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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第十一章 意地の張り合い
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動機

「確かにアリシアやオルフェとは、敵同士だったが。私は別に彼らを嫌ってはいないのだよ」

 そういきなり語りだしたのは、金の短髪の女。モノクロの簡素な服装だが、彼女が着ると洗練されて見えた。翠の眼は何処か力強く、雰囲気のある女だとリグは思う。木の板剥き出しの無骨なホールが場違いに思える。

 そんな、知り合いではなかった女に絡まれたのは、〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉のエントランスホールでのこと。リズより体力があったことで、少しの休憩でどうにかなったリグたちは、暇を持て余して街をぶらつき、それにも飽いて拠点に戻ってきた。さてどうしようか、と考えはじめたところに、声を掛けてきたのが、彼女。そのまま捕まり、ホールの隅のテーブルで話し相手をさせられている。

 わざわざリグたちを選んだ理由は、自ずと知れる。フラウとウィルドのことを本名で呼ぶ女など、世界でただ一人だろう。

「むしろオルフェのほうは、憐れみさえ覚えていてね。だから、少し世話を焼きたくなる」

 やれやれ、と語る光神(レティア)に、リグは視線を鋭くせざるを得なかった。

「だから、あいつをリズの居場所に差し向けた、と?」

 彼女の正体を知り、せっかくだからとウィルドについて尋ねた。返ってきたのが、改めてリグが口にした、それ。余計なことを、と追及してみれば、なんと二人の仲を取り持ちたいらしい。

「……お見合いババア?」

 グラムの頭をはたく。テーブルに顔をぶつけようと知ったこっちゃない。女性に失礼だ。たとえ実年齢が千を越えていようと、見た目は二十代の婦人なのだから。

 さて。その御婦人は、グラムの失礼をなかったことにしてくれた。顔を顰めることもなく、話を続ける。

「ああなっては、もはや神には向かん。だから、さっさと諦めてしまえばいいと思うんだがな、なかなか頑固で」

 だから、そうなった原因に会わせれば、大人しく観念するだろう、とレティアは踏んだようだが。

「あー……せっかくだけど、無駄だと思うよ」

 煮え切らない様子で言うグラムに、リグは同意して首を振る。 

「そんな簡単に仲直りするようだったら、とっくにあいつは神様やめてるよ」

 リグの首肯は止まらない。

「あれでけっこう意地っ張りだし。リズもリズで頑固だからさー」

 ふう、と溜め息を吐き、遠くを見るような目で天井を見上げる。隣でリグは肩を落とした。いつもリグたちを呆れさせるグラムに呆れられるほどなのだ、あの二人は。

「今頃痴話喧嘩の真っ最中だぜ、きっと」


 刃と刃が鈍い音を立てて噛み合う。なんとか剣先を逸らし、身を回転させてから、後ろへと大きく飛びのいた。ついでに棒手裏剣を三本投げるが、二本は剣で弾かれ一本は虚しく闇に消えていった。

「くっ……」

 片掌を天に突きあげる。宙に横たわる紫色の魔法陣。風の魔術がリズとオルフェの間に竜巻を生んだ。大きな風の渦が、草をむしりながら吹きあげる。

 休む間もなく、次の魔法陣を描き始める。今度は青。竜巻が消えると同時に氷の矢を放つ。

 しかし、正面にオルフェの姿を視認できず、リズは焦った。光源がないに等しい闇の中では、相手の位置を捕えることが難しい。目を凝らして探していると左に気配を感じ、右へと足を動かす。脇腹のすぐ傍を剣が薙いでいった。

 柄の合わさった双剣を振り回すが、受け止められ、押し返される。体勢を崩したところで、剣が突き出された。リズの身体を貫く前で、剣先が止まる。

「蜃気楼を使った幻影か……」

 剣を引き戻して、オルフェは呟いた。大気中の水分と温度差による空気の密度の違いによる光の屈折を利用した、錯視の魔術。一歩ほどの距離を誤認させるだけだが、回避率は優に上がる。

