表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第十二章 嵐前
52/52

交渉

 故郷にいる安堵感によるのか、最近やたらとよく寝てしまう。今日に至っては、起きたのは昼前だった。眠気眼を擦って食堂へと来てみれば、レンとアーヴェントが妹と遊戯盤で遊んでいる。城の地下から帰ってきてから、ラスティは頻繁にこの三人の組み合わせを見ていた。カメリアはともかくとして、レンとアーヴェント。意外にも、二人は仲良くやっていた。『喧嘩するほど』の仲の良さだが。

「おはよう、兄さま」

 妹のカメリアがこちらに気付く。ラスティの寝坊には無反応。その向かいでレンが呆れた表情を見せた。

「ずいぶんと遅くまで寝てましたね。もう昼ですよ?」

「あら、兄さまはいつもこうよ?」

 席に着くと、間を置かずに朝食が出された。使用人たちもラスティの寝坊には慣れたものである。

「お昼待ったほうが良かったんじゃねーの?」

 行儀悪く椅子にもたれたアーヴェントが、ゲームの駒を指先で回していたので、睨みつける。

「空腹のまま待ちたくないな」

「起きてこないほうが悪いんだろ。この家の人、甘やかしすぎじゃねぇ?」

「『厄介になるのも悪い』と言っておいて、我が家に入り浸っている奴には言われたくないな」

 朝食くらいはゆっくり摂りたい、と思いながら、パンを千切っていると、にんまりと彼は笑った。

「今日はちゃんとご用件があるんだぜ?」

 そうして齎された情報に、ラスティは食事の手を止めて愕然とした。

「サリスバーグの軍勢が、ルクトールに……?」

 先日クレールがルクトールを襲撃したことは知っていた。ルクトールの防衛強化は予想できていたが、そこに南の大国まで加わるとなると――

「手を組んで、こちらに攻めてくる?」

 ルクトールに一番近いクレールの都市、となると、悔しくも傘下に入ってしまったこのアリシエウスに他ならない。

 ラスティは頭を抱えた。

 帝国クレールと、魔術大国リヴィアデールと、技術大国サリスバーグと。三つの大国に挟まれて、アリシエウスはこれ以上なく翻弄されている。かつて、ここまで不安定な時代がアリシエウスにはあったのだろうか。ラスティは長い年月を生きているわけではないので、分からないが。

 アリシエウスの民は、疲弊していた。ただでさえクレールに支配され、未来がどうなるか分からないというのに。その上、三国の競り合いの舞台にまで選ばれて。

 自分たちは、何もしていないというのに。

 千年続いた女神の恩恵は、今になって切れてしまった。

 ――どうする……?

 国を――アリシエウスの民を真に守る王たちは、もう居ない。城に居座るクレールの者たちは、アリシエウスを優先して考えてはくれないだろう。

 視線をあちこちに彷徨わせ、黙りながらも不安げな様子のカメリアが目に入った。

「リヴィアデールに寝返ったら良いんじゃないですか?」

 クレールに支配されているのが気に入らないんだったら、いい機会だから歯向かってしまえ、とレンは言う。レンらしい発言ではあるが。

「そうしたところで、今度はリヴィアデールかサリスバーグに吸収されるだけだ。おそらく支配するのが何処の国でも、扱いは大きく変わらない」

 クレールと同じように領土の一角として扱われるか。国として残ったとしても従属国とされるのが、関の山だ。血を流した結果が変わらないのなら、クレールに剣を向ける意味などない。そもそも、その舵取りをしようにも、頭がいないので難しいが。

 ラスティとしては、王を殺したクレールはやはり憎い。ハイアンは民に慕われていたから、ラスティに限らずクレールを憎む民は多いだろう。そんな相手に支配されるのは当然面白くない。

 ……だが、家族が友人が恋人が無事で元気であるのならどんな環境でも構わない、と考えている者も少なくないはずだ。アリシエウスの官吏たちが、新領主に従っているのがその証拠だろう。

