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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第四章 木漏れ陽の街
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開示請求

 商人二人が、金を置いた。今までよりも額が多いのは、ラスティの賭け金が大きいからか、それとも自信からか。

 無口の剣士は、今回は下りるそうだ。両手を挙げてそっぽを向く。

 残りの黒髪の男は、控えめな額を出した。参加するも渋い顔をしているということは、気が進まないようではある。

 柔和な商人から、賽が振られた。出目は、五・一・三。

 次に黒髪の男。出目は、三・二・五。

 そして粗野な商人は、五・三・六。

「おっと、良い目が出ちまったな」

 ニヤついた商人は、手巾で脂を拭ってから賽を寄越す。受け取ったラスティは掌の上で三つの賽を転がした。レンが無言でやめるよう訴えているが、ラスティは素知らぬ振りをして、賽を振る。

 結果は、五・六・五。

「な……っ!」

 商人たちが腰を浮かせた。テーブルに貼り付き、賽子(さいころ)とラスティを見比べる。信じられない、と表情が語っている。

「何か文句でも?」

 冷ややかに視線を投げれば、商人二人は言葉を詰まらせた。特に、くだらない提案をした片方は、顔を真っ赤にしている。

「帰らせてもらう」

 怒りと恥に染まった顔を一瞥し、テーブルの上の賭け金を掴み取ると、ラスティは立ち上がる。もう片方の手でユーディアの腕を掴んだ。レンも伴って、食事をしていたテーブルに戻る。

「イカサマしてたんですか、あの人たち」

 声を潜め、不快げに商人たちのいるテーブルを視線で示したレンに、ラスティは感心した。

「気づいたか」

「〝五〟ばかり出てました。同じ賽子でしたし」

 何も、最後の賭けに限った話ではない。ラスティが賭け金の額を上げたときから、掏り替えは何度も行われていた。負け続きだったのは、そのためだ。

「賽の重心を変えた物をいくつか持っているみたいだな」

 ラスティに手渡すとき。自分が振るとき。その度に賽を別の物に掏り替えていたのだ。無論、最後の賭けときも。小さい目が出る賽をラスティに渡した。

「それでよく勝てましたね」

 それが分かっていながら無謀な賭けに挑んだラスティに、レンは呆れた様子だった。ラスティは肩を竦める。

「いや、ホントたいした腕だよ」

 控えめな拍手が、ラスティたちの耳に届いた。先ほどまで賭けの卓にいた黒髪の男が、軽薄な笑みを浮かべてこちらに来ている。

「たいした手際だよ。イカサマ(ダイス)を上手に転がしたな」

 どういうことか、とレンとユーディアが訝しげにこちらを仰ぐ。

「自分が望んだ目を出せるんだろ?」

「……よく気づいたな」

「決まった目が出る賽子を他の目に変えたんだ。みんな気付くさ。まあ、悪戯した奴は、まさか指摘するわけにもいかないだろうから――」

 悔しくても黙っているだろう。ラスティが賽の目を操作したことを指摘するということは、自分の不正を暴露するようなものだから。

 ラスティもそこを見越して、不愉快極まりない勝負に乗り、隠し持っていた技術を披露したのだ。頑なな彼女と酔っ払いを説得するよりもはるかにこちらのほうが手っ取り早かろうと思って。

「ラスティ、あなたって以外と……」

 呆れた顔で見上げるレンに、密かに苦笑いする。昔から良く『意外だ』と言われたものだ。それはラスティが、王家に仕える騎士という肩書きを持っているからに違いないが。

 なんてことはない。ディレイスの下町遊びについて回っていたときに、たまたま酒場にいた配当役(ディーラー)をしている人物から技術を教わったというだけのことだ。これでも手先は器用なほうだから。

 もちろん、普段は使わない。配当役に回ったときと、今回のようにイカサマを使ってくる相手を懲らしめるときくらいだ。

「いや、良いもん見せてもらったよ。肝の座った嬢ちゃんも、そんな恋人を守るにいちゃんも。こんなん小説くらいでしかお目にかかれないぜ?」

「恋人じゃない」

「へえ?」

 興味津々で食いついてくるが、ラスティは彼を相手する気はなかった。

「悪いが、帰らせてもらう」

 先に仕掛けたのはあちらだとはいえ、相手を怒らせたのだ。面倒事が降りかかる前に、さっさと店を出たい。レンもそのつもりのようで、ユーディアを促しながら準備をしている。

