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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第十一章 意地の張り合い
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暮れる

 目が覚めたあと、しばらく頭の中が真っ白になった。差し込む光の明度から、夕方であると分かる。板を梁に釘打ちしただけの天井は見慣れず、寝転がっているのもソファーの上。起き上がってみると、古臭くも大きな手拭いのようなものが腹の上に掛けられていて、誰かの拙く不器用な気遣いが感じられた。

 辺りを見回して、リズはようやくここが、〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉のルクトール枝部(しぶ)の事務所であることに気が付いた。ソファーとテーブル、観葉植物が置いてあるここは、〈塔〉の人間が利用する談話室だ。寝入る直前の記憶も戻ってくる。総攻撃でクレール兵を追い返し、その後すぐさまコルネリウスのような〈継承者(エリティエ)〉の密偵を炙り出し――幸いにして、コルネリウス以外は居ないようだった――、一連の騒ぎが収まった昼過ぎに、強烈な眠気を覚えたので、ここで休ませてもらったのだった。ソファーの上に倒れ込んだ瞬間のところまでしか覚えていないので、気絶するが如く寝入ってしまったのだろう。リズはこめかみの辺りを掻いた。職場でこれとは、なんか恥ずかしい。

 掛け物に使われた手拭いを掴み、床に足を下ろしてきちんと座って。気怠さが身体に残る中、静けさに耳を澄ませる。平和な物音しか聞こえない。夜襲のバタつきは収まったということだろうか。

 思考は自然そちらへと行ってしまう。クレールの襲撃。合成獣(キメラ)。クレールの動きがエリウスの企みによるものだとして、何故創造神が嫌った合成獣が出てくるのか。その矛盾がどうしても不可解だ。

「とはいえ、ガキのすることだからなぁ……」

 あの少年神は二重規範(ダブスタ)も平然とやってのけるので、深い意味もないのかもしれない。そう思うと考えるのも放棄しそうになるのが、厄介だ。

「……ホント、どうするかな」

 リズたちは今、明確な目的がない状態だ。ルクトールにいるのは、命令だから。その命令の所為で〈手記〉は追えず。エリウスを止めようにも、奴の目的さえも曖昧だ。

 組織の人間として正しく、命令だけに従うべきか。

〈木の塔〉の使命に従うべきか。

 友人として、ラスティを助けにいくべきか。

 靄ついた頭の中ではいくら考えても結論が出ず、リズは長い溜め息を吐いた。


 外の空気を吸おうと建物から出て、そのまま街の外まで来てしまった。街中の喧騒がどうしても煩わしいうえ、篭った暑さにも耐えきれなかったのが理由だ。じめついてべとついた西の暑さには、どうにもなれない。街中では風もろくに吹かないし。

 日はすっかりと暮れて、空は夜色に変わりはじめている。西の空で爪月らしきものが、太陽を追って遠くの森に沈もうとしているのがなんとなく見えた。

「はあ……」

 ルクトールの城壁の外は、まだ戦いの跡が残っていた。抉れた地面。焼け焦げた草原。敵の本隊を城壁内に侵入させるのは防いだが、一晩だけでもそれなりの戦いだったのだ、と今こうして残滓を目の当たりにして認識する。少なからず死者も出たはずだ。だが、死体は転がっていなかった。昼間のうちに片付けたのだろうか。

 じっと草原の向こうを見つめる。眼鏡を掛けていないので、森の輪郭がかろうじて見える程度だったが、今日は敵襲はなさそうだ。そうでなくては困る。昨日は徹底的に叩きのめしてやったから。攻略法を編み出すにしても、一昼夜で再度仕掛けるほどの準備はできないはず。その間にこちらは何をすべきか。備えを見直す。街中に入り込まれたときの対処法を見直す。いつ来るか分からない敵を迎えうち、耐えるだけの戦いはいつ終わる? いっそ攻め入ったほうが良くないか。そうすれば、敵地に乗り込むことができるので、〈手記〉捜しにも好都合――

 ――都合の良いのは、私の頭のほうだ。

 そうそううまくいくはずもないし、うまくいったとしても犠牲が大きい。自己本位にもほどがある。

 ――ばからし。

 気晴らしに外に出たつもりだが、結局くだらないことばかり考えている。やはり街に戻るか、と身体を反転させると。

 遠くに人影らしきものを目にして、リズは硬直した。誰かの接近に気が付かなかった。気配に敏感などと言うつもりはないが、仮にも戦いに出る人間として、気は張っているというのに。まして、魔術師など背後を取られてしまえば終わりなのだから。

 自分で思っている以上に気が抜けていたことを自覚して、リズは今さら焦った。焦りながら、努めてゆっくりと身構える。背に負った杖はそのままに、静かに魔術の準備をした。仕掛けられたとき、即座に放てるように。

