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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第十一章 意地の張り合い
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愚行

「何が邪魔だ、こんにゃろう」

 恨めしい顔でグラムを睨みつけるオルフェに、リグは駆け寄りさまに殴りかかった。が、躱された。予想はしていたが、腹が立つ。ムカつくので、拳が空振りした勢いに乗せて、回転蹴りをお見舞いしようとした。が、これも空振り。

「一発くらい殴らせろ!」

 腹が立って文句を言うと、嫌に決まっているだろう、というオルフェの顰め面が、リグが浮かべている火明かりに浮かび上がった。こいつ、いつもそうだが、兄心が解っていない。

 興奮のあまり肩で息をするリグの前に、グラムが立つ。若干苦笑しながら、両掌を見せて宥めようとする。

「リグさあ、穏便に――」

「行くはずないだろ! 妹を泣かせる奴だぞ!」

 憤って見せたら、心外だとばかりにリズが顔を上げた。

「泣いてないっての!」

「まだ、だろ?」

 顔を真っ赤にして(たぶん)リズが怒る。やれやれ、とグラムが肩を竦めて首を振り、リグはウィルドを睨みつける。

 そんな〝いつも〟の雰囲気を吹き飛ばすような、大きな溜め息の音がする。

「……ふざけるのもいい加減にしてください」

 リグもリズもグラムも、動きを止めた。四人揃うとどうしても軽口を叩きたくなってしまうのだが、今回ばかりはいつも通りとはいかない――させてくれないらしい。グラムもリズも、顔が曇る。リグでさえ、気分が沈んでしてしまう。

「まあ、そう言うな」

 場をとりなすように割って入る陽の声。小さな光しかないというのに、夜闇の中でも全身が浮かび上がって見えそうな存在感。光神(こうしん)レティアは、リグたちについてきていた。話していてオルフェが心配になったらしく、一緒に様子を見に来たのだ。

「まさか、貴女が彼らを……?」

 リグたちはレティアに焚き付けられて来たわけではないが、彼女がわざわざ話したからリグたちがここに来た、という意味では、オルフェの推測通りだろう。

「彼らが、お前が意地を張るに違いないと言うからな」

〝意地を張る〟の言葉に、オルフェは不服そうにレティアを睨む。

「私は私の務めを果たしているだけです」

「そうだったのか?」

 くすり、とレティアは笑う。

「私には、そうは見えなんだが」

 からかいの言葉に、オルフェは顔を顰めた。

「私には、お前が彼女ばかりを執拗に殺そうとしているように見える」

「それは――」

 一歩もたじろぐことはなく、しかしオルフェは動揺していた。時が止まったかのように、目を見開き、無防備に立ち尽くす。

 リグたちは揃って息を詰めて、彼の様子に()()()()

「禁忌を犯したのは、彼も一緒だろうに」

〈召喚術〉を使うのは、リズだけではない。リグも同じだ。それは確かに。

 しかし、余計な一言だった。

「…………その通りです」

 冷静さを取り戻したオルフェは、グラムのほうに右手を向けた。現れる紫の魔法陣。

「うあっ」

 見えない空気の弾丸に、グラムの身体が弾け飛んだ。背中から地面に落ちて、そのまま後ろに転がっていく。

「リズだけではない……貴方たちもだ」

 リグはすぐさま身構えた。残念ではあるが、予想していなかったわけではない。もともとリズを助けるため――はじめからオルフェとは敵として向き合うために、ここに来たのだから。

 ただ、魔術を使ってくる可能性については、失念していた。

 共にいた頃は、自分とリズが魔術担当だったこともあって、ウィルドは武器を主として使っていた。だから忘れていたのだが、彼も結構な魔術の使い手だ。距離を取っていれば良い、と安心できる相手ではない。

 リグは駆けだした。草を踏み、杖を槍に変える。

「〝戒めよ。汝を縛るは心の鎖〟」

 突如、身体を強く縛り付けられた感覚。見た目には何もないが、紐で括られたかのように全く身動きを取ることができない。束縛系の呪文――黒魔術。言葉で人を呪う魔術が与える痛みに、パルチザンが手から落ちる。

「こ、の、野郎……っ!」

 身を捩るが、束縛が緩むことがない。魔術を使おうにも集中が阻害される。為す術がない。

「リグっ!」

 叫ぶと同時に、リズが棒手裏剣を投げた。オルフェのだいぶ手前の地面にそれは、構わず魔法陣を描いた。棒手裏剣の周囲の地面が凍る。辺りを凍らせながら、オルフェに迫る。

 氷が足に届く寸前で、オルフェは横に大きく跳んだ。相手を見失って魔術は消えて行く。だが、時間稼ぎとしては充分だった。リグは束縛から解放される。――リズに感謝だ。

 オルフェが跳んでいった先には、ダガーがいた。袈裟に、逆袈裟に、胴薙ぎに、と続けざまに短剣を振るう。それを剣であしらう彼に、黒い狼が飛びかかる。オルフェは空いた左手でハティをいなした。

 ハティとダガーがオルフェから離れた隙を狙い、リグは火の球を飛ばした。これも躱される――なんで躱せる。腹立つな。

「くそっ」

 悪態を吐きながら槍を拾おうとすると、風切り音が聞こえた。身体を傾けて、飛んできた何かを躱す。篝火程度の光源ではよく見えないが、リズの棒手裏剣と同じような飛び道具だろう。そんなものまで持っているとは油断も隙もない、などと思っている暇もなく、次から次へと飛んでくる。グラムとも剣を交えているというのに。