 掴み取った配当金から食事の分の代金を拾い上げていると、男は慌てて手を伸ばした。

「ああ、待てよ。奢るからさ」

 ラスティは眉を顰めた。不正も明らかになった今、彼がラスティたちに構う理由が分からない――と思いかけ、手に握りしめている金の中に、彼から不当に取った金額があるのを思い出した。いくらだっただろうか、と首を傾げると、男は慌てて掌を突き出した。

「良いよ。見物料だと思って取っといてくれ。他の金も、あいつらに釘刺しといたから大丈夫。その金はあんたのもんだ。だから安心しろって」

 ラスティは少しだけ考え込み、お言葉に甘えることにした。

「なら、何の用事だ?」

「え? いや、ただ面白いにいちゃんたちともっと話したいなーって」

 胡散臭いものを感じ、ラスティはじっと男を見つめる。男は微動だにせず、ラスティを真っ直ぐ見つめ返す。本当に裏がないのか、余裕のある彼の態度からは読み取れなかった。

「この人たち、うちの客なんだけど」

 突然割り込んできた声に、全員が驚いた。振り向いた先で、いつの間にか黒い少年が立っている。

「……ダガー」

 ずっと姿を見せなかった〈精霊〉は、やはりラスティたちについてきていた。ダガーの背後には、白い娘もいる。清らかな佇まいの彼女は、ユーディアにつけられたリグの〈精霊〉。名をサーシャといったか。

「おっと。もしかして、ずっと見てた?」

 男はすぐに立ち直った。〈精霊〉の存在にではなく、単に突然割り込まれたことに驚いたらしい。

 それにしても親しげな様子。ひょっとしなくても、知り合いなのか。〈精霊〉と、ということはないだろうから、おそらくその主たちと。

「うん、まあ。よっぽどのことがない限り、手出しはするなって言われてたけどさー」

 ダガーは肩を竦めてラスティたちを見回す。

「さすがにさっきのは、無茶だったんじゃないの?」

 子どもを(たしな)めるような溜め息を吐くダガーに、レンが眉を吊り上げた。

「誰の所為だと思ってるんですか」

「リズたちにも一応事情があるんだよ」

 主を擁護する〈精霊〉が気に入らず、さらに食ってかかろうとするレンを、ラスティは引き留めた。

「まあまあ、立ち話もなんだからさ、座ろうぜ」

 男が二人の少年の前でどうどうと両手を振る。レンは不貞腐れた顔のまま座った。

 男は手を挙げて給仕を招き、酒を注文する。

「とりあえず自己紹介な。俺はアーヴェント。お察しの通り、グラムたちの知り合いだ」

木の塔(トゥール・ダルブル)〉の人間ではないらしい。身軽な装備の彼は、戦士然とも魔術師然ともしていなかった。

「そっちは?」

 一人ひとり名乗ったあと、アーヴェントは順番にラスティたちの顔を見渡して、最後にもう一度ラスティに眼差しを向けた。赤味の混じった黒の色合いが、ラスティの胸中を騒めかせる。

「にいちゃん、アリシエウスの民か」

 確信的な問いかけに、ラスティの口の中に苦いものが広がる。自分の容姿、そして先ほどアリシエウスが話題に上がったときの反応。誰でも気づく。

「だとして、目的が分からねぇな。なんでアリシエウスの人間が、魔術書に興味を持つ? そこの少年と、兄弟だなんて嘘ついてまで」

 軽薄な調子は崩さず、口元はにやにやと笑みを作っているが、アーヴェントの眼差しは鋭いものだった。探られている、と察した。そもそも彼は地元民であるらしい。それが何故、外来者向けの酒場を利用しているのか。

 ラスティたちと同じだ。情報収集に来ているのだ。だが、何故?

