背を向けたリズを、空から大きな影が襲う。茶斑の翼を持った少女。黒髪が日の光を青色に弾く。
リズは、アリシエウスの民を素材とした異形を旋風で吹き飛ばし、ユーディアの剣を受け止め、弾く。その影から黒い影が飛び出す。ダガーだ。彼は、また別のアリシエウスの騎士へと向けて駆け出して――
足下がぐらりと揺れる中、ラスティはそちらへと踏み出した。
「ちょっと待て、ラスティ。やめ――」
妨害しにかかるグラムを突き飛ばし、神剣を天に掲げるが如く振り上げる。彼女たちの下まで実に二十歩は必要で、当然剣先が届くはずもない。しかしそれでも、こうすればよい、と確信めいたものがラスティの胸にあった。
頭の中は未だ真っ白に塗り潰されていて。剣を握りしめる右手だけが確かだった。思考が追いつかないまま、意識が、力が、すべてそちらへと集まっていく。
「リズ! ユディ!」
後ろで叫ぶグラムの声の理由も分からないまま、掲げた剣を振り下ろし。
大きな音とともに、ラスティの視界は白く染まった。