 実力がはるかに上の相手と正々堂々と戦う気など、リズにはなかった。ちょっとした隙をついて仕込んでおいた迷彩(カモフラージュ)。夜闇の中でも、効果はあったらしい。看破されてしまったが。

 それでも、リズは幻影の魔術をそのまま残しておいた。オルフェほどの手練、視覚の罠に二度も引っ掛かるとは思えないが、その〝まさか〟が機運を引き寄せるかもしれない。

 なんて。

「無駄な足掻きを」

 もう一度オルフェが剣を振る。今度は幻影でなく、確実にリズ本体に届いていた。咄嗟に身を引くが、庇うように出した左腕を剣先が掠めた。ローブの袖と皮膚を裂かれ、腕から血が流れ出す。

「そんな小細工、時間稼ぎにもなりはしない」

「だったらどうした」

 リズは袖の下から棒手裏剣を出した。これまでに何本投げただろうか。もう残りが心許ない。あとで拾えるだろうか。その前に、命を拾えるかが怪しいか。

「何もせず、大人しく殺られろと? 冗談キツいね」

 棒手裏剣を投げる。地面に突き刺さったところで、魔力を飛ばし、武器に仕込んであった術を解放させた。突如咲いた氷の花が、避けきれなかったオルフェの足を傷つける。

 だが、オルフェは傷を気にすることなくリズに接近する。剣や投擲を使って牽制するが、相手の勢いは衰えない。

 ――こうなったら……!

「〝戒めよ。汝を縛るは――〟……っ!」

 呪文を唱える最中に、腹に蹴りを入れられた。詠唱が中断され、後ろに吹っ飛ぶ。背中から地面に落ちたところで一度で大量の空気を吸い込んでしまい、噎せる。

 呼吸の苦しさにその場に蹲るリズの目端に、オルフェの足先が入り込んだ。

 ――ここまでか。

 などと頭では観念しつつ、足払いを仕掛ける。やっつけの悪足掻きなので、当たることもなくただ地面に転がる体勢を変えただけだったが。

 オルフェが剣を振り被るのが、ぼんやりと見えた。どんな顔をしているか見てやりたかったが、近視ではっきりと見えないのが残念だ。

 ――こんなもんか、私。

 他人事のように考える。自分の生死問題が、まるで舞台でも見ているかのように遠く感じて、リズは苦笑した。とりあえず、あれだ。オルフェに一矢報いることができなかったことが、悔しくて残念だ。

 痛いのは嫌なので、せめてひと思いに殺して欲しいな、などと考えていると。

 黒い影が、二人の間に割り込んだ。


 振り下ろした刃は、リズを斬り裂くことなく防がれた。突如として現れたその人物を、オルフェは内心驚いて見つめていた。

「ダガー……」

 自分を守る〈精霊〉を見上げるリズの顔にも、驚きが浮かんでいる。その表情で、彼女自身が喚び出したわけではないことを察した。

 つまりこの〈精霊〉は、勝手に出てきたのだ。

 黒い少年はこちらを睨み付けながら、オルフェの剣を押し返した。相手から離れると、今度は横から大きなものが襲いかかってきた。リズに従う黒狼だと気付いたのは、剣と牙がぶつかりあう音を聞いてからだ。

 剣に噛みつく狼を引き剥がし、距離を取ってリズの使い魔たちを見据える。

「命もなく、主を蝕んで現れるか。お前たちがそのような存在だったとは」

〈召喚術〉は呪文と魔法陣の両方を必要とする。名前を呼ぶだけの略式もあるが、それでもやはり他の魔術と同じで規則や手順はあるのだから、簡単に喚べるものではないはずだ。

 それでも彼らは来た。リズの意思とは無関係に。ただでさえ世界を乱す存在が、使役される立場を忘れて勝手に主の魔力を使い、顕現したのだ。

 闇神(あんしん)として見過ごせるものではない。

「うるせえよ。リズが殺されるのを黙って見てられるか」

 リズを庇うように立つダガーは、二つの短剣を逆手に構える。ダガーの隣でハティが唸っていた。主を守る姿は物語の一幕のようで頼もしくはある。だが、いくら美しかろうと見過ごせない。彼女たちだから問題になっていないだけで、使う人が変われば悪しき道具になりかねない。

