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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第四章 木漏れ陽の街
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巨樹の塔

 晴れた空の下、レンが口を開けたまま突っ立っている。あまりに間抜けな表情だが、ラスティは笑うことはできなかった。自分の表情はともかくとして、心境は彼と全く同じだからだ。

「噂には聞いていたけど……。いえ、さっきから確かに見えてはいたのだけれど……」

 ユーディアも放心している。視線はラスティたちと同じ方向に飛ばしたまま、最後まで言えぬ言葉を繰り返している。

 夜通し沙漠を渡って、夜明けにシャナイゼの土地に踏み入った。時折襲い来る魔物を倒しながら、丈の低い黄緑色の草がそよぐ草原を渡って三日。シャナイゼの街に辿り着いたラスティたちの目の前にあるのは、大きいという言葉では表現しきれないほど巨大な木だった。まず、幹がとても太い。人間が手をつないで輪になってこの木を囲むのに何人必要なのか、予想もできない。その幹のてっぺん、太い枝が分かれている辺りには、建物が建っているのが見える。巨大なツリーハウスだ。そして、そこから広がる枝葉は空を覆い、目の前に広がる大きな街の縁まで広がっていた。それはまるで天蓋さながら。この街の空は、光の散乱による青ではなく、陽射しに透けた葉の碧なのだ。

「どうよ。これが通称〝木漏れ陽の街〟シャナイゼだ」

 リズが手を広げ、得意げに街を指し示す。ラスティたちはただ感嘆するのみだ。あの巨大な木は、ユーディアの言う通りずいぶん前に見えていたのだが、丘を登りきってその全容を目にしてしまったら、ただ言葉を失うばかりである。

「そして、あれが我が街の象徴であり、俺たちの所属する〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉だ」

「ええ!?」

 ようやく現実に戻ってきたレンは、リグの言葉に今度は慌てだした。

「あの木が、〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉ですか!?」

「よーく見てみ、木の幹に小さい穴があるだろ」

 レンは眉のあたりに右手を翳して、じっと巨木を見つめた。ラスティもユーディアもそれに倣う。確かにあった。規則的に並んだ、小さな穴。

「まさか、あれは窓?」

「当たり。あの木を刳り抜いて、その中を塔としてるんだ」

 ラスティは身体の力が抜けるのを感じた。いったいどうしてその発想が生まれたのか。魔術師の頭の中は、凡人であるラスティには計り知れない。

 というか、見方を変えればあまりに馬鹿げた発想だ。

 だが、そんな常識外れの塔の膝元であるシャナイゼの街の構造の基礎は、他の町とは大差なかった。街の象徴となるもの――この街の場合は〈木の塔〉を中心として、円村集落の体系を取っている。他所と違うのは、空が木の葉で覆われていることと、街の中を太い根が横切っていることくらい。

 街の中は予想に反し、明るかった。木の葉の間から漏れる光は多い。天気が崩れたら暗いだろうが、この地域では天気が崩れることなど稀だそうで、気にするほどのことでもないらしい。邪魔になるであろう木の根には横穴が開いていて、街の区画を結ぶトンネルになっていた。木と完全に共存している。街の工夫もたいしたものだ。

 だが、それ以外はいたって普通。建物は煉瓦造り。石畳が敷かれている。強いて他の特徴を挙げるなら、建物の色が統一されていることだろうか。屋根は緑、壁は茶色。森の中を錯覚させる。

「さてと、俺らは〈塔〉に向かうが……」

 街中まで先導していたリグが歩みを止めて、こちらを振り返る。

「あんたたちはこれからどうする?」

 ラスティとレンは顔を見合わせ、それからフラウとユーディアを見た。

 ラスティはただクレールから逃げてきただけ。目的も何もあったものではない。ついてきただけのレンとフラウも似たようなものだろう。ユーディアは〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉に用事があったと言っていたが。

 腕を組み考え込んだラスティの隣で、レンが勢いよく手を挙げる。

「〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉に行きたいです!」

 少年は大きな赤い瞳を輝かせていた。

「魔術書、見せてもらえるんですよね?」

「まあ、できるが……今からか?」

 宿を取って旅の疲れを癒やせば、とリグは勧めるが、レンは構わず天を指さした。

「だって、まだお昼ですよ! 部屋に引きこもる時間じゃないです」

「私はそうさせてもらうわよ」

 気怠げに言うのは、フラウだった。長い金髪を手で払い、緩やかにカーブした右側の道を指す。

「この先に宿があるわ。先に部屋を取っておくから」

 言い残して、さっさとその道の先に行ってしまう。誰も声を掛ける暇もなかった。

「自由だなぁ……」

「無責任の間違いでは?」

 グラムの呟きに、抑揚なくウィルドが応じる。出会ったときといい、彼はフラウに対して辛辣なところがある。ここまでの道中も、雰囲気を悪くすることこそなかったものの、フラウには刺々しい態度を見せていた。一方で、同調している様子も見せることもあったので、この二人はいまいち分からない。

「ん、まあいいや。残りは〈塔〉行きでいいな?」

 ぼうっとしていたラスティは慌てて頷いた。ラスティ自身は用はないが、レンの保護者役を務めなければならない。

 そうして辿り着いた巨樹の麓。真下から見上げてみると、天を突くような高さを誇る。それを支える幹の太さもさもありなん。これが植物だとは信じられなかった。表面などを見れば確かに木肌の感じはある。しかし、あまりの大きさから、木を模して造られた建物のようにしか思えない。

「周囲は木なんてほとんどなかったのに」

 シャナイゼの地に広がる短草草原。時折低木は見られたものの、その高さもせいぜいラスティたちの身長程度。そんな土地で、こんな立派という言葉では足りないような巨樹が育つなんて、とても信じられなかった。