 彼の正体が依然として分からない。

「〈手記〉泥棒のお知り合いだって。利用されたところを助けたの」

「なるほど、そういう。……でも、わざわざ西から連れてきたのか?」

 事情聴取であれば、現地で済ませれば良いだけの話。アーヴェントの疑問はもっともで、ダガーがそれに応えようとする。と、レンが強く机を叩いた。不穏な音に、全員が彼を振り向く。

「あの、いい加減にしてくれませんか」

 遠慮なく怒気を露わにした少年は、真っ赤な瞳をぎらつかせてダガーを睨む。

「僕たちのこと仲間外れにして、そのくせ他人(ひと)のことはべらべらと。さっきからずっと、そういうの、ムカつくんですよ!」

 怒りの言葉には、悲痛ささえあった。悔しさからだろうか。ラスティを含めた周りの年長者たちは、そんな少年を見て、気の毒そうに口元を歪めた。

「……悪かった」

 ダガーが神妙に頭を下げる。

「話すつもりはあったんだ。フラウもそのつもりでここにいる」

 違和感を覚える口振りは、リズがダガーを通じて喋っているからだ、とアーヴェントが教えてくれた。〈木の塔〉に居るリズが、ダガーの意識を乗っ取っているのだ。

「でも、どう話すかが問題なんだよね。そう簡単に信じてもらえるような話でもないし。そうでなくても……人生ががらりと変わってしまうから」

「そんなのは、今さら――」

 ラスティの人生は、すでに狂っている。その程度の脅しで怯むべくはずもないが。

 ダガー=リズは、首を振る。

「世界の裏舞台を覗いたら、もう戻れない。たぶん、今ここが最後の分かれ道だ」

 勿体ぶっているとも取れる言葉に、今度は誰も腹を立てなかった。ダガー越しであるとはいえ、リズが本当にラスティたちを心配して、真剣に覚悟を問うていることが分かったから。

 今なら、ラスティは神剣を放り出して逃げることができる。ユーディアは単に手ぶらで帰れば良く、レンはそもそも何の関わりもない。

 何も知らないのは、幸せだろうか。平穏ではあるかもしれないが。

 酒場の喧騒が遠のいた。

 ラスティは、隣の少年の肩を掴む。

「お前は帰れ」

 レンの目が見開かれる。その後、毛が逆立つが如き憤怒を見せた。

「僕を除け者にする気ですか!」

「お前はそもそも無関係だろう」

 何故かラスティについてきているが、アリシエウスの人間でも、〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉の人間でも、クレールの人間でもない。アリシアの(つるぎ)を守る義務はなく、魔術書が盗まれたことに呵責を抱く必要も、魔術書を求める真意を探る必要もない。

 なんなら、故郷(サリスバーグ)に帰ればいい。面倒ごとに進んで巻き込まれる必要はない、とラスティは思う。

「……僕には、アリシアの剣が要るんです」

 呻くように漏れたレンの言葉は、想定していたものではあった。ただ興味があるだけ、などという言葉を誰が鵜呑みにするだろうか。

「除け者にするんなら、貴方から(それ)を奪ってもいいんです。どうします?」

 僕と一戦やりますか?

 レンの据わった目を直視するのは、はじめてだった。ラスティははじめて少年の敵意を受けた。その覚悟で突き放したつもりだったが、直面するとつらいものがある。

 ラスティは唇を噛んだ。レンのためのつもりだった。だが、ここまで殺気立つ少年の意思を跳ね除けるだけの硬い決意があるわけでもない。何が正解なのか、分からない。

「まあまあ。そうピリピリするなって」

 肩に手を置かれる。いつの間にかアーヴェントがラスティたちの席まで回り込み、ラスティとレンを宥めに掛かっていた。ユーディアがはらはらしながらこちらを窺っているのに気付く。いつの間にか冷静さを失って、周りが見えていなかったようだ。

「だったら、試験しようじゃないか」

「試験?」

 何を言っているのか、ともっとも驚きを見せたのは、その裏舞台とやらを知るダガー=リズだった。

「そ。どれくらい覚悟が決まっているか。受け入れられるのか。秘密をちょこっとお見せしてはどうだろう」

 全員が、アーヴェントの意図が分からず、訝しげに彼を見つめる。アーヴェントはそんなラスティたちの前でにやりと笑い、慇懃な礼をした。

「我が集落へ、ご招待」

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