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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第十二章 嵐前
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「なんか思い詰めている風だったな」

 紅茶のカップにミルクを注ぐアーヴェントは、片肘を付いていて行儀が悪かった。こんな邸宅で良くそんな態度を取れるものだとレンは呆れる。

「そうですね」

「あまり興味なさそう」

「僕が出しゃばっても仕方ないでしょう」

 レンは、もともとアリシアの剣が欲しかっただけの人間だ。ある意味で、ラスティに神剣を背負わせる決定打を与えた人物でもある。そんな人間が、アリシエウスの状況に義憤を見せたところで、薄っぺらいだけだ。何ができるわけでもないし。

「そんなことよりも、合成獣(キメラ)のことです」

 レンは、ダイニングテーブルに拡げたたくさんの紙の一枚に触れた。レンたちがアリシエウス滞在中に調べた内容が書かれたものだ。覚書のようなものもあるし、きちんとした書類の写しも含まれる。すべて合成獣に関係すると判断したもの。ラスティにこれ以上負担をかけないためにも、自分たちはこちらを気にするべきだ、とレンは思う。もちろん〝個人的な怒り〟の比率が多いのは、否定しない。

「クレールの襲撃によって出てしまった、アリシエウスの孤児たち。その何人かが居なくなったっていう話ですけど」

 アリシエウスの襲撃は、あれよあれよという間に終わってしまったそうだが、王族の処刑のことを抜いても、被害がまったくなかったわけではないという。ラスティの友人も犠牲になったようだし、クレールの侵攻経路に居た者も巻き込まれたという話だ。そして、その中には〝親〟もいる。よくあることだ、と一歩引いた目線でレンは思うが、問題はその後。

「クレールが、親を亡くした子どもたちに集合を掛けたんだっけ?」

 そうしてアーヴェントが振り返るのは、兄を心配し不安げな表情を隠せずにいるカメリアだ。彼女は彼女のできる範囲で、レンたちの調べ物に協力をしてくれていた。ご友人を介して、いろいろな話を集めてくれている。

 その一つが、消息不明の孤児の話。

「襲撃の責任を取るかのようなお触れだったみたい。食事を出す、とか何かしらの保障をちらつかせて」

 だが、その後何人かの行方が分からなくなっているという。

「孤児は……こういうのに使うのに、都合が良いからな」

 アーヴェントは、苦虫を噛み潰したような顔で溜め息を吐く。魔族とはいえ身寄りのないひとを保護している立場としては、憤りを覚えていることだろう。

「フォンの奴は、なんて言ってました?」

 レンがカルを殺してから、フォンの身柄はアーヴェントが預かっている。ここの警邏はクレール傘下であるので引き渡すことはできず、かといってリヴィアデールに戻ることも情勢から難しく。結果的に、アーヴェントが取っている宿の部屋に放り込んでおくくらいしか、対処法がなかった。逃げ出す可能性は高かったが、今のところおとなしい……らしい。外に出たら殺されると思っているようで、部屋から出ようとしないとか。でも、アーヴェントの言うことはよく聞いているらしく、彼経由でいろいろと話を聞き出している。

「さて。あいつも記憶が混濁しているみたいでな」

 アーヴェントに見立てでは、フォンには記憶障害が起きているとのこと。ところどころ記憶が抜け落ちていたり、支離滅裂なことを言うこともあり。相棒(カル)を助けようとしたことが、むしろ奇跡に思えるほどだ。おそらくフォンも合成獣の実験体にされたのだろうというのが、アーヴェントの見解だ。

「でも『一人じゃなかった』とは言っていた」

 それが子どもたちかは分からないが。

「やっぱり最悪を想定するべき、か」

 ふと視線を上げると、カメリアが不安そうな表情でこちらの様子を窺っていた。隣国の襲撃の噂、国の子どもたちの扱い。平和だったアリシエウスとはあまりに異なる不穏さに、怯えるのは無理もない。