 これ以上奪われたくない。奪われることに慣れていないアリシエウスは、反抗することでまた何かを失うことを恐れているのだ。

 必死で息を潜める故郷の人たちに、不安を抱いている妹に、ラスティは何をしてやれるだろう。

 手が腰元に下りる。たとえ自分の実家であっても、手放さない朱の剣がそこにある。


 不安や悩みを無視して強引に突っ込んだ食事は、胃の中で石と化していた。腹の中が重く苦しく、今にも吐き出してしまいそうだった。それでもラスティは、唇を引き締めて、両足を踏ん張って、アリシエウスの城の門の前に一人立っていた。

 夏盛りの太陽が、ラスティの後頭部をじりじりと焼く。森に囲われていることで、比較的過ごしやすい夏を送れるアリシエウスだが、石畳が陽光を跳ね返すので、真っ昼間に外にいるのはやはり厳しい。長い袖の白いシャツがかろうじてラスティの身を守る。

「……ラスティさん」

 門の向こうに現れたのは、ユーディアだった。ラスティが門番を通じて呼び付けた。突然のことに、彼女は訝しげな様子を隠せずにいる。

 二人は、少し門から離れた。塀沿いに植わった広葉樹の陰に入る。光が遮られるだけで、だいぶ居心地が良くなる。

「……(やつ)れたな」

 ユーディアの服装は相変わらず、肩や脚を見せるもので、日差しからは守られないが夏向きの格好だった。だが、彼女の顔はあまりに白く、目元も窪み、頬もそげているような印象がある。精気の乏しい表情が気になった。

「食べてるか?」

「……一応は」

 眉間に皺が寄る。気持ち的にか、身体的にかは分からないが、満足には食べていないようだ。夏バテを心配するが、果たしてそんな理由だろうか。

 あの、と追及を避けるように、ユーディアは声を上げる。

「今日は、どうして?」

 ラスティたちが城の地下に潜り込んでから、ひと月近く経っている。その間、二人が接触することはほとんどなかった。ラスティたちは大人しく息を潜め、ユーディアはクロードを通じて近況を伝えるのみ。その内容もルクトール襲撃時の様子を事務的に伝える程度のものに過ぎなかった。

 だからこそ、余計にユーディアはラスティの用件を測れなかったのだろう。さっきからずっと戸惑い気味だった。

「クラウス・ディベルに会いたい」

 ユーディアは目を瞠る。ようやく、と言っていいのか、眼に光が灯った。

「……どうしてっ」

 正気か、とばかりに咎める声に、ラスティは冷静に返した。

「俺は、アリシエウスを守るために帰ってきた」

 この一ヶ月、ぼうっとしていたわけではない。ラスティなりにアリシエウスの守りかたを模索していたのだ。なかなか結論に辿り着けずにはいたが。

「アリシエウスは、戦場になる。避けられない。だろう?」

 ユーディアは苦々しい表情で頷いた。つまり、クレールも此処で迎え撃つつもりだ、ということなのだろう。

「だから、俺は騎士に戻る」

 再び騎士に入隊しようにも、正攻法では時間が掛かる。父に相談することも考えたが、各方面の説得にどれほど掛かるかもしれない。だから強引に、捩じ込ませてもらおうと思っている。元凶(クラウス)に交渉することで。

「……分かりました。私がどうにかしますから。だから今日は――」

 なあなあにして誤魔化し帰そうとするユーディアに、ラスティは一歩踏み出した。

「ディベルに会わせろ」

 彼女は目を見開き、気圧された様子でラスティを見上げる。胸の前で握りしめた両の拳が震えていた。

「その剣を持って……?」

 クレールが、そしてエリウスが求めているその神剣を敢えて持ち出した理由を、ユーディアは察しているようだ。だからこそ、彼女はラスティを追い返そうとしたのだろう。

「分かってますか? 彼は、エリウスの――」

「だから、その泥船に乗ってやる」

 どうせ、この事態はエリウスが作り出したに違いない。ラスティを引っ張り出すために。あるいは、神剣を出すことを余儀なくさせるために、か。

 解っていて、それでもラスティは優先順位を変えられない。

「……私では、クラウスを止められません」

「あんたをこれ以上煩わせるつもりはない」

 ユーディアは目を瞑り、大きく息を吸った。ゆっくりと吐き出したあと、目を開ける。茶色の眼は暗く真剣にラスティを見据えた。

「……分かりました」

 ユーディアの手引きで案内されたのは、かつてのハイアンの執務室だった。白と黒の格子模様の床が印象的なアリシエウスの聖域が侵食されている――胸底で噴き上がりそうな怒りを抑えつけ、ラスティは腰に下げていた朱色の十字剣を抜き身のまま執務机に置いた。

