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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第十一章 意地の張り合い
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懲りた

 翌朝のリズは、恐ろしいほどいつも通りだった。国の魔術師への文句を言い、グラムに突っ込みを入れ、親切な人物にはにこやかに。皮肉げな奴には冷ややかに。

「……無理してる?」

 〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉のエントランスで他の魔術師と談笑している彼女を見ながら、グラムはこっそりリグに耳打ちした。とても本人には訊けないが、以心伝心の双子の兄なら、誰よりも彼女の機微に聡い。

「そりゃ、多少は」

 だが、そのリグにも解せないところがあるらしい。

「……もう少し愚痴ってくると思ったんだけどな」

 彼女は、ウィルドについてまったく触れてこないのだ。なんとなく心配になる。リズはあれで抱え込むところがあるので、ある日突然気持ちが決壊したりしないか、と。

 だが、そろそろ昼に差し掛かる頃。リズのほうからウィルドの話題を口にしてきた。〈木の塔〉の会議室を借りて、グラムたちを集め、あいつから聞いたんだけど、などと切り出す。

「どうやら、〈手記〉はアリシエウスにあるらしい」

 驚きつつも別のことに気を取られて反応に困るグラムたちを他所に、リズは続ける。今アリシエウスに滞在しているクレールの神殿騎士が、その所持者であること。〈継承者(エリティエ)〉もそいつの庇護下にあること。

「だからさ、どうにかしてアリシエウスに行きたいと思ってんだけど」

 これはさすがにすべてが吹っ飛んだ。

「いや、どうにかしてって……気持ちは分かるけど」

 だが、その気持ちだけでは動けない理由がグラムたちにある。グラムたちは〈木の塔〉の仕事としてではない、国に徴兵されてここにいるのだ。

「勝手に兵役を無視してどっかに行ったら、罰を受けるぞ」

 程度は様々だろうが、処刑にもなりかねない。

 顔を顰めるリグから伝染したように、リズも渋い表情をする。

「そうなんだけどさ……」

 だが、アリシエウスに行くことは本気で考えているようだ。どうにかならないか、などとぶつぶつ呟いている。そんな様子を見て、グラムは思わず口にした。

「……ウィルドに、任せれば?」

 闇神(あんしん)である彼ならいつかどうにかするだろう、とグラムは思っている。状況を把握しているのなら、なおさら。今はエリウスの言うことを聞いているかもしれないが、彼は裁きの神としての正義をしっかりと持っている。()()()()()()()()()()()()()は、見逃しはしないだろう。

 おい、とリグが目を瞠り、焦った様子を見せるが、リズは取り乱す様子なく、真顔になった。

「……ずっと目を逸らしてたけどさ」

 グラムたちから視線を逸らし、窓の外に向け、ぽつり、と溢した。

「あいつを当てにするのは、どうなんだろう」

 一瞬ウィルドに対して怒っているのかと疑いかけたが、どうもそういうことではなさそうだ。思い詰めたような切ない表情に、グラムたちはリズの真意を待つ。

「あれは、私たちの責任だ。それなのに神様ってだけで後始末押し付けて……それでいいのかな」

〈セルヴィスの手記〉。〈継承者〉。世を惑わす禁術が掘り返されたのは、双子たちがきっかけであり、広義には〈木の塔〉に責任がある。本来なら、闇神の裁きなどに期待せず、〈木の塔〉で始末をつけるべきではないか。

「こんな風に、世界の秩序だ裁きだとかで、神様を当てにする世界で生きてていいのか? そんなことを続けている限り、私たちはエリウスの掌の上で転がされるばかりなんじゃないか?」

 リズの抱く疑問と反発心が、グラムにも伝染する。ずっとエリウスに振り回され、うんざりしてきた。昨日レティアが現れたのも、そうだ。ウィルドを思って、なのかもしれないが、グラムたちは彼女の都合に振り回された。はっきり言って、余計なお世話、迷惑だった。

「……もう、懲りた」

 ぼそり、と漏らしたリズの言葉に、グラムの身体にも疲労感がのしかかってくるように感じた。昔々。面白かったことは、あったかもしれない。だが、振り回され、何が起こるかと警戒し、後始末に追われ。面倒なことのほうがはるかに多かった。

 昨晩みたいな、不毛な仲違いもさせられるし。

 これからも、こんなことが続くのか。グラムたちだけではない。世界中の人々が、ずっと神様の都合に振り回される日々を生きていくのか。

「……そうだな。その通りだ」

 吐き出すと、その想いが一気に強くなった。〝うんざり〟が憤りに変わっていく。良いように使われている自分たちにも。人形か何かのように扱ってくるエリウスにも。

「自分の生きる世界は、自分たちで作る。神様なんかに振り回されてたまるかってんだ!」

「よっしゃ、どうにか良い感じでアリシエウスに行ける方法を考えるか。ついでにラスティも助けに行こうぜ」


 話し合った末、結局『〈木の塔〉の別件対応のため無理になった』ことにしてもらうのが、一番角が立たなそうだという結論に至った。とはいえ、シャナイゼの本部にお願いするのは距離的に無理だ。距離のことを抜いても、塔長(とうちょう)を説得するのも無理だ。だから、グラムたちはカーターのもとを尋ねた。このルクトール枝部の責任者にどうにかしてもらおうという腹だ。