 ただ、自分たちの目的ばかりを気にして、娘さんへの配慮は欠けていた、と反省した。

 アーヴェントに目配せした。

「僕らは戦いは止められませんが、馬鹿な奴らは止められます。だからあまり心配しないで」

「そうそう。国はにーちゃんに、合成獣のことは俺に任せとけって」

 適当に宥めて逃げ出すように外に出たのは、我ながら下手な手だとは思った。しかし、あそこで相談を続けるのも何処かの部屋に籠もるのも、不安を掻き立てるだけだっただろう。それなら外に出て、事態収束のために奔走しているように見せるほうが、少しは安心すると思った。

 もちろんここで何もしないはずもない。

 真昼を過ぎ、暑さは極まっていた。他の土地と比べると涼やかな夏ではあるが、さすがにこの時間帯はつらいものがある。石畳の通りに人は(まば)ら。気怠く凪のような空気が感じられる。みな、今は影の下で休憩を取っているのかもしれない。

「子どもの件から当たるか?」

「ですね」

 少なくても、外に人はいるにはいる。その人たちを捕まえれば良い。

 クレール帝国はアリシエウスの西側に位置する。彼らが襲撃を仕掛けてきたのも、西。アーヴェントと二人でその辺りを歩き回ることにした――レンは、変装をして。しっかりと血抜きをされたお気に入りの黒い長上着(コート)は脱がされ、シャツ姿に。それからアーヴェントに髪の毛をガサガサと掻き回され、仕上げに彼の掌に目を覆われる。

「……何してるんです?」

「お前さんの眼、目立つからさぁ」

 魔術で色を誤魔化すのだという。実は髪の色も、さっきので変えられているらしい。レンからはよく分からないのだが。

「そんなことができるんですか」

「俺の翼が見えないのと、基本的には同じだ。光の道筋を誤魔化してる」

 ちょっと便利で羨ましいと思った。

 そんな下準備を終えて、店だったりすれ違う人だったりに声を掛ける。行商に来ていた家族が襲撃に巻き込まれ、両親は死に、唯一助かったらしい姉を捜しに来た兄と弟、という設定で。

「お国が子どもを集めてたって聞いたんですけど……」

 そうやって何人かに当たってみれば、話してくれる人も見つかる。特に、如何にも主婦然とした女性は、喋る相手に飢えているものだ。

 商店や事務所が集まる大通りから少し奥に入った、迷路のような閑静な住宅街。木製の民家は一軒一軒造られているものの、隣家との間隔が狭すぎて、長屋との違いに悩むほどだ。だから、ご近所付き合いも気を遣うのか、その人は夏日の昼日中に箒を持って立っていた。少々疲れた顔なのは、暑さの所為か仕事の所為か、それとも――

「ああ、うん。あったね。雑用で住み込みで働かせてくれるって聞いて、何人かは飛び付いたみたいだ」

 子ども一人ではなかなか生活は成り立たない。年齢によっては、職探しも難しい。そんなときに出たお触れ。有り難がる子どもは多かったはずだ、とその女性は言う。

「もしかしたら、姉さんもそこに……」

「いるかもしれないね。その辺で働くより城にいたほうが安全だろうし」

 城で働く人たち――役人たちが民間人に横暴を働くことはない、と単純に思い込んでいるのは、アリシエウスの民の気質だろうか。そういえば、ラスティやカメリアの話を聞いていても、忠誠心のある理想的な役人たちしかいない印象だ。

 幸せな国だ、とレンは思う。他の国ではこうはいかない。リヴィアデールで〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉の魔術師が国の魔術師を嫌がっていたのは、国政側に横暴さがあるからだ。サリスバーグは、経済力の格差が激しく、政治が行き届いていない場所もかなりある。クレールは……なんとなく察するものがある。

「城に行った奴って、何してるんだ?」

「さあ。あれから見ないからねぇ」

 近所の娘も全然見なくなった、と女性は溢す。

「帰ってきてないんですか?」

「もう家族もいないからね。帰って来られても、あたしらだって助けてやれるわけじゃないし」

 城で真っ当に働くほうが幸せだろうよ、とやるせない様子で言葉を落とし、女性はレンたちに別れを告げて去っていった。その背は丸い。役人たちを無条件で信じられるような暢気な国の人たちでも、現在のアリシエウスの状況には堪えるものがあるようだ。