「普通の育ち方はしてないみたいだけどね」

「やはりそうか」

 リズは頷く。レンたちが先に塔に入っていくのを見送りながら、ラスティは立ち止まったまま彼女の言葉を待った。

「千年前の破壊と創造で魔素バランスが崩れた影響を受けたんじゃないかとか、周囲の植生を喰らってるんだとか、いろいろ言われてるけど。これだけ刳り抜かれてもなお生きて成長を続けてるって言うし、普通の木じゃないのは確かだよ」

「魔術師の研究施設には相応しそうだな」

「まあね」

 リズは得意げににやりと笑い、それから腰に手を当てて巨樹を見上げた。何処か遠くを見るような視線で、一つ息を吐く。

「神様の所為だとしたら、ろくでもないとも思うんだけどね……」

 呟く彼女は、浮かない顔をしている。巨樹を誇っていた彼女が何故急にそんな顔をしたのか分からず、ラスティは眉を顰めた。

 灰色の眼差しが、こちらを向く。

「今さら破壊神の剣だなんてね。何を考えていやがるんだか」

 肩を竦めると、視線をラスティから外し、さっさと塔の中へと入っていく。

 何故唐突にアリシアの剣が出てきたのか。ラスティはしばらく呆然としていたが、自分一人だけ取り残されようとしているのに気づいて、慌ててリズの背中を追った。


 その巨大な木に設置された大きな二枚の扉を潜ると、中は思いの他明るく、また広かった。壁や天井は木が刳り抜かれたそのままで、さながら木の洞窟だった。目の前には受付のカウンターがあり、その横には上へあがるための螺旋階段。受付は少なくとも五人が座れる広さだし、階段も同じく五人は横に並んで歩くことができるであろう幅がある。

 受付の左手側には広いホールがあり、そこで〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉に属する者たちがいくつかまとまって談笑していた。リグとリズが着ているようなローブ姿が多いが、中にはグラムのように武器を携えた者もあり、前に聞いた通り自警団としての側面も持ち合わせていることを窺わせた。

 一行から遅れて来たラスティは、カウンターから少し離れたところでリグたちが固まっているのを見つけて、そちらへと向かった。合流してみると、グラムだけいない。彼はカウンターのほうで帰投手続きをしているとのことだった。

 そのグラムが戻って来る。何故か肩を落として、虚脱していた。

塔長(とうちょう)のところに行け、だってさ〜」

 たちまちリグとリズの兄妹が同じ顔を顰めた。

「「グラム一人で行ってこいよ」」

「無理! おれ一人じゃ説明できません!」

 ちっ、と舌打ちのタイミングも揃っていた。

 たちまち不機嫌になる双子に、ユーディアが困り顔でこちらを見る。が、ラスティたちにもどうしようもない。唯一どうにかできそうなウィルドは、いつものことだとばかりに〈塔〉の仲間たちを眺めている。

 その彼が、ラスティたち三人を見回して、肩を竦めた。

「どうせ行かなければならないのですから、早く行ってきては?」

 グラムたち三人は、何も言わず口を尖らせた。

「私は戻ります。ついでですから、彼らはこちらで引き受けましょう」

 むすっとしていたリズは、観念したのか肩を落とした。

「……頼んだ」

「では皆さんはこちらへ」

 ウィルドに促され、ラスティたちは広い螺旋階段を登っていった。スケルトン式の階段は、手摺や踏板、ささら桁すべて木製で、木の洞のごとき内装に溶け込んでいる。カウンター頭上の照明の周囲を回るように階段を登っていき、二階。そこからもう一つ階を登っていくようだ。普通の建物よりも天井が高いので、階段を登るのにそれなりに体力を使う。

 三階に辿り着くと、そこは図書室となっていた。一階と同じように広大に刳り貫かれたフロアに、書棚が所狭しと並べられている。階段の正面はカウンターになっていて、そこで貸出手続きを行うらしい。

「これ、全部魔術関係の本なんですか?」

 こんなにいっぱい、レンが目を輝かせて辺りを見回す。

「すべて、というと判断に難しいところですが」

「ていうと?」

「歴史関係だったり、天文や地学であったり、科学工学であったり。そういったものも含まれています」

「それは……意外だな」

 ラスティは〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉を魔術漬けの機関だと思っていた。

「アプローチの仕方が違うというだけで、その認識で違いありませんよ」

 歴史は魔術の遷移を知るため。理学も魔術開発に使われる。また逆に、魔術を科学技術に応用することもあるという。魔術の研究には、多方面の学術に通じている必要があるそうだ。ラスティは魔力を使った怪しい研究を想像していたのだが、必ずしもそうではないらしい。

「まあ、中にはそういうのもありますが。リズたちの所属はそうですね」

 リグとリズは、新しい魔術を開発する部署に属しているという。

「彼らが使う召喚術――狼たちを呼び出す魔術も、彼らの研究の産物です。まあ、あれはあれでいろいろと問題があるのですが」

「問題?」

 問い返すも、ウィルドは意味深に笑うだけで答えなかった。そのまま首を回して、書棚を気にしていたユーディアのほうを見る。

「それで、ユーディアさん。本をお探しとのことですが」

 ウィルドに向き直ったユーディアは頷く。少し眉を顰めて言い難そうにしたのは、ラスティたちがいる所為だろうか。前にウィルドが質問したときも、知られたくないような反応を示していた。

 だが、ウィルドがこの図書室を管理する部署に所属していることを伝えると、気が変わったらしい。褐色の瞳に躊躇いを残しつつも、唇を開いた。

「〈セルヴィスの手記〉という本を探しています」

 ウィルドの顔から表情が消えた。

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