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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第三章 魔境の入口
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不和の道中

 赤かった大地は、日が暮れるとともに青くなる。月が昇ると、より冷たい色になる。沙漠の気温はあっという間に下がっていった。

 リズは灰色のローブの上に黒い外套を羽織って行軍に望んでいた。膨らんだ月が、前を行く仲間を照らし出す。先導するのは、同じく外套を身体に巻き付けたグラム。リグとラスティが続き、その後ろにレンとユーディアがいる。リズはさらにその後ろ。殿(しんがり)にフラウとウィルドがいる。

 露出の多いユーディアと、どうやら寒暖差に弱いらしいレンは、沙漠の寒さがつらいようだった。外套あるいはコートをしっかり身体に巻きつけて、黙々と身体を動かしている。体感温度を下げるほど風が強くないのが幸いか。

 リズはそれほど寒さに堪えていなかった。だが、この広い沙漠の行軍はつらかった。転がる(れき)で足場が悪いのは今更。視界は月明かりで良好。なのに、パーティ内の雰囲気が悪い。主に、ラスティとユーディア二人の所為で。

 ラスティは、新参者のユーディアを敵視し警戒していた。ユーディアは、彼の敵意に居心地悪そうにしていた。察した仲間たちは、触れ難い空気にだんまりを決め込むしかなかった。せめてラスティがあからさまな態度を改めてくれれば、もう少し気楽でいられただろうに。

 ――まあ、無理もない、か。

 ラスティは、つい最近侵略されたアリシエウスの出身。そしてユーディアは、そのアリシエウスを襲撃したクレール帝国の出身だ。しかも、あのアタラキア神殿の神殿騎士だという。

 クレールで主流なのはエリウス信仰だが、アタラキア神殿は、創造と破壊、光と闇の四神信仰の総本山ともいえる神殿だ。石造りの巨大な神殿で、豪華絢爛な四百年前の建築様式で建てられている。加えて、庭もまた芸術的だと聞いている。まるで宮殿のようだという話。

 それだけ名高い神殿だ。当然周囲への影響力も強い。

 しかも、クレールは国政と宗教の結びつきが強い。特に神殿に勤める神職者――これには、神殿騎士も含む――の上位に就く者は、クレールの国政に深く関わっているという。一帯に名を轟かせるアタラキア神殿となれば、なおのことだろう。

 つまりラスティは、彼女がアリシエウス襲撃に関わっている可能性を疑っている。

 リズは溜め息を吐いた。事情があるのは仕方がない。だが、周囲への影響を少しは考えてほしい、と不満に思う。ただでさえ大変な旅を、余計なことで(わずら)わされたくない。

 どうにかならないものかと思いを巡らせる。賑やか担当のグラムにじとっと視線を送ってみるが、先導する彼は視線に気付かない。

「ああ……もう!」

 リズは足元を強く踏みつけた。それこそ地団駄を踏むように、だ。がつ、と砂利が鳴る。我慢の限界が来ていた。リズは拳を作り、わなわなと震え――前を行く一行に向かって叫んだ。

「休憩! 休憩しましょ! もうやってられっかってーの!」

「もう疲れたのですか?」

 (とぼ)けたことを言って背後に立つウィルドの腹を肘打ちして黙らせて、リズは荷物を地面に置いて座り込んだ。

「賛成だ」

 リグも続けて荷物を下ろす。彼もいい加減この雰囲気にうんざりしていたのだろう。双子の兄とは、いつも同調している。

 ラスティは白い目でリズを見つめ、レンとユーディアは困ったようにグラムを見つめる。グラムはぐにゃんと脱力して笑った。

「そうするか」

 リグが地面に杖を突き立てると、周辺の地面が隆起した。小さな(かまど)が出来上がる。その間にリズがリグのもとに寄り、固形燃料を竈の中に放り込んで、同じく魔術で火を点ける。さらにリグは荷物から鍋を取り出して、リズがその中に水を張る。

「魔術の無駄使い」

 グラムがニヤけて竈の側に座り込んだ。続けて、呆れて溜め息を吐いたウィルドが座る。フラウ、レンと続いて、最後にユーディアが遠慮がちに座り込んだ。

 ラスティは、意地を張ってか仏頂面のまま、最後まで座ろうとしなかった。リズはラスティの手を引っ張って無理やり座らせる。

「魔物に見つかるぞ」

「そのときはそのとき」

 次第に鍋の水がふつふつと沸き上がり、リズは鞄から取り出した茶葉を放り込んだ。懐中時計を取り出して、月明かりの下で時間を計る。それからおたまで茶を掬い、カップに移して配った。

 カップを包むように持ち、そっと口付ける。熱い飲み物で身体が内部から温まるような気がした。半分ほど飲むと、くさくさした気分も落ち着いてくる。

 他の仲間も少し落ち着いたのか、周囲を漂う空気が少し緩和した。

「……悪かった」

 ラスティがぽつりと溢す。雰囲気の悪さの原因である自覚はあったらしい。少しだけ空気が動く。感嘆した、というべきか。

「自覚があるならいいけど?」

 本当はよろしくない。この後も続けられたら困る。なので、嫌味を含ませる。察したラスティはもう一度頭を下げた。

「あの、どうして……」

 ラスティの敵意の理由が分からなかったらしいユーディアがおずおずと尋ねる。ラスティの出身を把握していなかったのだろう。アリシエウスらしい特徴を持つとはいえ、黒髪が珍しいわけではない。実際、リズも黒髪だ。