 野性味のある風貌に似合わず、カーターは事務室に詰めていた。向かい合わせにくっつけられた机に、山積みになった書類。人一人しか通れないような狭いスペースに張り出して、カーターはつまらなそうに椅子にもたれていた。グラムたちが声をかけると、机の上にペンを転がした。

 話を聞いたカーターは、椅子にもたれて唸った末、苦い顔で口を開いた。

「そんなお前らに、朗報だ」

 とても〝朗報〟とは言えない雰囲気に、グラムは身構える。

「ルクトール襲撃を受けて、軍が新しい方針を出してな。サリスバーグ軍と合流の上、アリシエウスに攻め込むことになった」

 グラムは天を仰いだ。

「凶報の間違いでは?」

「お前らに都合が良いって意味じゃあ、朗報だろ」

「朗らかにはなれませんねぇ」

 肩を落として首を振るリズが内心で苛立っているのを、グラムは感じ取った。

「で、なんでそんな話に?」

 カーターは顎髭を弄る。戦闘狂の一人としても、あまり美味しい話ではないようだ。

「情報提供があったんだとよ。今回の侵攻を計画した奴が、アリシエウスにいるって。そいつはアリシエウス侵攻にもかかわったやつだから、そいつをどうにかすればこの戦いは終わるって」

「んな、安易な。よくそんな話に乗りましたね」

 リズの発言に、グラムも同調する。踊らされていないか。そもそも、誰からの情報なのか。誰が話を受けて、指示を出したのか。……まかり通っているあたり、リヴィアデールの相当上のほうの人間なのだろうな、とは思う。

「ああ、そっか、それで」

 一方で納得した風のリグに、グラムは首を傾げた。

「昨日なんで光神と闇神(あのふたり)がここにいたのか、って思ってたんだ」

 まさかウィルドにリズをけしかけるためだけではあるまい、と。

「そっか。……そういうことか」

 あちらはついでだったとすれば。本命は、となると、なるほど、確かにありそうだ。その情報提供者がレティアだった、ということは。

 神様が動かしたのなら、そんな浅い理由で大きな方針転換するのも納得だ。

「よく分からんが。お前らは編成に加えといていいか?」

「好き勝手して良いのなら」

 アリシエウスに行くために便乗するが、真面目に戦争する気はない、と言っている。

「俺も立場上大変だからなぁ……。あまり目に付くようなことはすんじゃねぇぞー」

 やる気なく忠告して、話は終わりだから、とカーターは犬を追い払うように手を振った。好きじゃない書類仕事に戻るらしい。失礼しました、とグラムたちは事務室を出て、扉を閉めたあと、グラムたちは廊下で互いに顔を見合わせた。

「好きにしろって」

 にやり、と笑う。

塔長(じじい)と違って話が分かる人だな」

 塔長ではこうはいかないだろうことには同意ながら、常々この双子は祖父に辛辣だと思う。

「でも、結局まだ掌の上だったな」

 リズが肩を落とす。神様の好き勝手にさせてたまるか、と意気込んだ直後だ。早速鼻の先を折られたような悔しさを覚える。

 ……だが、あの我儘少年神エリウスを相手にするのだ。この程度で挫けてはいられない。

「どうやって動かしたと思う?」

 リヴィアデールおよびサリスバーグの軍のことである。カーターにはぼかした通達をしたようだが、アリシエウスへの進軍を決めた人間は、きちんと説得されていることだろうから、それなりの〝理由〟があるはずだ。

「アリシアの(つるぎ)をチラつかせたんでしょ。前にエリオットが言ってた」

 そういえば、塔長からの命令があったとき、エリオットが神剣に関心を持っている様子があった。あれ以来何も言ってこないので、忘れていたが。

「でも、あれはまだラスティが持ってるんじゃ?」

「クレールが手に入れたことにしたのかもね。それか、ラスティのことを教えたか」

「ええー……」

 前者は嘘だし。後者はラスティの迷惑になることこの上ないし。本当に、あの少年神は厄介だと思う。発案者がレティアやオルフェの可能性は、おそらくない。その手のたちの悪さはないはずだから。

「……うん。本当に、懲りたな」

 好きたい放題の万年こどもに、そろそろ反抗しても良いと思うのだ。

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