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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第五章 世界の姿
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黒い翼

「絶対に、俺も行くからな!」

 そう息巻いたのは、リグだった。アーヴェントが集落とやらに案内することに、長いこと反対していたのが彼だった。あのあと、わざわざ〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉から酒場までやって来たほどの剣幕だった。リズのように〈精霊〉を通すことなく、直接ものを言わなければ気が済まないほど、彼は興奮していたらしい。

「そんなさ、興奮しなくても」

「するに決まってるだろ! お前、自分がどれだけ危ないことをしようとしているか、分かってんのか!?」

 へらへらと宥めるアーヴェントの言葉にすら噛みつくほどだった。ここまで冷静さを失った彼は珍しい。感情的になるのは、だいたいリズのほうが先だったのに。

 そのリズは、片割れに後を引き継いだのか、沈黙している。ダガーの姿もいつの間にか消えていた。

 それにしても、アーヴェントの提案にここまで反発するとは。仲間外れに不貞腐れていたレンでなくとも、気になってくるというものだ。ラスティは静かに成り行きを見守った。たかだか試験にする程度の秘密でこの反応。なら、世界の舞台裏とやらは、いったいどのようなものが隠されているのだろうか。

 結局、リグはアーヴェントの提案に折れ、アーヴェントはリグの条件に折れたところで、話がまとまった。ただし、行くのは明日。なにせラスティたちは今日シャナイゼに辿り着いたばかりである。

「明後日とかでも良いんだぞ」

 これは予定を引き延ばしたいからではなく、純粋にラスティたちの体調を気遣ってのこと。しかし、ラスティとユーディアはまがりなりにも騎士であり、体力はあるほうだ。レンも旅慣れているので、心配は不要。

 と答えたら、リグは肩を落とした。

「俺は休みたいんだけどなぁ……」

 だが、それでも頑としてついてくるらしい。

 その日はそれで解散となった。ラスティたちは宿に、リグは〈木の塔〉に戻る。リグの同行が決まったことで、アーヴェントは集落に帰るとのことだ。

「そういうことだから」

〈木の塔〉から戻ったフラウは、流れに任せることにしたらしい。説明はしばし待てとのこと。きかん坊を諭すかの対応に不満がないわけではないが、もはや文句を言う気も起きずに諾々とした。

「ああ、私も行くから、よろしくね」

 珍しく積極性を見せたフラウには、些か驚いたが。


 そうして翌日、ラスティたちはグラムとリグとともに、シャナイゼの東へと向かった。踏み固められてはいるものの、手入れされている様子のない街道を半刻ほど歩いて辿り着いたのは、森だ。湿潤した空気と濃い緑。乾いた景色にすっかり慣れてしまい、かえって新鮮に映る。

「こんなところに居るんですか?」

 深い緑陰に、レンは疑わしげな眼差しをリグに投げる。この期に及んで騙されているとでも思っているのだろうか。しかし、森が手入れされている風でもなく、集落とやらがあるようには見えないという点では、確かに疑わしくはある。

「まあ……な」

 リグはなんとも答えづらそうにしていた。ますますレンが不審がったので、彼は慌てだす。

「集落なんて言ってるけど、隠れ家のようなもんなんだ」

「隠れ家?」

「人に見つからないように暮らしてる。この森も、滅多にシャナイゼの人間は近寄らない」

「どうして?」

 それは、前者への問いか、後者への問いか。リグはしばらく苦い表情で黙り込み、もどかしいのか乱暴に髪を掻き毟った。

 うんざりした溜め息を吐く音が、傍らから漏れる。

「行けば分かるのでしょう?」

 付き合っていられない、とばかりに一行に冷たく言い放つのは、フラウだった。相変わらず気怠げな様子で、我先にと森の中へ入っていく。

「さっさと行きましょう」

 確かに、問答に時間を費やすよりは良いのかもしれない。

 森の奥へ入り込んでいくと、辺りは昼とは思えぬほど暗くなった。頭上に枝葉が密集している。道らしい道もなく、人が入るような場所ではないというのは確かなようだった。

 だからなのだろうか。代わりに、魔物は出てくる。動く植物、魔を操る獣。森に適応してか、陰から突然飛びかかってくるような魔物ばかりだった。障害物も多いため、特に森での戦いに慣れていないレンとユーディアは、対応に苦慮しているようだった。

 数も、西と比べるとやはり多い。

「なんでこう、ここは魔物が多いんだ……」

 立て続けの戦闘に、ラスティも嫌気が差してくる。剣をしまう横目でシャナイゼの住人たちを見ると、彼らは平然としていた。珍しいことではないと知ると、かえってうんざりする。