 武器で飛び道具を払い落としながら、距離を取る。離れてからの追撃はなかった。その間に、魔法陣を展開する。

 緑色の魔法陣が現れると同時に、オルフェはグラムの背後に回った。オルフェと陣の面を結ぶ直線の上に、グラムが立つ形となる。リグの頭から血の気が引いた。

「ちょ……、まっ……!」

 狼狽した声を上げながらも、グラムは剣を振って伸びた蔦を斬ってくれた。同士討ちはなんとかなったが、その隙に背後からオルフェが剣の腹でグラムを叩いた。地面に俯せるように、グラムが倒れる。オルフェはその手から還元の剣を奪い、リズのかまいたちを断ち切った。冷や汗が額を流れ落ちる。ただでさえ通じない魔術が、更に通じなくなってしまった。

 槍を構えるが、オルフェ相手に勝機などあるはずもない。リグの槍の穂先は、すべて剣で受け止められた。魔術を試みても、グラムから奪った剣で掻き消されてしまう。起き上がったグラムが無手で入り込んでくるが、足技で対応される。リズの魔術はやはり斬られ、ダガーやハティの攻撃は躱される。

 五人がかりで挑んでも、たった一人のオルフェが優勢だった。

 ――恐れ入る。

 この実力が〝神様だから〟ではないところが、また。

「終わりだ」

 オルフェは剣を振り被る。身を捩ったところに、人影が割り込んだ。

 金属がぶつかり合う音が、夜の闇に響く。

「……なるほど。よく分かった」

 リグを庇うようにして眼の前に立ったのは、レティアだ。闇の中でも鮮やかに光る金色の髪を、呆然と見つめる。

「何の真似です、レティア」

「さて、なんだろうな」

 リグは瞬きした。彼女のことをよく知っているわけではない。が、珍しいと思った。そんな、突き放すような冷ややかな声を出すなんて。

 オルフェは剣を引いた。二、三歩離れると、レティアも武器を下ろす。

「ふむ。まあ、ここで彼らを殺しても、何の意味もないと判断した」

 オルフェは拳を握りしめ、

「決めるのは貴女じゃない。闇神(あんしん)は、私だ!」

 吠えるように苛立たしげに叫ぶオルフェを、リグは少し意外に思った。彼は平静ではない……のは、リズを手に掛けようとしているところから察していたが、それにしても何処か違和感。らしくない必死さ。焦っている?

 レティアはそれ以上何も言うことなく、北――街から離れる方向に歩き出した。リグやグラムのことは全く気にかけていないようで、振り返ることもなく落ち着いた様子で去ってゆく。オルフェがついてくることも疑っていないようだった。

 オルフェは何かを堪える表情を浮かべたあと、グラムの剣を放り捨てて、自らの剣を収めた。何も言わずに、レティアの後を追っていく。

「待てよ、ウィルド!」

 呼び止めるグラムの声にも反応しない。

 ハティとダガーが消える。リズがその場に座り込む。最悪は免れた。だが、何一つ変えられなかった現実を前に、リグは呆然と立ち尽くすばかりだった。


「愚かだな」

 背後にオルフェがついてきているのを残念に思いながら、レティアは彼に言葉を投げ付けた。本当に呆れてしまう。昔は殺意でさえ上手く隠せていた男が、こうも悲しみを撒き散らしているというのに。それでも彼は、頑なに意志を曲げないのだ。自分の心と乖離していると知っていても。

 理由は察した。薄々感じていたことが、さっきの戦いの様子を少し見て、確信に近いところまで来た。

「彼女がお前に代わるのを、恐れているのだろう」

 オルフェが執着している魔術師リズ・レーヴィン。禁術に触れ、神に触れ、世界の混沌を招く者を見過ごさないことを選んだ娘。愚を犯した過去があるからこそ、道を外さんとする者を咎め、止めんと動く。志が伴えば、心許した者であっても刃を向ける覚悟が持てる。

 レティアから見ても、彼女は闇神に成り代わることができる素質を持っている。禁忌を犯した魔術師を、二年以上も見過ごしてきたオルフェと違って。

 役目を放棄し続けたアリシアほどでないにしろ、オルフェもまた闇神としての資質を問われかねない立場にあった。そこに、もし取って代われそうな相手がいたとしたら。エリウスはそちらを選びかねない。

「だが、それで殺してしまっては本末転倒だと、何故分からない」

 大切なものを守るために大切なものを壊そうとする。その人を救うために、その人の生を奪う。誰一人喜ぶことのない愚行だ。

「神になるのなら……死んだほうがマシです」

 しかしオルフェは、己の愚を知ってなお頑なだった。

「一度エリウスに選ばれてしまえば、逃げられない。死すら選べない」

 リズを救える唯一の手段だ、と自らに言い聞かせている。

「だから、せめて我が手で、と?」

 そうすれば彼女は闇神にはなれず、さらに自分は闇神としての資格を取り戻す。オルフェ以外が闇神に選ばれることもない。確かに、オルフェは自身の価値をエリウスに示すことができるだろう。

「……愚かだな」

 だが、ウィルドとしては、どうだろう。

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