 これから、さらに過酷になるかもしれないというのに。

 とはいえ、レンたちにできることは、やはり何もない。合成獣の件に集中すべきなのだろう。

「噂は本当だったな。子どもが集められて、帰っていない」

 カメリアの情報網は、アリシエウスの中でも上流の人たちばかりだ。孤児になど縁がないだろうから、ガセの可能性も捨てきれなかったが……そうでもなかったらしい。

「ラスティのお父さんやクロードさんから、『城で働く子どもたち』の話も聞いてないですね」

 カメリアの言うような食糧配給の話なら、帰ってこないなどということはないだろうし。

「〝善意の施し〟を餌におびき寄せるなんて……キースと同じやり口でムカつくな……」

 姉が合成獣になった事件を思い出し、溜め息を溢す。レンと姉が悪徳魔術師の餌食となったのは、無償で勉強を教えてくれるという話に釣られたからだ。

 忌々しい、とレンは拳を握る。心は得物(ハルベルト)を求めて彷徨うが、長く大きなあの武器は、目立つからとラスティの家に置いてきている。あったらあったで城に突入していただろうから、それで良かったのかもしれないが。

「……キース? フリア・キース?」

 素っ頓狂な声をあげるアーヴェントに、レンもまた目を(しばたた)かせた。

「なんで、アーヴェントが先生の名前を……?」

 今度は怪訝そうなアーヴェントの顔を見つめているうちに、お互いなんとなく察するものがあり、二人して視線を地面に落とした。

「……そうか。お前の姉ちゃんをあんなことにしたのは、あいつだったのか」

 そして、〝そいつ〟はアーヴェントの知っている人間だったのだ。

 住宅街の狭い道の真ん中で突っ立っているのも、と思い移動する。建物の間を縫っていく間、アーヴェントが前に立っていた。黒い翼のない背中。幻覚と分かっていても、普通の人間にしか見えないのが奇妙だ。

 アーヴェントは、フリアについて話してくれた。姉を合成獣にした人物が、元々〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉の魔術師と知って、何とも言えない気分になる。

「すまん」

 と、頭を下げられても。

「……別に」

 もしも、を思わないわけではないが、レンだってフリアを逃がしている。それを思うと何も言えない。レンだって、かつて自分の境遇だった人間を作っているわけだから。

 アーヴェントはぼけっとした顔をこちらに向けたあと、下手な笑顔を作った。

「……大人だねぇ」

「八つ当たりはこの前しましたからね」

 レンだって、他人を責めて楽になろうとするような子どもから卒業したい、と少しくらいは思っているのだ。

「あいつ、まだ野放しなのか……」

 レンが知る限りのフリアの情報を話すと、アーヴェントは苦々しげに呻いた。博愛主義かとさえ思えるような善人の彼が、誰かをこうも(いと)うのだから、フリアの悪行も相当なものだ。やはり手にかけておくべきだったか、と後悔する。

「東にも南にも居場所はない、とすると、居るのは西か?」

 北は、クレールの西方からリヴィアデールの東までを横切る険しい山脈が聳えている。だから、奴が行きそうな場所は、消去法でクレールしかない。

「そういえば、カルにも翼が付いていましたね」

 フリアは〝翼を持つ人〟にこだわっている理由は、さっきアーヴェントから聞いた。合成獣第一号の女性に憧れを抱いている、とか。人非人の憧れなど知ったことではないが、そのくだらない情報に、レンの胸の奥底で暗い期待が首をもたげる。

「あいつなら、〈手記〉を手に入れようとしててもおかしくないな」

 湧き上がった後悔と再燃した憎悪をさっそくぶつけることができそうな予感に、レンはやはりハルベルトを置いてきたことを残念に思った。

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