「気にしなくていい」

 ラスティはにべもなく言う。気遣いからかもしれないが、それでは逆効果だ。ユーディアは困り顔。

「戦争かぁ……どうなったんだろうなぁ」

 そんな中で、グラムの空気を読まない発言が浮かぶ。リズは魔法陣を描き出しそうになった手を、必死で押し込めた。

 察したユーディアの顔色が、月明かりの下で白くなった。虚を突かれたようにラスティを見つめ、それから萎々(しおしお)と項垂れる。

「……すみません」

 ラスティの表情が険しくなった。唇を引き結んだまま、彼女から顔を背ける。

 また空気が悪くなった。リズがグラムを睨みつけると、彼は視線を逸らした。リグが溜め息を吐く。

「あの」

 勇気を出して、という風に、レンが声を張り上げる。

「ユーディアは、何故シャナイゼに?」

 クレールにとっては大事な時期でしょう、とはレンは言わなかった。が、確かに戦争しようというこの時期に、他国に人を派遣しようというのは不思議だった。

「〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉に用事があって」

「〈木の塔(うち)〉に?」

「魔術書を借りたくて」

 間抜けな声が出た。その後、苦笑じみた感情と暗く沈み込んだ感情に襲われる。ラスティたちとの出逢いのきっかけは魔術書だった。泥棒と勘違いした相手とこうして旅をすることになるとは、とんだ奇縁だ。一方で、魔術書を盗んだ真犯人を逃がしてしまった事実が重くのしかかる。あれは逃してはならない相手だった。せめて本だけでも取り返せていたのなら。ウィルドの言う通りすぐに取り扱えない代物だとしても、悪用される可能性は捨てきれない。まして戦争をはじめたクレールに逃げ込まれたとあっては。

 今帰途についていることが後ろめたい。多少強引なことをしてでも、取り返しに行くべきだったのではないか。その後悔が、リズの頭の隅にずっと引っ掛かっていた。

「あの……何か」

 また何かしてしまっただろうか、とユーディアが気遣わしげな色を見せるので、リズは慌てた。

「いやいや。こっちの話」

 曖昧に笑って誤魔化すが、どうも重たい空気となってしまうし、ユーディアに気を遣わせる。

「クレールは、何か企んでいる?」

 それどころか、ラスティが火薬を投げ込んだ。リズは目蓋を手で覆う。さっき謝ったのはいったいなんだったのだろう。

 ユーディアは傷付いた表情の後、ゆるゆると首を横に振った。

「私は、ただ本を借りてくるようお願いされただけです」

 神殿内での地位もそれほど高くないのだ、と付け加えた。まだ命令される立場だ、と。十八だという、彼女の年齢を考えれば当然か。グラムも同じ年齢で隊長職についているが、それは〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉のシステムが一般と異なるからだろう。

「ちなみに、どんな本を?」

 ウィルドが尋ねる。リズは、はっと顔を上げた。確かに、クレールが〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉のどんな魔術書を求めているのか気になるところだ。

「すみません。それは、他の方に言うのはちょっと……」

 守秘義務、というやつか。ウィルドは眉を顰めたが、そのまま引き下がった。ラスティは気に食わないようで視線を鋭くさせたが、何も言わなかった。レンだけが、何故か目をキラキラさせている。

 その理由は、すぐに分かった。

「あの、僕も魔術書って見れますか?」

 身を乗り出して、リズたち〈木の塔〉組に尋ねる。彼が好奇心旺盛で学ぶことに積極的なのは、これまでの道程の間で知っていた。

「そうだな。申請は必要だけど」

 リグが答えると、やった、とレンは小さくガッツポーズをする。不貞腐れていたラスティが少しだけ表情を動かして、微笑ましそうにレンを見つめていた。リズたちと出逢ったときから一緒にいる二人だが、どういう関係なのだろう? ラスティが持つアリシアの剣と関わりがあるのだろうか。

 そういえば、アリシアの剣。ルクトールでフラウとウィルドが話していた通りだというのならば、クレールは神剣を狙っていたはずである。その辺り、神殿騎士であるユーディアはどう考えているのだろうか。四神信仰の総本山たるアタラキアなら、関心がないはずなかろうが。

 しかし話題が話題なだけあって、リズも迂闊には口に出せない。少し冷めたお茶とともに嚥下する。視線はなんとなく空に行った。満ちるまで数日残した月と、銀砂を散りばめたような星空。夜に添えられた美しい天体たち。穏やかな闇はリズを落ち着かせた。感覚が研ぎ澄まされていく。

 そのリズの感覚が、微かな動きを捉えた。フラウとウィルドが、腰を浮かせている。

「……どうした?」

 遅れてリズも気付く。杖を抜き、周囲に視線を走らせた。同じように、残りの同行者たちも身構える。

 リグが杖で地面を突く。隆起した竈が崩れさり、垣根を失った竈の火が周囲を照らした。もう一度地面を突けば、明かりは大きくなる。

 なるべく火を直視しないように、リズは目を(すが)めた。

「地面が、動いてる?」

 ユーディアの声は震えていた。彼女の言う通り、焚火の明かりが届かなくなったその向こう、月明かりに照らされて、地面からボコボコと何かが隆起している。

「いや。あれは――」

 その正体に気づいて、リズは舌打ちをした。魔物に見つかる、と先程ラスティに指摘されたが、それよりも厄介なものが訪れたようだ。

〈木の塔〉の仲間たちも気付いたようで、立ち位置を変える。グラムが前に出て、手振りで指示を出す。ラスティとフラウを前に。レンは少し下がらせる。ユーディアはさらに後ろへ。リズたちは指示されるまでもなく、各々で隊列を整える。武器で戦う者が前。魔術を使う者は後ろへ。

「なんなんですか?」

 レンが不安そうな声を出す。きょろきょろと周囲を見回す彼に、リズは低く答えた。

「アンデットだ」

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