 数ヶ月前の夜も、この剣はこうして置かれていた。ラスティに持ち出され、季節を一つ越えて今、戻ってきた。

「……これは?」

 ただし、出迎えるのは、主でなく侵略者だ。

 整い、清廉としていて、神殿騎士らしい男だ、とラスティは思った。聖堂が似合いそうであり、腹が立つもこの執務室にいても見劣りがしない。真っ直ぐな茶金の前髪から覗く琥珀色の眼は、柔すぎず厳しすぎず、神職者として理想的にも思えた。

 エリウスが好みそうだ、と思った。

 そんなクラウスを前に、ラスティは毅然とした態度で立ち向かう。背後のユーディアにも要らぬ心配をかけさせぬよう、意志を強く持つ必要があった。

「あんたたちが捜していた、アリシアの剣だ」

「……本物か?」

 訝しげにしながらもクラウスは剣に手を伸ばす。その指先が触れる直前に、ラスティは剣を自分の元に引き寄せた。見せておきながら引き渡さないので、クラウスは眉を顰めている。

「あんたたちがこの国を壊してまで手に入れようとしてきた物であることは確かだ」

 ちょっとした意趣返しに、クラウスは反応しなかった。

「……それで? それを私に見せて、どうしようと言うんだい?」

「その前に訊かせてもらう。アリシアの剣を狙っているのは何故だ?」

 クラウスは興味深げにラスティを眺め、机の上で両手を組んだ。

()()()()()欲しがるのは、ただ単純に強力な兵器が欲しいからだね」

 宗教国家で、軍事国家。神の威を振るうのは、ある種クレールの〝夢〟の一つなのかもしれない。

「あんたの理由は?」

 クラウスは口をつぐみ、肩を竦めた。答える意思はなさそうだ。想定はしていたものの、少し残念ではあった。この男の真意が読み取れない。先ほどから何をしても、動揺しない。たいした男だ、と思う。

 ラスティは机から剣を拾い上げた。

「剣は渡せない。だが、剣の力をあんたたちにやろう」

 クラウスの目付きが変わる。――面白がっている。

「それはつまり、君を戦力に加えろ、ということかな?」

「欲しいのが兵器であるのなら、俺がおまけで居ようと関係ないはずだ」

 誤魔化し盾に使ったクレールの名分を突く。己の意思を隠した以上、安易な反論はできないだろう。

 ラスティはじっと待った。相手がどう出ても良いように、動向を窺っていた。もし奪おうとするなら、それでも良し。ただ、エリウスの選んだ相手が、そんな浅い人物だとは思えない。現に彼も、ラスティの目を冷静に見つめ返している。

「良いだろう。神の剣の力、ここで手放すなんてもったいない」

 クラウスが頷くのを、ラスティは息を詰めて見ていた。こちらの言い分が通ったのに安堵し気が緩みそうになるのを、どうにか引き締める。

「君は元々ここの騎士だったんだろう? 復帰の手配をしよう。追って通達するから、待ちたまえ」

 承諾し踵を返すと、ユーディアと目があった。アーモンド型の眼が、これで良かったのか、と訴える。ラスティ自身も〝是〟とは言えないが、彼女を安心させるため、一つ頷いてみせた。

 要求が通ったのは、事実だ。

 ドアノブに手を掛けたとき、クラウスが一言付け加えた。

「君はあまり交渉には向いていないようだね」

 振り返らず、返事もせずに、ラスティは部屋を辞した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