 そうして行軍を続けていくうちに、森の中に少しだけ変化が訪れる。ところどころに文明の跡のようなものが見られるようになった。壁の一部のようなもの。土の下から顔を出す石畳。街の跡だろうか。

「そろそろ着く……」

 先導するグラムが振り返ったとき、ばさり、と羽音が耳に入った。音の大きさからして翼も尋常ではないだろう、とラスティは身構える。

 腰の剣に手を伸ばすと、リグが手を上げて制した。

「あいつ……もうちょっと穏便に……」

 もう片方の手で頭を抱えている様子に、訝しんでいると。

「おーい」

 ラスティたちのものではない人の声を不思議に思ったのも束の間。

「遅かったなー」

 上から突如()()()()()黒い影。一行の前で着地したそれは、おおよそ人の形をしていて。

 上げられた顔は、昨日見たアーヴェントのもの。

 しかし、ラスティの思考は白く染まった。ごく普通の男に見えた彼の背中に、鴉のような黒い翼が広げられていたので。

「……魔物?」

 ユーディアの疑問の声とともに、ラスティの脳裏に沙漠の入口で見た仙人掌(サボテン)の魔物の姿が浮かんだ。確か、人型の魔物はヒューマノイドと呼び、手に負えないほどの凶暴性を持つのではなかったか。

 だが、翼を生やした男の悪戯めいた表情から、彼に理性があることは疑いようもない。

 混乱するラスティの隣を、アーヴェントとは別の黒い影が走り抜けた。小柄なレンの背中から鉾槍(ハルベルト)が抜かれるのを見て、慌てて足を踏み出す。ラスティが手を伸ばした先で、グラムが鉾槍の柄を握ってレンを止めに入った。

「なんで……っ!」

 グラムの手から鉾槍を引き抜こうと、レンが藻掻く。力任せに引っ張る様子はあまりに強引で、がむしゃらだった。どう見ても冷静さを失った彼に、ラスティは戸惑う。

「ごめん。悪いけど、こいつはやらせらんない」

 レンとは対照的にグラムが落ち着いているように見えた。彼はレンと綱引きのような槍の引っ張り合いにしばらく付き合った後、片眉を持ち上げて横方向にいなした。レンの身体が傾ぎ、地面に転がる。槍を手放した彼は、すぐさま体勢を整え立ち上がろうとした。その胴に蔦が巻き付く。

 リグがレンに向けて掌を突き出していた。その表情は苦々しい。

「少し、落ち着いてくれ」

「落ち着いてられるはずがないだろ、この魔術師どもがっ!!」

 吠える少年から出てきた言葉が、慇懃無礼な敬語さえ欠いた乱暴なものであったため、ラスティは狼狽えた。

合成獣(キメラ)だなんて……見損なった!」

 リグに、アーヴェントに向けられる憎悪に満ちた赤い瞳。その理由に戸惑う一方で、ラスティは昨日の『神剣が欲しい』と告げたときのことを思い出した。レンの周囲を漂う雰囲気が、あのときと同じ色をしているような気がして。

 息を詰めて、成り行きを見守る。ラスティたちの知らない単語に、シャナイゼの者たちが狼狽えた様子はなかった。

「……知っているんだな、合成獣のこと」

 蔦の束縛から逃れようと藻掻くレンに、アーヴェントが近寄る。突然向けられた憎悪を、彼は意に介していないようだった。レンの目の前にしゃがみ込み、暗く燃える赤い瞳を覗き込む。森の翳りの所為か、アーヴェントの瞳は黒さを増していた。

「だけど、俺たちは合成獣じゃない。魔族だ」

 またしても聞き慣れない言葉に、眉を顰める。

「魔族……?」

「合成獣の子孫。生まれ持っての人ならざる人、ってところかな」

「つまり」

 沈黙を維持しているフラウが進み出た。しゃがみ込んだアーヴェントを見下ろす青い瞳は無機質だった。

人型の魔物(ヒューマノイド)ということで良いのよね?」

「意地が悪いねぇ、おねえさん」

 アーヴェントは立ち上がる。フラウを前にした彼は、口元に笑みを浮かべながらも、これまでで一番温度のない眼差しで彼女を睨み下ろした。

「成り立ちが同じだからって、ヒューマノイドなんかと一緒にしないでくれ。俺たちはきちんと人の意識がある――〝人〟なんだよ」

 理由のわからない状況下でのアーヴェントの宣言よりも。

 愕然としたレンの表情のほうが、ラスティは気に懸かった。

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