「異世界の住民であるその狼だけなら、まだしも」

 それは、世の中の大半の人間が一人で行使することのできないものであったはずだから、まだ見過ごすこともできたのに。

「〈精霊〉の危険性を自ら証明したな、愚か者め」

 異世界の住民を喚び出すことの危険性を知ったリズたち――双子の所属する研究室が、次に定めた目標。それは、禁術を禁術でなく使用する(すべ)を探すこと。すなわち〈召喚術〉の別の使い方の模索だった。

 その結果に生まれたのが、〈精霊召喚〉。火や水を操る魔術を応用して、人工の精霊を造り上げ、使い魔として使役する魔術だ。

 現代の魔術に則って造られたそれは、闇神の目から見ても許容できるものに見えた。だからオルフェはずっと静観していたというのに。

 ――リズを裁かなければいけない理由が、増えてしまった。

「あんたがリズを殺そうとしなきゃ、俺だって大人しくしてたさ」

〈精霊〉――伝承の存在を模して造られた人型の魔術は、静かに怒りを露わにした。夜闇の中でもはっきりと見えるほど、金色の瞳は炎を宿して燃えていた。

「だけど、主が危険に晒されているんなら、黙っちゃいられねぇ。〈精霊(おれたち)〉は、主を守るために()()()()んだから」

「ヒトのようなことを言う」

「あんたがどう言おうと、作られたものだろうと、それが俺が動く理由だ。俺が〈精霊(おれ)〉の危険性を示すことになったとしても」

 ダガーは、自らの名と同じ短剣を、オルフェに突きつけた。

「てめぇはただじゃ許さねぇ。ぶっ飛ばす!」

「できるものなら」

 オルフェは剣を構えた。

 この世に在らざる者たちを相手にするとはいささか厄介だが、問題はない。それに、勝手に動こうと、彼らはリズの魔力に依存して存在しているのだ。真っ向から相手にしなくとも、彼女を仕留めれば彼らも消える。

 何も、問題はない。ウィルドは唇を噛んだ。

 オルフェと距離を置いたまま、ダガーは短剣の片方を右から左へと振った。炎を纏った斬撃が飛んでくる。人間離れしたその芸当に面食らったが、軌道は見えたため余裕をもって躱した。

 ダガーは構わず、次から次へと炎を出現させた。魔法陣どころか、魔術を扱うときに踏むべき手順さえ踏んでいないようだ。造りものとはいえ〝精霊〟の呼称は伊達ではないらしい。

 炎に気をとられていると、狼の牙や爪が迫る。オルフェは剣でもってそれをいなした。

〈精霊〉と異世界の獣。規格外のふたりを同時に相手にするのは、千年の経験を持つオルフェでもいささか堪えた。常識外れを平然とこなしてくる。

 だが、それも時間が経てば慣れてくる。隙を見出すことができる。

 剣で相手の攻撃を捌きながら、オルフェは密かに左手で、隠し持っていた短剣を準備した。ようやく立ち上がったリズに投げつけ――

「はい、はーい。そこまでー!」

 ――ようとして。

 気の抜けた声に手を滑らせる。短剣は目標のはるか手前で地面に落ちた。

 リズは呆けたように口を開け、明後日のほうを凝視していた。オルフェもまた、その気配をしっかりと認識した。

 ほっとしたような。覚悟を決め損なったような。複雑な感情が胸中で混じり合い、オルフェは瞑目して苛立ちを抑えた。

「……グラムくん」

 噛み締めた歯の隙間から息を漏らす。

「邪魔をしないでいただきたい」

 仲間を殺そうとしていた自分に。いつも通りにこにこと手を振ってくるグラムが、オルフェはどうしても信じられなかった。

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