 人影は接近しているようだ。闇が濃くなり始めた中で、近視の所為もあって、容姿は見極められない。長身であるのは判るが……

 こちらに真っ直ぐ歩み寄るその人の正体が分かるに連れ、リズは警戒を緩めた。それではいけない、と頭では分かっているものの、長年の付き合いの所為で身体が〝安心〟を覚えてしまっている。

「……リズ」

 だから、ウィルドが平然と自分の名を呼んだことにも、憤りを覚えることなく。リズは術はそのままに彼に応えた。

「「どうしてここに?」」

 質問が被り、お互いに黙り込む。

「どうしてって、そりゃあ」

 知っているでしょうに。リズたちがリヴィアデールに徴兵されているのだから、ルクトールにいる理由も、おおよそ察しは付くだろう。

 そう指摘すると、ウィルドは呆れたように首を振った。

「そうではなく。一人で街の外に出るとは何事ですか。そんな無防備で」

 リズは首を傾げる。無防備。だが、ローブは着ているし、杖も持っている。リズのいつもの装備だ。

「え、だって」

 他所の街が合わなかった、とさすがに子ども染みた言い訳は躊躇した。

「戦時中でしょう。そういう迂闊な人間が真っ先に狙われるんです」

「うっさいな、舅か! 会うなり説教か!」

 年上だから、と。経験あるから、と。頭ごなしに叱られて、リズは恥ずかしさに声を張った。確かに、ウィルドの接近にも慌てるほど油断していたり、護衛代わりのハティやダガーも()んでいなかったり。振り返ってみれば、自分でも迂闊が過ぎると思った。

「そっちは? 何してんの、こんなところで」

「合成獣が使われたと聞きました」

「ああ」

 街中でリズも対処したが、リグも平原で戦ったと聞いた。そちらを確かめに来たのだろう。死体は残っていないが、戦いの跡から分かることもある。

「〈継承者〉って知ってる?」

 合成獣のことも知っているのなら、と尋ねてみると、

「恥ずかしながら、最近知りました」

「鈍ってるねぇ」

 まあ、リズも昨日知ったことであるし。ウィルドもずっとシャナイゼで暮らしていたのだから、外に出ない人間の情報収集力などそんなものかもしれない。

 だが、闇神の役目と、リズたちと知り合ってからのウィルドの行動を照らし合わせてみると、彼に〝執拗さ〟が見えないのも確かだった。二年前にシャナイゼで合成獣を作った魔術師を逃したままにし、アリシアの剣が目の前にあったとはいえ盗まれた〈手記〉の追跡を諦め。本当だったら、もっと躍起になっても良かったはず。

 ……そうさせなかったのは、リズたちだろうか。

「リグが、〈手記〉もあちらだろうって」

「今はアリシエウスにあります。所持しているのはクレールの神殿騎士ですが、〈継承者〉は彼の庇護下にある」

「知ってて見逃してるんだ?」

 ウィルドは黙っていた。おそらく、〈手記〉の在り処を教えてくれたのもサービスだろう。

 (ぬる)い、とリズは思う。トゲを抜かれたハリネズミとでもいうのだろうか。今のウィルドからは、冷徹さも冷酷さも感じられない。覚悟も中途半端に手を出して、迷って、途方に暮れて。裁きの神らしさなど、微塵も感じられない。

 その温さが嬉しいのだから、本当に困ったものだ。

「合成獣は、どうするんだ?」

 それでも一応、訊いてみる。迷っていようと、彼なりの意志を確かめておきたくて。

闇神(わたし)の仕事は変わりません」

「いつかは潰す、と」

 でも、今ではない。おそらくそこにエリウスの意思があるのだろう。今こうもウィルドが中途半端なのは、彼に望まれた元来の役目さえも止められているからだ。四神の一人であることを求められ、しかし神としての役目には待ったを掛けられて、宙ぶらりんの状態。

「……楽しいか、それ」

「役目ですから」

 本当にそれでいいのか、と口出しをしてみれば、語気強くウィルドは言い放った。

「私はそのために、千年を生きている。例外は認めない。……認めてはならない」

 自分に必死に言い聞かせているその言葉の裏に潜む意味に気付き、リズは目を伏せた。

「……私も、か」

 分かりきっていたことだ。こうして昔みたいに喋っていても、マナウェルの塔での殺し合いを、リズたちは忘れていない。袂はあの瞬間から分かたれている。

 諦めが、リズの胸の奥底が凍りつきそうなほど冷えていく。辺りは完全に闇に呑まれた。夜が本格的に始まっても、リズはウィルドを視認している。暗い決意を宿した、黒い眼差しを。

「貴女を手に掛けられない私は、闇神(オルフェ)ではない」

 その手には、いつの間にか剣があった。

「そんなさ、人を障害みたいにさ、言わなくてもさ」

 悲しみが湧き上がると同時に、笑いが(こぼ)れる。

 だって自分も、ウィルドを認識してからも、準備していた術をそのままにしていたのだから。

 再び顔を合わせた瞬間から、こうなることなんて分かっていたのだ。

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